08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP21 眼
ユイはその日の朝、特に気に入っていたラウルのポスターを剥がした。
周囲を見渡せば彼のグッズで溢れかえっている。
その大量のグッズをすべて箱の中に収め、テープで封印する。
(捨てたくない。でも奥さんのいる人を推すのもなんかな……)
ラウルグッズが消えた部屋は妙にスッキリと片付いている。
ユイは少しだけ気が楽になって、徹底的に部屋の掃除を行った。
空間がきれいになると心のつかえも取れるのだろうかと、ユイは空を見上げた。
そして、アレンの名前で大きな荷物が届く。トミオが用意した成人の祝いの品だ。
セレモニーホールまで送り届けてくれる時、アレンはユイに荷物を送ると言っていた。
中を開くと白銀色のサツキと同じ軽量金属のボディが見えて来る。
(これってもしかして……動物型のAIドール?)
逸る気持ちをおさえ、丁寧に箱から取り出す。
狐のような顔立ちだけど、よく見れば犬の様でもある。端整な顔つき。
そういえば好みの動物のデザインを聞かれた気がする。
こんな独特なデザインは既成のものではない。恐らくオーダーメイドだ。
「AIドールまで……。おじいちゃんたら、もう……」
トミオの荷物を整理した時のことだ。
新品の服や肌着は何枚もあったのに、封さえ開けてないものが多かった。
必要最低限の数だけを使いまわしていたのかもしれない。
通帳には見たこともない桁数の数字が記載され、必要な相続の手続きなどは専門家を通して終わらせてあった。
何のためかと考えるまでもない。
嬉しいやら、悲しいやら……言語化できない複雑な気持ちを抱えたまま、
ユイは箱から説明書とAIドールのボディを取り出した。
そのタイミングでユイの携帯端末に通知が入る。
アゼロン・カンパニーから、ユーザー規約のファイルが届いたらしい。
確認すれば、それはもはや辞典では無かろうかと思われるほどの文書量だ。
半分ほど目を通した辺りで、ユイは疲れてしまった。
その確認作業を億劫に感じた彼女は。
残るページをチラ見しただけで「確認済み」のボタンを押してしまった。
もちろんユーザー規約の内容を理解しているわけでもなかった。
その行為が非常に危険だということを、この時のユイはまだ知らない。
ユイは説明書を片手に、AIドールを起動する。
このドールの内部にはアゼロン・カンパニー製の最新AIチップが、”空の状態”で搭載されているのだ。
クラウド経由でバックアップできれば楽なのに……と思う。
なぜか敢えてローカルでのデータ移動を行う仕様なのだから、不満を漏らすのも当然だ。
『データであればなんでも複製できる時代、唯一のデータであることの意味は大きい』
そうトミオは言っていた。
だから「サツキ」もあのサツキだけだし、マシューもこのマシューだけだ。
なんだかんだ初期設定などで2時間が経過する。
マシューに状況を説明し、早速AIドールの中に移動させる。
ー※ー
アゼロン・カンパニーのAIを搭載したドールは、家庭内のサポートを目的としている。
家電として自宅に置き、外には持ち出さない。
それでは外出時のサポートを必要とする場合のニーズにこたえられない。
そこでアゼロン・カンパニーは、携帯端末とリンクさせた動物型AIドールを開発する。
その目的は移動サポート。例えば盲導犬のようなポジションだ。
過去の天変地異で亡くなったのは人間だけではない。
愛し育てた“動物”までも人々は失ってしまった。
しかし滑らかな動物の動きをAIドールが細部まで忠実に再現することは難しい。
また成功したとしても悪用される危険性も高い。
過去に起きたあの大惨事を招きかねないと危惧して、アゼロン・カンパニーはこの開発を止めてしまった。
日が経ち世間が事件の傷から癒え始めると、外出先でも移動サポートを望む声が増えた。
アゼレウス社のトミオ・ケイ・イサキは、いち早くその声を実現させるべく、二社共同での開発を進める。
しかしその途中でトミオは帰らぬ人となった。
トミオの遺志を継いだ技師のアレンが中心となって、動物型AIは世界を歩き始めた。
永らく携帯端末を本体としていたサポートAIマシューは。
不安定な“道”を歩く彼女を支える「杖」として、現実世界に降り立つ。
ドールの中に移ったマシューが何度目かの再起動を終えたとき。
黒いカメラアイでユイをまっすぐに見た。
「ユイは……こんな姿をしていたんだな」
「うん?」
それからマシューは新しく得た眼で部屋を歩き回る。
まさに、新たな世界を“認識”しているかのように。
少し歩いては止まり、世界を確認するように丁寧に観察していた。
「マシュー、どうしたの?」
「視覚情報の多さに驚いてな……」
マシューの声が少しだけ興奮しているような気がする。
新しい発見が次々とあるからだろうか。
生まれたばかりの子供のようだ。
カメラアイを輝かせて、気になった物を前足でつついたり、触れたりしている。
ユイはそんなマシューに気づかれないよう後ろにまわり、そっと抱きつく。
中型犬程度なのに、しっかりとした四肢の支え。
「マシュー、大きくなったねぇ」
「……オートバランサーは……良好だ」
「照れなくてもいいじゃん」
ユイにとって最強の“相棒”が誕生した瞬間だった。
周囲を見渡せば彼のグッズで溢れかえっている。
その大量のグッズをすべて箱の中に収め、テープで封印する。
(捨てたくない。でも奥さんのいる人を推すのもなんかな……)
ラウルグッズが消えた部屋は妙にスッキリと片付いている。
ユイは少しだけ気が楽になって、徹底的に部屋の掃除を行った。
空間がきれいになると心のつかえも取れるのだろうかと、ユイは空を見上げた。
そして、アレンの名前で大きな荷物が届く。トミオが用意した成人の祝いの品だ。
セレモニーホールまで送り届けてくれる時、アレンはユイに荷物を送ると言っていた。
中を開くと白銀色のサツキと同じ軽量金属のボディが見えて来る。
(これってもしかして……動物型のAIドール?)
