08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP114 QUEEN(1)
ユイの作った煮物を口に運ぶトム。
素朴な造りのダイニングテーブルに、ユイとトムは向かい合って座っていた。
「懐かしいな。リエの味がする」
「そりゃそうだよ、おばあちゃんの味付けだもん」
そんな他愛もない話をしながら、ユイの中では目の前に座る人物を新たに確定していた。
世界樹の管理者・TMとして。
ユイの記憶に残る祖父トミオは、もうこの世界にはいないと、理解したからだ。
食事を終えたトムの皿を、サンが素早く片付け、キッチンに運んでいた。
キッチンではイチとMathewが洗い物をしている。
そんなAIドールたちの連携の風景は、無機質でありながら生活の温かみがあった。
「ありがとう。美味しかったよ」
トムの言葉にユイは頷く。
嬉しいはずなのにユイの中では複雑だ。
感情に流されないために、ユイは必死でこれからどうすべきかを考え始める。
自分がどうあるべきかを決めるために、情報が欲しかった。
「トムさん、どうか私に教えて。知りたい……ううん、知るべきなの。この世界のシステムを」
「それはカイドウ家の”女王”として? それとも守護者と世界を導く”女王”として?」
突きつけられる選択。
“女王”とは単なる敬称ではない。
その意味すらもユイは理解していないことに気が付いた。
Mathewからの視線を感じる。
ユイは目を伏せた。
いまMathewを見つめ返すことはどうしても出来なかった。
「いまはっきりと選べない。……それでも知る必要があると思う。私自身のために」
その言葉にトムは何も言わない。
「何も”知らないまま”運命に流されたくない、ということかい?」
そう問いかけるトムの顔は険しい。
表情はなく、その目に温かみもない。
これはミカゲの目と同じだ。
「はい」
婚姻式では言えなかった「はい」が今は言える。
あの時もし「はい」と言ってしまったら。
壊れてしまうのは、失ってしまうのは、自分の総てだった。
ユイはユイとしてそれを守らなければならなかった。
だからこそ「はい」ということは出来なかったのだ。
ユイの言葉に、トムは複雑な表情のまま微笑む。
その微笑みに、なぜか婚姻式で最後に見たミカゲの微笑みが重なって見えた。
「わかった。……では俺が分かる範囲内でユイに“道”を示そう」
「ありがとう、ミ……、ううん。トムさん。」
トムに向かって告げた“ありがとう”を、
ユイは心の中でミカゲにも告げていた。
それがミカゲに対するユイのこたえだった。
―*―
世界樹の管理者・TMが語りだす。
それは世界樹と繋がったことによって知り得た情報だった。
24時間後。
この島はゼルス海に再び沈む。
トムいわく、それは守護者が拓いた“海門”が閉じるからだという。
「“海門”が開くとき、惑星“アウス”から色々なモノが”アゼリア”に流れ込む。それを世界の守護者は、選別し断捨離を行う」
初めて聞く“アウス”という惑星。
それは”アゼリア”と似て異なるもうひとつの世界だ。
アゼリアと「対」の関係性を持つ”アウス”から流れ込む色々なモノを、“因果”と呼ぶそうだ。
この因果のうち、”アゼリア”に流れてきてはいけないものを、守護者は”アウス”に送り返す。
「世界の守護者は、そんな因果の調節を行う役目がある。同時に“アゼリア”から生まれた不要な因果も”アウス”に流している」
トムによって淡々と告げられる事実。
「不要な因果ってなに? どうしてそれをアゼリアから切り離すの?」
「わかりやすく言うと”戦争”かな。この因果は惑星そのものを壊してしまうことがある」
アゼリアはアウスより機械技術が進んでいる。
そのため高エネルギーの兵器を創り出すことが可能だ。
しかし守護者は、惑星そのものを壊す要因を徹底的に排除した。
それは兵器の生産や所持に関わらず、それによって世界を統治する思想、欲望なども含まれた。
そうした因果の種を潰すことで世界の安定を調節してきたのだ。
またアゼリアに流れてきた因果は、そのままでは異質であることが多い。
