08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP72 契約(2)
そのあとは、淡々と契約書を確認してサインする事務作業に追われた。
ユイの体調を最優先として契約は進められ、見かけ上は和やかな雰囲気が空間を支配した。
一時間の休憩の間――。
ミカゲは忘れ物を取りに行くと、カイドウ家を後にした。
「彼、そそっかしい所もあるのね。怖い若者だと思ったけど、可愛いところもあるじゃない」
「……あれは相当な切れ者だぞ。油断したら全部持っていかれる」
夫妻の言葉に、マシューとミオンは顔を見合わせる。
そのアンバランスさに、ユイは少し笑顔を見せた。
「なんだろう、彼は時々本音がチラつくのが怖い。信じたものが覆りそう」
「そうなるように相手は誘導している。しかしユイは覆る手前でまた線を引く。良い傾向だ」
そう告げるマシューはとても楽しそうだ。
フィリア・オレンジティーを注ぎながら、ミオンがテンション高めに反応する。
「わかりますよ! ユイ様の絶妙なかわし、ワクワクしますもん!」
「んもう、私は必死なんだから!」
「必死な割にバイタルは安定しているぞ? 環境に慣れるのも早くなったな」
マシューの言葉にミオンは腕組みをしてうんうんと頷いている。
ユイは少し恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
口に含んだフィリア・オレンジティーのほのかな甘さを感じる。
場の明るい状況にお腹のユーリも少し動く。
僕も混ぜて! と言うかのように。
「ふふ、若い子が楽しそうにしているのを見るのは良いわね。わたくしもFOSを勉強しようかしら?」「FOSは難しいぞ? しかし奥深くてな……それを完全に理解しているとはな」
タクマはお茶を嗜みながら、さり気なくユイを褒める。
「いいえ、本当の意味で私はFOSは理解できません」
しかしユイはそれを俯いた状態で答える。
「そう今でも――」
ユイは目を瞑って顔を天井にあげた。
そして、迷いを吹き飛ばすように。
主の居なくなった空席をまっすぐ見つめる。
「そんな私がちゃんと境界線を引けるのは、ルシー・フェルドしかいない。そんな彼にマシューが宿ってくれたら、もう私は何も怖くない。本当の意味で女王になれると思うんです」
ユイは右手の印を見つめる。
あの会議の後、ユイはアレンに“ミシルシ”について聞いた。
カザム教では“世界の守護者”を導く存在にはこの“ミシルシ”があると言われている。
“ミシルシ”が出るのは女性に限られ、他人に可視化できるものほど力が強いと言われているそうだ。
それなら自分が“守られ続ける”のも、“失い続ける”のも納得がいく。
納得できるのなら、後は受け入れるだけだ。
「過激派組織はユイを許さないぞ? まあ今更だがな……」
「いいえ、グライゼルは最初からわたくしたちにとっては敵ですわ」
(……どういうこと?)
ユイの疑問がそのまま表情に現れたのだろう。
言葉に詰まるタクマの代わりに、アヤカが答えた。
ユイが襲われ、リエを失ったカイドウ家は、世界の悪グライゼルを相手に法廷で戦ったという。
その結果、グライゼルの首謀者は司法によって裁かれ、極刑となった。
「かたき討ち……ってことですか?」
「そうね。リエさんはカイドウ家の正当なる当主の血筋だった。もっとも、当人はそれを望みはしなかったけど、それでもカイドウ家の重要な人物を殺めたことは、絶対に許すわけにはいかない」
「……ワシらにはこれくらいしか出来なかったがな」
「いいえ、十分です……。戦っていたのはわたしだけじゃなかったって分かって……」
ユイの目から涙がこぼれる。
「……嬉しいです」
アヤカが更に言葉を続ける。
「さっきね、ユイさんの口から家族と言ってもらえて、どれほど嬉しかったか」
「ああ……。本当にありがとう」
タクマの目が少し濡れている。
笑っているのに目には哀しみが渦巻いていた。
(……ああ、私は何もわかっていなかった)
ミオンが鼻を啜って泣いている。
「奥様、旦那様。ほんとうに良かったですね……」
明るい。本当に。
胸の奥の、凍っていた場所が、ゆっくりと溶けていくほどに。
カイドウ家はそんな家だったって、やっとわかった。
