08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP111 ホームポイント
ミカゲが当主会議を開いている時、ユイとイチはキッチンで交流を深めていた。
そうしてよそったアツアツの煮物を、地下にいるトムに届けようと考えた。
しかしイチに制止される。
「そのうち来るヨウ」
その理由は教えてくれない。
「ますた、集中モードになると、何もきこえなくなるヨウ。ユイさんは美味しいうちに食べるヨウ」
仕方がないので、先に頂くことにした。
あたたかい煮物、お米のご飯、スープ。
地味だけど、どんな豪華なご馳走より心が安心する。
心残りと言えば、一緒に食べてくれる人が今は不在ということだけだ。
「ユイ様、お風呂が沸きました。体が温まります……ヨウ」
地下から戻ってきたのか、木桶とタオルを抱えたサンがダイニングルームにやってくる。
「あ、ありがとう……。Mathewの修理は順調?」
「はい。後はマスターが処置するとのことなので、僕は下がってきました。……だヨウ」
ということは修理の状況としては佳境を越えたのかもしれない。
そう解釈してユイはホッとした様子を見せた。
「こちらをどうぞ、ユイ様。……だヨウ」
サンが木桶とタオルをユイに渡す。
それを受け取りながら、ユイは先ほどから感じていたとある素朴な疑問を口にした。
「それにしても……ここの生活スタイルって一体どうなってるの!?」
ユイの言葉にイチとサンは視線を合わせた。
お互い声を使わない伝達でもしているのだろうか。
数秒の間を置き、イチがボソッと呟く。
「ますたはお風呂好き。特に、温泉を好むんだヨウ」
「僕らが掘ったんです。質の良い温泉ですからぜひ堪能してください……だヨウ」
サラッと何でもないように話す2体のAIドールたち。
ユイは箸で掴んだ煮物を落としかけた。
――温泉を掘った!?
この綿毛AIドールたちが? 一体どうやって?
めちゃくちゃ可愛いのに、その中身は何ていうか……。規格外。
精密機械修理から、料理に家事、温泉堀りまで。
ただの優秀という言葉だけではかたづけられないAIドール達。
(トムさんって、一体……?)
「ユイさん目が点になってるヨウ……。つまんなかったヨウ?」
しょげたように告げるイチ。
サンはその逆の反応だ。
「たぶんユイ様はびっくりしただけ……だヨウ! 兄さんは気にし過ぎ……だヨウ」
質問した結果、素朴な疑問が圧倒的な疑問に変化しただけに終わる。
ユイはもうあまり考えないようにした。
それにこのモフモフAIドール達の一生懸命なもてなしが嬉しい。
“機械”でありながら、人間らしい”温もり”さえ感じさせる彼ら。
この辺りのギャップ、ネーミングセンス。
トムは聞けば聞くほど、祖父トミオに似ていた。
そして一度作業に入ると、終わるまでずっとエンドレスでやり続けるところも。
「トムさんと話してみたいんだけど、忙しいかな?」
「そうですね……。修理工程は殆ど終えているとは思いますが、マスターは夢中になると時間を忘れて凝りだしてしまいますので……だヨウ」
サンの瞳がチカッと小さく光り、そして腕組みして困ったように告げた。
「そうなんだ……」
ユイが目を伏せると、イチがぼそっと小声で呟く。
「イチは不眠不休でやり続けるのもいい加減にしろと思っていたヨウ……」
イチが出したと思えないくらい低い声。
ユイが驚いてイチを見ると、イチは怒っているようだった。
その様子も可愛らしさをまったく超えていない。
「だから、いまの、ユイさんの言葉にしていいヨウ?」
「ん? 不眠不休もいい加減にしろって、私が言ってるって?」
「そうだヨウ。ますたには絶大な効果になるヨウ」
上目遣いで祈るようにユイに告げて来るイチ。
どうして断ることが出来るのだろう。
「ユイさんがそう言ってるってますたに言えば、絶対ご飯食べてくれるヨウ」
「なんだかなあ……わかった」
サンの話では現在の作業の工程次第によってはすぐ来れるかどうかわからないという。
その間ただ待つのも疲れるだろうとサンはユイに入浴を勧める。
「体が温まりますから、是非おためしください……だヨウ」
「わかった。その方がトムさんも気が楽かもしれないし」
ユイはサンに案内されて浴室に行く。
渡された木桶。これもトムが作ったらしい。
というかこの家も家具も。
小さな道具に至るまでトムとモフモフAIたちの作品なのだそうだ。
香りのよい木製の広い湯舟。
大きな窓からは海辺と月が見える。
(なんか温泉宿のクオリティなんだけど? どうなってるの!?)