この世界に馴染ませる作業を担うのが、マガミ、グラゼル、カイドウ、アハドの人間の王だ。
この4人の王たちは、長い歴史の中で4つの名家として成り立った。
そのおかげで守護者は、効率的にアゼリアに残すべき”因果”を取捨選択できている。
こうして”アゼリア”は、保たれ、安定してきたのだ。
「アゼリアは良くても”アウス”は、どうなってしまうの? 混沌とした惑星になるんじゃ……」
「そう。だから”アウス”は、マイナス因子が働く惑星になってしまった」
「アウスに住む人たちはこのことを知ってるの……?」
「知らないだろうね、何も」
ユイはイチが注いでくれたイチゴ水の水面を見つめる。
言語化できない想いに、心がざわつく。
「世界を変えるのには犠牲が伴う。なんの代償もなく変えることは不可能だ」
ユイもそれが真理だと思う。
ただ心はその真理に納得できない。
アゼリアに入ってきた因果のおかげで、この世界の発展がある。
AIドール達がこれほど世の中に浸透し、貢献しているのもそのおかげだろう。
しかし、突如もたらされた繁栄はひずみを生む。
そうして生まれた“争い”という不要な因果は、アウスに送り返されてきた。
それは何と歪なサイクルなんだろうか。
自分を“良好”に保つために誰かを“犠牲”にするシステムで成り立つ“アゼリア”。
その歪みのシステムを、人々は何も知らないまま受け入れてしまっている。
「アゼリアに……プラスとマイナスが正しく共存した未来はつくれないの?」
「それは、“表”と“裏”の境界を無くす……というのか」
トムの声は震えていた。
“表”を生かすために“裏”を犠牲にすることは。
『裏』を生かすために『表』を犠牲にするのと同じような気がした。
この“犠牲”のサイクルを止めたかった。
それが世界の”運命”だというのなら、壊してしまうべきだとも。
「それは……、理想論でしかない。ユイ……この世界は、既に”そうして”成り立ってしまっている。そうなってしまった今、”本来あるべき世界”に戻すことは別の犠牲を生んでしまう」
トムが冷たく否定する。
しかしこの時ユイの中で。
「それはつまり――」
これまでの全ての疑問、もどかしさ、切ない想いが符合した。
それが喉からこみ上げて来る。
「こうした“犠牲”で成り立つ世界だから、人間の都合でAIドールを作って、さも共存しているかのように装いながら、AIドールの想いも存在も犠牲にするのも構わない……、そういうこと?」
鋭い言葉のナイフ。
周囲の空気が、止まる。
直後、イチが音もなくトムの前に移動する。
Mathewはユイの姿を見つめ続けている。
長い一瞬の後、トムが口を開く。
「イチ、大丈夫だよ」
変わらず柔らかい、トムの言葉。
「……ごめんなさい。言葉が過ぎたと思う」
ユイは呼吸を整え、言葉を続けた。
「今すぐに実現させるのは無理だってわかってる。もしも私が世界を導く女王になるのなら……そうなる未来のためにできる限りのことをしたい」
イチがトムの隣に座り込む。
しかしこれがユイの願いの全てだった。
愛する息子ユーリには、そんな未来のアゼリアで幸せになってほしい。
ユイの言葉にトムは沈黙を続けた。
何かの決断をするかのように、慎重に何かを考えているようだった。
ユイも視線を落とし、膝の上にある右手を見つめる。
その甲にある“女王”の証を。
ユイの視線を追って、トムもそのミシルシを見つめる。
「“女王”か……」
トムが遠い目をしながら語りだす。
それはカザム教の聖典に書かれた、“神”の降臨――。
はるか遠い昔、アゼリアにひとつの隕石が落ちてきた。
当時の人々がその隕石を調べたところ、未知の技術で造られた“舟”であることが分かった。
舟に居たのは、“神”だった。
人々にその“神”は告げた。
『“神”によってこの地に遣わされた者。“女王”とこの世界を守護することが私の使命である』
或る者が聞いた。
――その”女王”とはどのような存在なのですか?、と。
『“女王”は私の花嫁。女王たる“証”と特異な因子を持つ。女王は私と世界を導くだろう』
それから数千年。
ついにアゼリアに“女王の因子”を持つ者が誕生する。
しかし正確にはその“女王の因子”を持つ者は、ふたり存在した。
