08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

EP101 婚姻式(4)

 聖堂の人々は一斉に背後を振り返り、悲鳴を上げた。
 爆破された扉から、ひとりの侵入者がやってくる。
 
聖なる希望(グライゼル)はこの婚姻を認めない。いいえ、認められない」

 扇子を持ち、優雅に歩いて来るその人は。
 銀髪に長いストレートヘア、アイスブルーの目をしていた。
 纏うのは白と黒のキモノ。下にはハカマと呼ばれる衣装を纏う。
 
 ――レイラ。
 
 その名前を呼びたいのに、ユイはレイラと呼ぶことができない。
 ――呼べば、いまの自分が崩れる気がした。
 ミカゲの目は赤紫色に戻っていた。
 無言のままレイラを睨み、ユイを庇うようにレイラの前に立つ。

「残念でしたわね、ご当主様。……ユイ、お迎えに参りましたわ」

 レイラは静かに微笑みながら、赤いバージンロードを歩く。
  
「さあ、ユイ。わたくしと共に、在るべき所へ参りましょう」

 レイラはこんな口調を使わない。
 突如、ユイの脳裏にあの少女の姿が思い浮かぶ。
 それは、”四つ葉のクローバー”でつながった”友”。
 ユイが知る限りこうした口調を使うのは彼女しかいない。”レイ”だ。
 
(レイラはレイを知っている……? レイの話をしたことなんてないのに)

 レイラが静かにカーテシーをユイに行う。
 その所作がまるで合図であるかのように、聖堂の外で爆音が鳴り響いた。
 ――外周でも同時に仕掛けている。

「私は貴女を知らない。一緒に行くことなんて出来ない」
「それでも共に来て頂きますわ」

 するとレイラの後ろから銃を持った戦闘員が駆けてくる。
 ユイとミカゲを取り囲み、一斉に銃口を突きつける。

 ミカゲとMathewの視線が交差する。
 Mathewが駆ける。
 床や天井を狙った威嚇射撃をすべてかわしながら。

「ユイ。Mathewの元へ。……逃げろ」

 ミカゲが小声で告げる。
 冷静な命令口調だった。
 それよりもユイと名前を呼んだことの方が、ユイには驚きだった。

 レイラが近づく。
 会場への攻撃は続けられている。 
 治安部隊が会場に勢いよく流れ込む。 
 
「そこまでだ、投降せよ、グライゼル!」
「いいえ、わたくしたちは止められない――」

 レイラが、扇子を滑らせた。
 それは祝砲のようにあげられた、煙幕。
 激しい銃撃戦が開始された瞬間だった。

 ―*―
 Mathewがユイの元に駆け寄る。
 と同時に、ひとりの若者もまた駆け出した。

 トオル・ルオ・タケシバだ。

 ミカゲは、ユイをMathewに預け、距離をあけてレイラの正面で止まる。
 トオルはレイラの視線を切るようにミカゲの前に立つ。

「もういい!……もうやめてくれっ!!」

 悲痛な叫び声だった。
 両手を広げ、トオルは必死でレイラを見つめる。
 
「……邪魔をしないでくださる? あなたには関係のないことですわ」

 そう冷たく告げながら、レイラの目には涙が溢れていた。
 ミカゲがチラリとMathewを見る。
 周囲は悲鳴、銃声、煙幕。
 血が流れているのか、皆は無事なのか全くわからなかった。
 外は急に曇り始める。
 暗くなる空間で、ユイはまだ揺れていた。
  
「――行け!」
 
 ミカゲがMathewに命じた。
 混乱するユイの手を引いて、Mathewは駆け出す。
 
「私だけ逃げるわけに――」
「何も話すな。……煙を吸う」

 Mathewは何かを検索しながら走る。
 追手からユイを守りながら。
 どこへ向かうというのか。
 強引に引っ張られ、ユイもまた駆け出す。
 ドレスの裾を持ち上げるも、上手く足が動かない。
 
「女王を追え!」

 レイラの声が響く。
 何人かの武装兵が追いかけてくる。
 それは威嚇なのか、人に当たらないよう発砲しながら追い詰めて来る。
  
 爆破された背後の大扉の向こうからユイが振り返った時。
 今まで見せたことがないくらい優しい微笑みでミカゲはユイを見つめた。
 その目は赤紫色から煙幕越しに緑色に見えた。

 黒髪の緑色の目の少年の姿が、ミカゲに重なる。

(あなたは――)

 あれは8歳の時だ。
 父と一緒にリージョンKへ行った日のこと。
 海岸でひとりの少年と出会った。
 彼は言った。

『ここじゃない何処かへ行こう』と。

 私は彼から手を差し出される前に彼の手を先に取った。
 此処じゃない何処かに、ただ連れて行って欲しかった。
 彼なら壊れない気がしたから。

 それなのにいつの間にか忘れてしまった。
 彼の名前と共に。

(どうして今になって思い出すの……) 

 泣きたいのに涙は出なかった。
 Mathewに護られて、ユイはただ走るしか出来なかった。

「――ミカゲ!」

 ユイの喉が裂けるように叫ぶ。
 その光景を、祭壇の端でラウルは見届けていた。
 それはあまりにも悲しい愛の終わりだった。
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