「ありがとう。みんなが支えてくれるのがわかります。だから、私も負けない」
フジナミがミカゲの到着を知らせる。
――戦闘再開だ。
ユイの体調を最優先として契約は進められ、見かけ上は和やかな雰囲気が空間を支配した。
一時間の休憩の間――。
ミカゲは忘れ物を取りに行くと、カイドウ家を後にした。
「彼、そそっかしい所もあるのね。怖い若者だと思ったけど、可愛いところもあるじゃない」
「……あれは相当な切れ者だぞ。油断したら全部持っていかれる」
夫妻の言葉に、マシューとミオンは顔を見合わせる。
そのアンバランスさに、ユイは少し笑顔を見せた。
「なんだろう、彼は時々本音がチラつくのが怖い。信じたものが覆りそう」
「そうなるように相手は誘導している。しかしユイは覆る手前でまた線を引く。良い傾向だ」
そう告げるマシューはとても楽しそうだ。
フィリア・オレンジティーを注ぎながら、ミオンがテンション高めに反応する。
「わかりますよ! ユイ様の絶妙なかわし、ワクワクしますもん!」
「んもう、私は必死なんだから!」
「必死な割にバイタルは安定しているぞ? 環境に慣れるのも早くなったな」
マシューの言葉にミオンは腕組みをしてうんうんと頷いている。
ユイは少し恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
口に含んだフィリア・オレンジティーのほのかな甘さを感じる。
場の明るい状況にお腹のユーリも少し動く。
僕も混ぜて! と言うかのように。
「ふふ、若い子が楽しそうにしているのを見るのは良いわね。わたくしもFOSを勉強しようかしら?」「FOSは難しいぞ? しかし奥深くてな……それを完全に理解しているとはな」
タクマはお茶を嗜みながら、さり気なくユイを褒める。
「いいえ、本当の意味で私はFOSは理解できません」
しかしユイはそれを俯いた状態で答える。
「そう今でも――」
ユイは目を瞑って顔を天井にあげた。
そして、迷いを吹き飛ばすように。
主の居なくなった空席をまっすぐ見つめる。
「そんな私がちゃんと境界線を引けるのは、ルシー・フェルドしかいない。そんな彼にマシューが宿ってくれたら、もう私は何も怖くない。本当の意味で女王になれると思うんです」
ユイは右手の印を見つめる。
あの会議の後、ユイはアレンに“ミシルシ”について聞いた。
カザム教では“世界の守護者”を導く存在にはこの“ミシルシ”があると言われている。
“ミシルシ”が出るのは女性に限られ、他人に可視化できるものほど力が強いと言われているそうだ。
それなら自分が“守られ続ける”のも、“失い続ける”のも納得がいく。
納得できるのなら、後は受け入れるだけだ。
「過激派組織はユイを許さないぞ? まあ今更だがな……」
「いいえ、グライゼルは最初からわたくしたちにとっては敵ですわ」
(……どういうこと?)
ユイの疑問がそのまま表情に現れたのだろう。
言葉に詰まるタクマの代わりに、アヤカが答えた。
ユイが襲われ、リエを失ったカイドウ家は、世界の悪グライゼルを相手に法廷で戦ったという。
その結果、グライゼルの首謀者は司法によって裁かれ、極刑となった。
「かたき討ち……ってことですか?」
「そうね。リエさんはカイドウ家の正当なる当主の血筋だった。もっとも、当人はそれを望みはしなかったけど、それでもカイドウ家の重要な人物を殺めたことは、絶対に許すわけにはいかない」
「……ワシらにはこれくらいしか出来なかったがな」
「いいえ、十分です……。戦っていたのはわたしだけじゃなかったって分かって……」
ユイの目から涙がこぼれる。
「……嬉しいです」
アヤカが更に言葉を続ける。
「さっきね、ユイさんの口から家族と言ってもらえて、どれほど嬉しかったか」
「ああ……。本当にありがとう」
タクマの目が少し濡れている。
笑っているのに目には哀しみが渦巻いていた。
(……ああ、私は何もわかっていなかった)
ミオンが鼻を啜って泣いている。
「奥様、旦那様。ほんとうに良かったですね……」
明るい。本当に。
胸の奥の、凍っていた場所が、ゆっくりと溶けていくほどに。
カイドウ家はそんな家だったって、やっとわかった。
「ありがとう。みんなが支えてくれるのがわかります。だから、私も負けない」
フジナミがミカゲの到着を知らせる。
――戦闘再開だ。