本来“ミシルシ”を持つ女王は1人だけでなくてはならなかったが――。
ひとりはプラス因子の『与える力』を、
もうひとりはマイナス因子の『失う力』を持つ。
『与える力』とは”与えることで因果に干渉し、状態を巻き戻して固定する”力。
それに対し『失う力』は“失うことで因果に干渉し、新たな因果に置き換える”力。
その二つの力が合わさった時、どちらがより強いかによって世界の運命が変わるという。
「どういうこと……?」
「本当の意味で女王はまだ誕生していないんだ。失う力が強ければ世界に『破壊と再生』、与える力が強ければ『現状維持』を引き起こす」
(だから私は過激派組織グライゼルに狙われ続けたんだ。私が“女王”になれば、世界の守護者が構築した世界を破壊するから……)
ユイは不意に病院の中庭で、レイと出会ったことを思い出した。
レイが“四葉のクローバー”を人工水晶に入れて宝物のように扱っていたことを。
「レイ……」
銀色の長い髪、澄んだ紫色の目。優雅で上品な物腰の、綺麗な人形のようなレイ。
もう一度、そんなレイに会いたかった。
「そういえばある少女に、“四葉のクローバー”について質問されたことがあったな」
「なんて?」
「“四葉のクローバーの幸せは誰が叶えてくれるのか”ってね。……俺は、誰かに叶えて貰うのではなく一緒に叶える幸せがあってもいいと答えた」
「一緒に叶える幸せ……? 例えば、“死”を一緒に叶えるのも“幸せ”になるの?」
ユイは心に浮かんだ疑問をそのままトムにぶつけた。
ユイの言葉に、Mathewの手が震えた。
「ユイはどう思うんだ?」
「私は“生きて”一緒に変化しながら幸せを叶え続けるほうがいい。」
そして少しの間を置いてユイは答えた。
「プラスの女王と会うこと。世界を変えるためには彼女が必要なんだと思う……」
ユイの視線とMathewの視線が重なる。
まっすぐに、一途に。
(それでも、もし叶うなら私は、彼と……)
トムはそんなユイとMathewの様子を目にして、驚いたように目を見張る。
そして何かを思案するようにゆっくりと目を閉じた。
「そうか……。それは俺には出来ない選択だった」
トムの頬には、涙が流れたあとが残っていた。
素朴な造りのダイニングテーブルに、ユイとトムは向かい合って座っていた。
「懐かしいな。リエの味がする」
「そりゃそうだよ、おばあちゃんの味付けだもん」
そんな他愛もない話をしながら、ユイの中では目の前に座る人物を新たに確定していた。
世界樹の管理者・TMとして。
ユイの記憶に残る祖父トミオは、もうこの世界にはいないと、理解したからだ。
食事を終えたトムの皿を、サンが素早く片付け、キッチンに運んでいた。
キッチンではイチとMathewが洗い物をしている。
そんなAIドールたちの連携の風景は、無機質でありながら生活の温かみがあった。
「ありがとう。美味しかったよ」
トムの言葉にユイは頷く。
嬉しいはずなのにユイの中では複雑だ。
感情に流されないために、ユイは必死でこれからどうすべきかを考え始める。
自分がどうあるべきかを決めるために、情報が欲しかった。
「トムさん、どうか私に教えて。知りたい……ううん、知るべきなの。この世界のシステムを」
「それはカイドウ家の”女王”として? それとも守護者と世界を導く”女王”として?」
突きつけられる選択。
“女王”とは単なる敬称ではない。
その意味すらもユイは理解していないことに気が付いた。
Mathewからの視線を感じる。
ユイは目を伏せた。
いまMathewを見つめ返すことはどうしても出来なかった。
「いまはっきりと選べない。……それでも知る必要があると思う。私自身のために」
その言葉にトムは何も言わない。
「何も”知らないまま”運命に流されたくない、ということかい?」
そう問いかけるトムの顔は険しい。
表情はなく、その目に温かみもない。
これはミカゲの目と同じだ。
「はい」
婚姻式では言えなかった「はい」が今は言える。
あの時もし「はい」と言ってしまったら。
壊れてしまうのは、失ってしまうのは、自分の総てだった。
ユイはユイとしてそれを守らなければならなかった。
だからこそ「はい」ということは出来なかったのだ。