ユイの驚く姿をみて、サンは嬉しそうな様子を見せた。
ひとりで入るには贅沢すぎる浴槽に、ユイはそっと足を入れる。
少し熱めの湯だ。
ゆっくりと肩まで浸かると、次第に心の芯まで温まってくるのを感じる。
時間を忘れるほどお風呂でのんびりしたのは久しぶりだ。
ユイが着替えを済ませて居間に行くと、サンが暖炉に薪をくべていた。
イチがソファーに座って機械の腕を伸ばし、ナイフを使って果物の皮をむいている。
ふたりともほんとによく動く。
「おかえり! 気持ちよかったヨウ?」
「うん、ありがとう」
「それはーー、よかったです……だヨウ」
薪をくべる手を一瞬止め、そして何事もないように応えるサン。
ユイが今着ているのは、白いロングシャツのワンピース。膝丈の濃紺のパンツ。
誰かのサイズに合わせて仕立てているのか、ユイには少し横幅が余る。
しかしデザインやカラーリングはユイの好みを確かに反映している。
気になったユイはイチに訊ねてみた。
「ユイさんが着てる服は、ますたが作った服の一部だヨウ」
「え?」
「ツーから連絡を受けてから急いで作ったので、サイズが少し大きいかもしれないです……ヨウ」
イチとサンの言葉を纏めると。
ギーヴはトムに定期的に男女の衣類の制作を依頼しているそうだ。
なんでもギーヴが目をかけている孤児院があるらしく、洋服をおろしているのだとか。
「そうだったんだ。トムさんやイチ、サンの手作りだったんだね」
「僕らは何でも作ります。化粧品も衣服も石鹸も。だから安心して使っていい……だヨウ」
この家があたたかさに溢れている理由が分かった。
いろいろな事情を抱えた人が最後にたどり着く場所が恐らくここなのだろう。
「わかった。ありがとう」
ユイは居間のソファーに座って、トムを待つことにした。
イチが、炭酸入りのイチゴ水を持ってユイに渡す。
小さい体で、グラスを一生懸命運んでくる。
なんて言うか癒しがそのままカタチになったようだ。
「ありがとう」
ルビー色の液体。自然な甘さ、少しの酸味。癒しが口に広がる。
「湯冷めするとお体にさわります。これをきてください……だヨウ」
サンが白いガウンを持ってくる。
いたれりつくせりだ。
羽織るととても柔らかい。そして、あたたかい。何故か女性用ではなく男性用だ。
トムさんのものなのだろうか?
