08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

EP112 世界樹

 ユイはゆっくりとその目を開く。
 意識が途切れたかと思ったけど、それは一瞬。
 同じだけれど別の自分が再構成されたかのような感覚。
 扉は“境界”なのかもしれない。

 ただ、ユイにはその場所には確かな既視感があった。
 仮想空間アザリウムの、アゼレウス社のショールームでみた光景に近い。
 ルシー・フェルド・ブルーの美しい青空。
 自然な明るさの陽光。偽物に近い気がするけど、あたたかい。
 本物とみまごうまかりの光。
 その光を受けてゆらめき輝く清流は宝石そのものの美しさだ。

 見渡す限りにシロツメクサが揺れる聖域の中央、
 世界樹(クレスコル)は純白の枝葉を広げ、穏やかな天光を吸い込む。
 枝垂れる枝に咲く白い花は生命の祝福そのもの。
 その荘厳な佇まいは、アゼリアの守護者・シュゼルトの姿を現しているような気がした。
 さらにその根元を抱く鏡の様な池の水面が、何かとの境界線の様にもみえた。

 これは、Mathewと皆既月食を見た時にユイが見たヴィジョンに近かった。
 しかし……目の前に広がる光景は、言葉を失うほど圧倒的な存在感に溢れていた。

「これは……?」
「ここが世界樹(クレスコル)……だヨウ」

 サンが教えてくれる世界樹は。
 この世界――アゼリアの核、“すべての情報が集う場所”と言われている。
 カザム教においては、世界の守護者の“御元”とも言われていた。
 穏やかな風が右から流れて来る。ユイの髪が一瞬だけ視界を奪う。

「Mathew!」

 池の側にMathewが座っていた。
 その周りにはひな鳥たちが群がっている。
 銀髪の上には、一匹の黄色の小さなひな鳥がしっかりと陣取っていた。

「ユイ」

 Mathewの驚いたような声が聞こえた。
 その隣に頭の上にひな鳥を乗せ、眼鏡を掛けた茶髪の男性が座っている。

(彼が――トム?)

 その姿にユイは懐かしさを感じた。
 初対面のはずなのに、この感覚が何故なのかわからない。
 トムはユイを見つめ、穏やかに微笑み、手招きする。
 その仕草が、記憶の中のある人物と重なる。

(……まさか……)

 いや、しかしそんなはずはない。
 “彼”は既に3年も前に目の前で息を引き取った。
 同じくしてサツキも共に。

 それでも――。
 少し色素の薄い黒い瞳。
 目尻の笑い皺。
 照れ隠しに少し肩をすくませる癖。

「大人になったね、ユイ」

 その声。――トムは。間違いない。
 目の前の彼は。

「……おじいちゃん!」

 ユイの眼から涙が伝った。
 トムに向かって走り出す。

 いつだったかリエからアルバムを見せて貰ったことがある。

『ね、イケメンでしょ?』
『うん。RARUTOのトミーにそっくり!』

 嬉しそうに二人で話したある日の想い出が蘇る。
 トミオ・ケイ・イサキ。
 まさにその人だった。

 トムは、頭からひな鳥を降ろしてゆっくりと立ち上がる。
 ユイはトムに抱き着いた。
 トムは驚きながらも、泣きじゃくるユイを抱きしめ、片手でその頭を撫でた。
 大きなタコのあるあたたかい手。
 ユイが知るその手は確かにトミオのものだ。

 その様子をMathewとサンが見守る。
 ユイの嗚咽と、水音だけがその空間に響いた。
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