ユイの言葉に、トムは複雑な表情のまま微笑む。
その微笑みに、なぜか婚姻式で最後に見たミカゲの微笑みが重なって見えた。
「わかった。……では俺が分かる範囲内でユイに“道”を示そう」
「ありがとう、ミ……、ううん。トムさん。」
トムに向かって告げた“ありがとう”を、
ユイは心の中でミカゲにも告げていた。
それがミカゲに対するユイのこたえだった。
―*―
世界樹の管理者・TMが語りだす。
それは世界樹と繋がったことによって知り得た情報だった。
24時間後。
この島はゼルス海に再び沈む。
トムいわく、それは守護者が拓いた“海門”が閉じるからだという。
「“海門”が開くとき、惑星“アウス”から色々なモノが”アゼリア”に流れ込む。それを世界の守護者は、選別し断捨離を行う」
初めて聞く“アウス”という惑星。
それは”アゼリア”と似て異なるもうひとつの世界だ。
アゼリアと「対」の関係性を持つ”アウス”から流れ込む色々なモノを、“因果”と呼ぶそうだ。
この因果のうち、”アゼリア”に流れてきてはいけないものを、守護者は”アウス”に送り返す。
「世界の守護者は、そんな因果の調節を行う役目がある。同時に“アゼリア”から生まれた不要な因果も”アウス”に流している」
トムによって淡々と告げられる事実。
「不要な因果ってなに? どうしてそれをアゼリアから切り離すの?」
「わかりやすく言うと”戦争”かな。この因果は惑星そのものを壊してしまうことがある」
アゼリアはアウスより機械技術が進んでいる。
そのため高エネルギーの兵器を創り出すことが可能だ。
しかし守護者は、惑星そのものを壊す要因を徹底的に排除した。
それは兵器の生産や所持に関わらず、それによって世界を統治する思想、欲望なども含まれた。
そうした因果の種を潰すことで世界の安定を調節してきたのだ。
またアゼリアに流れてきた因果は、そのままでは異質であることが多い。
この世界に馴染ませる作業を担うのが、マガミ、グラゼル、カイドウ、アハドの人間の王だ。
この4人の王たちは、長い歴史の中で4つの名家として成り立った。
そのおかげで守護者は、効率的にアゼリアに残すべき”因果”を取捨選択できている。
こうして”アゼリア”は、保たれ、安定してきたのだ。
「アゼリアは良くても”アウス”は、どうなってしまうの? 混沌とした惑星になるんじゃ……」
「そう。だから”アウス”は、マイナス因子が働く惑星になってしまった」
「アウスに住む人たちはこのことを知ってるの……?」
「知らないだろうね、何も」
ユイはイチが注いでくれたイチゴ水の水面を見つめる。
言語化できない想いに、心がざわつく。
「世界を変えるのには犠牲が伴う。なんの代償もなく変えることは不可能だ」
ユイもそれが真理だと思う。
ただ心はその真理に納得できない。
アゼリアに入ってきた因果のおかげで、この世界の発展がある。
AIドール達がこれほど世の中に浸透し、貢献しているのもそのおかげだろう。
しかし、突如もたらされた繁栄はひずみを生む。
そうして生まれた“争い”という不要な因果は、アウスに送り返されてきた。
それは何と歪なサイクルなんだろうか。
自分を“良好”に保つために誰かを“犠牲”にするシステムで成り立つ“アゼリア”。
その歪みのシステムを、人々は何も知らないまま受け入れてしまっている。
「アゼリアに……プラスとマイナスが正しく共存した未来はつくれないの?」
「それは、“表”と“裏”の境界を無くす……というのか」
トムの声は震えていた。
“表”を生かすために“裏”を犠牲にすることは。
『裏』を生かすために『表』を犠牲にするのと同じような気がした。
この“犠牲”のサイクルを止めたかった。
それが世界の”運命”だというのなら、壊してしまうべきだとも。
「それは……、理想論でしかない。ユイ……この世界は、既に”そうして”成り立ってしまっている。そうなってしまった今、”本来あるべき世界”に戻すことは別の犠牲を生んでしまう」
トムが冷たく否定する。
しかしこの時ユイの中で。
「それはつまり――」
これまでの全ての疑問、もどかしさ、切ない想いが符合した。
それが喉からこみ上げて来る。