そんなことを考えていた時、イチの瞳がチカッと光る。
「ますたが、ユイさんに地下に来てもいいって。Mathewさんの修理が終わったかもだヨウ」
イチが告げる。
ユイはサンの後に続いて、階段を降りていった。
―*―
木製の階段は、下に行くほど暗い。
最後の段差を下がると、そこには大きな鉄製の扉があった。
サンがその扉の鍵穴に手をかざすと、その鍵穴に緑色の光が現れる。
緑の糸が空中に浮かぶように、複雑に絡み合ったかと思うと木の葉のカタチを成した。
「マスター、ユイ様をお連れしました……ヨウ」
「うん、入って来ていいよ」
サンが扉を開ける。
扉が開くと、中から圧倒的な白い光が漏れ出る。
ユイはその眩さに思わず目を閉じた。
そうしてよそったアツアツの煮物を、地下にいるトムに届けようと考えた。
しかしイチに制止される。
「そのうち来るヨウ」
その理由は教えてくれない。
「ますた、集中モードになると、何もきこえなくなるヨウ。ユイさんは美味しいうちに食べるヨウ」
仕方がないので、先に頂くことにした。
あたたかい煮物、お米のご飯、スープ。
地味だけど、どんな豪華なご馳走より心が安心する。
心残りと言えば、一緒に食べてくれる人が今は不在ということだけだ。
「ユイ様、お風呂が沸きました。体が温まります……ヨウ」
地下から戻ってきたのか、木桶とタオルを抱えたサンがダイニングルームにやってくる。
「あ、ありがとう……。Mathewの修理は順調?」
「はい。後はマスターが処置するとのことなので、僕は下がってきました。……だヨウ」
ということは修理の状況としては佳境を越えたのかもしれない。
そう解釈してユイはホッとした様子を見せた。
「こちらをどうぞ、ユイ様。……だヨウ」
サンが木桶とタオルをユイに渡す。
それを受け取りながら、ユイは先ほどから感じていたとある素朴な疑問を口にした。
「それにしても……ここの生活スタイルって一体どうなってるの!?」
ユイの言葉にイチとサンは視線を合わせた。
お互い声を使わない伝達でもしているのだろうか。
数秒の間を置き、イチがボソッと呟く。
「ますたはお風呂好き。特に、温泉を好むんだヨウ」
「僕らが掘ったんです。質の良い温泉ですからぜひ堪能してください……だヨウ」
サラッと何でもないように話す2体のAIドールたち。
ユイは箸で掴んだ煮物を落としかけた。
――温泉を掘った!?
この綿毛AIドールたちが? 一体どうやって?
めちゃくちゃ可愛いのに、その中身は何ていうか……。規格外。
精密機械修理から、料理に家事、温泉堀りまで。
ただの優秀という言葉だけではかたづけられないAIドール達。
(トムさんって、一体……?)
「ユイさん目が点になってるヨウ……。つまんなかったヨウ?」
しょげたように告げるイチ。
サンはその逆の反応だ。
「たぶんユイ様はびっくりしただけ……だヨウ! 兄さんは気にし過ぎ……だヨウ」
質問した結果、素朴な疑問が圧倒的な疑問に変化しただけに終わる。
ユイはもうあまり考えないようにした。
それにこのモフモフAIドール達の一生懸命なもてなしが嬉しい。
“機械”でありながら、人間らしい”温もり”さえ感じさせる彼ら。
この辺りのギャップ、ネーミングセンス。
トムは聞けば聞くほど、祖父トミオに似ていた。
そして一度作業に入ると、終わるまでずっとエンドレスでやり続けるところも。
「トムさんと話してみたいんだけど、忙しいかな?」
「そうですね……。修理工程は殆ど終えているとは思いますが、マスターは夢中になると時間を忘れて凝りだしてしまいますので……だヨウ」
サンの瞳がチカッと小さく光り、そして腕組みして困ったように告げた。
「そうなんだ……」
ユイが目を伏せると、イチがぼそっと小声で呟く。
「イチは不眠不休でやり続けるのもいい加減にしろと思っていたヨウ……」
イチが出したと思えないくらい低い声。
ユイが驚いてイチを見ると、イチは怒っているようだった。
その様子も可愛らしさをまったく超えていない。
「だから、いまの、ユイさんの言葉にしていいヨウ?」
「ん? 不眠不休もいい加減にしろって、私が言ってるって?」
「そうだヨウ。ますたには絶大な効果になるヨウ」
上目遣いで祈るようにユイに告げて来るイチ。
どうして断ることが出来るのだろう。
「ユイさんがそう言ってるってますたに言えば、絶対ご飯食べてくれるヨウ」
「なんだかなあ……わかった」
サンの話では現在の作業の工程次第によってはすぐ来れるかどうかわからないという。
その間ただ待つのも疲れるだろうとサンはユイに入浴を勧める。
「体が温まりますから、是非おためしください……だヨウ」
「わかった。その方がトムさんも気が楽かもしれないし」
ユイはサンに案内されて浴室に行く。
渡された木桶。これもトムが作ったらしい。
というかこの家も家具も。
小さな道具に至るまでトムとモフモフAIたちの作品なのだそうだ。
香りのよい木製の広い湯舟。
大きな窓からは海辺と月が見える。
(なんか温泉宿のクオリティなんだけど? どうなってるの!?)
