08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

EP19 成人式

 この世界には12のリージョンがある。
 そのリージョンの中心にあるセントラルは、年に一度数多くの「未成人」たちが集う。
 それが今夜だ。
 
 祖父であるトミオは、この日のために”キモノ”を用意してくれた。
 トミオの給料の3か月分くらいはしているだろう”キモノ”。
 全体に広がる濃紺のグラデーションが美しい。
 肩から腰にかけてちりばめられた花の刺繍。
 金糸の繊細な刺繍が全体に使われている。

「うわ~、きれい。さすがトミオさん。センスの良さが爆発してるわ」

 そう感嘆の声をあげるのは、深紅の優美なドレスを着た幼馴染のレイラ。
 自然に波打つ金色の髪、アイスブルーの目。
 祖父譲りの整った容貌の女性だ。

 その隣には、礼服を着た老紳士が立っている。
 彼はレイラの祖父で、祖父トミオの友人のアレン。
 今日はユイとレイラの送迎をしてくれる。

「やっぱり衣装負け……してる、よね?」
「そんなことはないよ。僕が同じぐらいの若者だったら、ふたりを見て恋に落ちたかもしれない」

 アレンさんの軽いジョークに、レイラはあきれ顔だ。
 
「うわぁ。爺さん……相変わらずたらしだね」
「おや、そうかい?」
 
 アレンとレイラのやり取りが面白くて、ユイは微笑む。
 レイラはそんなユイの手を引っ張って、アレンに手を振った。

「行くわよ、ユイ。……準備はいい?」
「うん」
「ふたりとも楽しんでおいで。日付が変わる前には帰ってくるようにね」
「はあい!」

 レイラの明るい返事にアレンは微笑む。
 ユイはそんなアレンに会釈をして白亜の建物の中へ進んだ。
 
 ー※ー
 ”セントラル”のセレモニーホールはとても広大だ。
 スーツ姿やドレス姿、各リージョンの民族衣装など様々な衣装に身を包んだ若者が集う。
 レイラとユイはリージョンN出身。
 会場のスタッフによって北東の位置にある座席に案内される。

 すべての座席は指定席制。
 座席の間隔はゆったりめに取られ、必要な配慮を受けながら共に過ごせるよう配置されている。

 ユイの隣にレイラが座る。
 すると周囲の席の男性が一斉にレイラに釘付けになる。
 ユイは自分に向けられた視線ではないと思いながらも、その視線に少し胸が高鳴った。

 式が始まると偉い人の長くて熱い演説が始まる。
 睡魔と戦いながらも解放される時を待つ。すると携帯端末に承認文書が届く。
 式の間は、携帯端末を操作することが出来ない。
 端末を管理するAIが承認文書を確認する以外は、制御するのがマナーなのだ。
 会場のなかは美しいピアノの旋律が響き渡る。ちなみに生演奏だ。
 ユイは承認文書を開き、成人になったことで可能になることを確認した。
 この承認文書を読んだ上で誓約書に署名する。
 署名することは、成人した大人として起こした行動に責任を持つ意識がある、という意味がある。

 しばらく待つと、受理されたことをマシューが文字で教えてくれる。
 これを済ませた人はこの場を退出し、ホールの上の階にある交流や披露の場に赴くことになるのだ。
 こうした場所に立ち寄るかどうかは個人の自由だ。
 苦手とする人は無理に参加しなくてもいいが、新成人となった者にはメリットが多い。
 結果、多くの人がセレモニーホールの上階へと向かっていた。

 ー※ー
 優雅で大きな階段が見える場所で、ユイは化粧室に出かけたレイラを待っていた。
 人の出入りが多く、ユイは人に酔ったのか少し疲れが出てきた。

(どこか座れる場所とかないかな)

 そう思ってよそ見をした時だった。
 誰かに体をぶつけられる。
 “キモノ”に着慣れていないユイはバランスを崩し、倒れそうになった。
 すぐに誰かに支えられる。が、足元で何かが、いや何かを踏みつけた感触。眼鏡だ……。

「あ……!」

 上から若い男性の声が降ってきた。

「君、怪我はない?」

 銀色の短い髪、紫色の目。礼服を着た背の高い若い男性。

「はい……」
「急にぶつかってしまい、こちらこそ申し訳ない」

「いえ、その……」

 ユイはおそらく彼の物であろう眼鏡を恐る恐る拾い上げる。
 レンズの下だけを支えるフレームデザイン。左のレンズにヒビが入っていた。

「これが無いと困るんだ、返してもらっても?」
「あ、はい。あの、修理代――」

 ユイは手に持っていたバッグから財布を取り出そうとする。
 男性は何かを考えていたのか、ユイの声に反応する。
 
「……あ、要らないよ。そもそも僕の不注意だし」

 男性は壊れた眼鏡をかけ、あたりを見回しながら目を細めた。

「でも……。本当にごめんなさい」
「気にしないで。それより君を転ばせなくてよかった。……じゃあ、楽しい夜を」 
 
 よほど急いでいるのだろう。
 彼は爽やかに微笑むと、あっという間に見えなくなった。
 
(せめて名前くらい聞けばよかった……素敵な人だったな)

 そんなことを考えながらユイは彼が消えた方角を見つめ続けた。
 完璧に化粧直しが終わったレイラがユイに声を掛ける。
 
「ユイ! おまたせ」
「すごい。アップグレードしちゃってる!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、言葉のチョイスがねぇ……」
 
 レイラが少しだけ苦笑する。

「じゃあ戦場へ突撃するわよ!」
 
 ユイの手を引っ張って人で溢れる空間を横切る。
 誰が見てもゴージャスなレイラ。
 その後ろを3歩下がってついて行く控えめなユイ。
 
 このペアは、周囲の人々の視線を集めた。
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