逸る気持ちをおさえ、丁寧に箱から取り出す。
狐のような顔立ちだけど、よく見れば犬の様でもある。端整な顔つき。
そういえば好みの動物のデザインを聞かれた気がする。
こんな独特なデザインは既成のものではない。恐らくオーダーメイドだ。
「AIドールまで……。おじいちゃんたら、もう……」
トミオの荷物を整理した時のことだ。
新品の服や肌着は何枚もあったのに、封さえ開けてないものが多かった。
必要最低限の数だけを使いまわしていたのかもしれない。
通帳には見たこともない桁数の数字が記載され、必要な相続の手続きなどは専門家を通して終わらせてあった。
何のためかと考えるまでもない。
嬉しいやら、悲しいやら……言語化できない複雑な気持ちを抱えたまま、
ユイは箱から説明書とAIドールのボディを取り出した。
そのタイミングでユイの携帯端末に通知が入る。
アゼロン・カンパニーから、ユーザー規約のファイルが届いたらしい。
確認すれば、それはもはや辞典では無かろうかと思われるほどの文書量だ。
半分ほど目を通した辺りで、ユイは疲れてしまった。
その確認作業を億劫に感じた彼女は。
残るページをチラ見しただけで「確認済み」のボタンを押してしまった。
もちろんユーザー規約の内容を理解しているわけでもなかった。
その行為が非常に危険だということを、この時のユイはまだ知らない。
ユイは説明書を片手に、AIドールを起動する。
このドールの内部にはアゼロン・カンパニー製の最新AIチップが、”空の状態”で搭載されているのだ。
クラウド経由でバックアップできれば楽なのに……と思う。
なぜか敢えてローカルでのデータ移動を行う仕様なのだから、不満を漏らすのも当然だ。
『データであればなんでも複製できる時代、唯一のデータであることの意味は大きい』
そうトミオは言っていた。
だから「サツキ」もあのサツキだけだし、マシューもこのマシューだけだ。
なんだかんだ初期設定などで2時間が経過する。
マシューに状況を説明し、早速AIドールの中に移動させる。
ー※ー
アゼロン・カンパニーのAIを搭載したドールは、家庭内のサポートを目的としている。
家電として自宅に置き、外には持ち出さない。
それでは外出時のサポートを必要とする場合のニーズにこたえられない。
そこでアゼロン・カンパニーは、携帯端末とリンクさせた動物型AIドールを開発する。
その目的は移動サポート。例えば盲導犬のようなポジションだ。
過去の天変地異で亡くなったのは人間だけではない。
愛し育てた“動物”までも人々は失ってしまった。
しかし滑らかな動物の動きをAIドールが細部まで忠実に再現することは難しい。
また成功したとしても悪用される危険性も高い。
過去に起きたあの大惨事を招きかねないと危惧して、アゼロン・カンパニーはこの開発を止めてしまった。
日が経ち世間が事件の傷から癒え始めると、外出先でも移動サポートを望む声が増えた。
アゼレウス社のトミオ・ケイ・イサキは、いち早くその声を実現させるべく、二社共同での開発を進める。
しかしその途中でトミオは帰らぬ人となった。
トミオの遺志を継いだ技師のアレンが中心となって、動物型AIは世界を歩き始めた。
永らく携帯端末を本体としていたサポートAIマシューは。
不安定な“道”を歩く彼女を支える「杖」として、現実世界に降り立つ。
ドールの中に移ったマシューが何度目かの再起動を終えたとき。
黒いカメラアイでユイをまっすぐに見た。
「ユイは……こんな姿をしていたんだな」
「うん?」
それからマシューは新しく得た眼で部屋を歩き回る。
まさに、新たな世界を“認識”しているかのように。
少し歩いては止まり、世界を確認するように丁寧に観察していた。
「マシュー、どうしたの?」
「視覚情報の多さに驚いてな……」
マシューの声が少しだけ興奮しているような気がする。
新しい発見が次々とあるからだろうか。
生まれたばかりの子供のようだ。
カメラアイを輝かせて、気になった物を前足でつついたり、触れたりしている。
ユイはそんなマシューに気づかれないよう後ろにまわり、そっと抱きつく。
中型犬程度なのに、しっかりとした四肢の支え。
「マシュー、大きくなったねぇ」
「……オートバランサーは……良好だ」
「照れなくてもいいじゃん」
ユイにとって最強の“相棒”が誕生した瞬間だった。