ユイの驚く姿をみて、サンは嬉しそうな様子を見せた。
ひとりで入るには贅沢すぎる浴槽に、ユイはそっと足を入れる。
少し熱めの湯だ。
ゆっくりと肩まで浸かると、次第に心の芯まで温まってくるのを感じる。
時間を忘れるほどお風呂でのんびりしたのは久しぶりだ。
ユイが着替えを済ませて居間に行くと、サンが暖炉に薪をくべていた。
イチがソファーに座って機械の腕を伸ばし、ナイフを使って果物の皮をむいている。
ふたりともほんとによく動く。
「おかえり! 気持ちよかったヨウ?」
「うん、ありがとう」
「それはーー、よかったです……だヨウ」
薪をくべる手を一瞬止め、そして何事もないように応えるサン。
ユイが今着ているのは、白いロングシャツのワンピース。膝丈の濃紺のパンツ。
誰かのサイズに合わせて仕立てているのか、ユイには少し横幅が余る。
しかしデザインやカラーリングはユイの好みを確かに反映している。
気になったユイはイチに訊ねてみた。
「ユイさんが着てる服は、ますたが作った服の一部だヨウ」
「え?」
「ツーから連絡を受けてから急いで作ったので、サイズが少し大きいかもしれないです……ヨウ」
イチとサンの言葉を纏めると。
ギーヴはトムに定期的に男女の衣類の制作を依頼しているそうだ。
なんでもギーヴが目をかけている孤児院があるらしく、洋服をおろしているのだとか。
「そうだったんだ。トムさんやイチ、サンの手作りだったんだね」
「僕らは何でも作ります。化粧品も衣服も石鹸も。だから安心して使っていい……だヨウ」
この家があたたかさに溢れている理由が分かった。
いろいろな事情を抱えた人が最後にたどり着く場所が恐らくここなのだろう。
「わかった。ありがとう」
ユイは居間のソファーに座って、トムを待つことにした。
イチが、炭酸入りのイチゴ水を持ってユイに渡す。
小さい体で、グラスを一生懸命運んでくる。
なんて言うか癒しがそのままカタチになったようだ。
「ありがとう」
ルビー色の液体。自然な甘さ、少しの酸味。癒しが口に広がる。
「湯冷めするとお体にさわります。これをきてください……だヨウ」
サンが白いガウンを持ってくる。
いたれりつくせりだ。
羽織るととても柔らかい。そして、あたたかい。何故か女性用ではなく男性用だ。
トムさんのものなのだろうか?
そんなことを考えていた時、イチの瞳がチカッと光る。
「ますたが、ユイさんに地下に来てもいいって。Mathewさんの修理が終わったかもだヨウ」
イチが告げる。
ユイはサンの後に続いて、階段を降りていった。
―*―
木製の階段は、下に行くほど暗い。
最後の段差を下がると、そこには大きな鉄製の扉があった。
サンがその扉の鍵穴に手をかざすと、その鍵穴に緑色の光が現れる。
緑の糸が空中に浮かぶように、複雑に絡み合ったかと思うと木の葉のカタチを成した。
「マスター、ユイ様をお連れしました……ヨウ」
「うん、入って来ていいよ」
サンが扉を開ける。
扉が開くと、中から圧倒的な白い光が漏れ出る。
ユイはその眩さに思わず目を閉じた。