「こうした“犠牲”で成り立つ世界だから、人間の都合でAIドールを作って、さも共存しているかのように装いながら、AIドールの想いも存在も犠牲にするのも構わない……、そういうこと?」
鋭い言葉のナイフ。
周囲の空気が、止まる。
直後、イチが音もなくトムの前に移動する。
Mathewはユイの姿を見つめ続けている。
長い一瞬の後、トムが口を開く。
「イチ、大丈夫だよ」
変わらず柔らかい、トムの言葉。
「……ごめんなさい。言葉が過ぎたと思う」
ユイは呼吸を整え、言葉を続けた。
「今すぐに実現させるのは無理だってわかってる。もしも私が世界を導く女王になるのなら……そうなる未来のためにできる限りのことをしたい」
イチがトムの隣に座り込む。
しかしこれがユイの願いの全てだった。
愛する息子ユーリには、そんな未来のアゼリアで幸せになってほしい。
ユイの言葉にトムは沈黙を続けた。
何かの決断をするかのように、慎重に何かを考えているようだった。
ユイも視線を落とし、膝の上にある右手を見つめる。
その甲にある“女王”の証を。
ユイの視線を追って、トムもそのミシルシを見つめる。
「“女王”か……」
トムが遠い目をしながら語りだす。
それはカザム教の聖典に書かれた、“神”の降臨――。
はるか遠い昔、アゼリアにひとつの隕石が落ちてきた。
当時の人々がその隕石を調べたところ、未知の技術で造られた“舟”であることが分かった。
舟に居たのは、“神”だった。
人々にその“神”は告げた。
『“神”によってこの地に遣わされた者。“女王”とこの世界を守護することが私の使命である』
或る者が聞いた。
――その”女王”とはどのような存在なのですか?、と。
『“女王”は私の花嫁。女王たる“証”と特異な因子を持つ。女王は私と世界を導くだろう』
それから数千年。
ついにアゼリアに“女王の因子”を持つ者が誕生する。
しかし正確にはその“女王の因子”を持つ者は、ふたり存在した。
本来“ミシルシ”を持つ女王は1人だけでなくてはならなかったが――。
ひとりはプラス因子の『与える力』を、
もうひとりはマイナス因子の『失う力』を持つ。
『与える力』とは”与えることで因果に干渉し、状態を巻き戻して固定する”力。
それに対し『失う力』は“失うことで因果に干渉し、新たな因果に置き換える”力。
その二つの力が合わさった時、どちらがより強いかによって世界の運命が変わるという。
「どういうこと……?」
「本当の意味で女王はまだ誕生していないんだ。失う力が強ければ世界に『破壊と再生』、与える力が強ければ『現状維持』を引き起こす」
(だから私は過激派組織グライゼルに狙われ続けたんだ。私が“女王”になれば、世界の守護者が構築した世界を破壊するから……)
ユイは不意に病院の中庭で、レイと出会ったことを思い出した。
レイが“四葉のクローバー”を人工水晶に入れて宝物のように扱っていたことを。
「レイ……」
銀色の長い髪、澄んだ紫色の目。優雅で上品な物腰の、綺麗な人形のようなレイ。
もう一度、そんなレイに会いたかった。
「そういえばある少女に、“四葉のクローバー”について質問されたことがあったな」
「なんて?」
「“四葉のクローバーの幸せは誰が叶えてくれるのか”ってね。……俺は、誰かに叶えて貰うのではなく一緒に叶える幸せがあってもいいと答えた」
「一緒に叶える幸せ……? 例えば、“死”を一緒に叶えるのも“幸せ”になるの?」
ユイは心に浮かんだ疑問をそのままトムにぶつけた。
ユイの言葉に、Mathewの手が震えた。
「ユイはどう思うんだ?」
「私は“生きて”一緒に変化しながら幸せを叶え続けるほうがいい。」
そして少しの間を置いてユイは答えた。
「プラスの女王と会うこと。世界を変えるためには彼女が必要なんだと思う……」
ユイの視線とMathewの視線が重なる。
まっすぐに、一途に。
(それでも、もし叶うなら私は、彼と……)
トムはそんなユイとMathewの様子を目にして、驚いたように目を見張る。
そして何かを思案するようにゆっくりと目を閉じた。
「そうか……。それは俺には出来ない選択だった」
トムの頬には、涙が流れたあとが残っていた。