“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
翌朝。
段々と覚醒してきた頭が状況を把握するにつれて、一人布団の中で照れていた。
陸は相変わらず背中を向けたまま、眠っていた。
小さく、穏やかな寝息が聞こえる。
昨日は眠気が勝ってしまって、あまり深く考えずにベッドに潜り込んだけれど……意識がはっきりとしていたら、照れてこたつでいいなんて言っていたに違いない。

(……恥ずかしいけど、幸せすぎる……っ!)

そっと、陸を起こさないように布団から出て、軽く身支度を整えてから、朝食の準備を始めた。
きちんと出汁から取った味噌汁に刻みたてのネギを入れる。
皮目までこんがりと色付いた、脂の乗った鮭。
きちんとゴマの入った和え物。
そして、あのレシピを真似て作った浅瀬家風の卵焼き。
昨日買ったばかりのお茶碗に、ご飯を盛って出すと、陸がきらきらとした表情でテーブルの上を見つめていた。

「うわ……やば……っ!
 俺、朝から語彙が飛んだかも……」
「卵焼きはまだまだ練習中ですが、今日はちょっとだけ頑張ってみました」
二人並んで、いただきますと手を合わせる。
ほかほかのご飯と鮭の相性が抜群すぎて、朝から調子に乗って食べてしまいそうだ。
北海道のグルメ、恐るべし。

「すごく美味しくて幸せだけど、結婚したら毎日これが食べられるなんて贅沢なことは思っていないから」
その言葉に驚いてまなが陸を見る。
「朝の忙しい時間にこれを準備して出すのがどれだけ大変かなんて、想像は簡単につく。
 まなは無理しないで、手を抜くところは手を抜いていいんだからね?
 ……たまの休日には、これが食べられると幸せだけど」
その気遣いに、ふふっとまなが笑った。
「ありがとう、陸くん。
 それなら、私がやりたいときにだけ、丁寧仕様で作るね」
まなの言葉に、陸が安心したように頷く。


「今日はこの後大通公園の方に行って、雪まつりを見よう。
 雪像がたくさんあるらしいよ」
「はい!
 主に外にいることになるから、防寒対策は頑張らないとですね!
 レギンスとかも、極寒用を購入してしっかり持ってきました!」
前回の反省を生かして、下着にも防寒素材をたくさん取り入れた。
コートとマフラーだけでは凌げない寒さも、また北海道らしかった。
「……それから、見終わったらデパートにも寄ろう。
 指輪……ちゃんと欲しいな」
はっきりと言われたその言葉に、驚く。
「指輪、欲しいって思ってくれたんですね」
「え、結婚指輪欲しくないわけないよ。
 自分が付けたいというより、……独占欲かな。
 指輪を見るたびに”まなとお揃い”とか、”まなは俺の”って思いたくて」
ごめん、とちょっと恥ずかしそうにしながら、笑う。
「……私も、同じようなこと考えてたよ。
 お揃いって思うと、離れていても繋がっているって感じがしますよね。
 それに……陸くん、職場でもモテてるみたいですから。
 既婚者の印だと思うと安心します」

ごほっ。
むせて苦しそうにしている彼に、慌てて適温のお茶を渡す。
それを慌てて飲みながら、はぁ、と一呼吸。

「違うからね!?
 山本さんはああ言っていたけど、俺はモテないよ!?」
まなは、その分野に関する陸の自意識をあまり信じてはいない。
「いえ、陸くんはひっそりとモテるタイプだとうちの母が言っていました。
 真面目で誠実、見た目も悪くない、モテないわけがないそうです」
「え!?」
「全国転勤あるあるで、地方に飛ばされた独身男性は現地の女の子の紹介をめちゃくちゃ受けるらしいですね?」
まなの言葉に、陸の目が遠くなる。
心当たりがなくはないようだ。
「母の時代は、いわゆる合コンとかも積極的に設定されて、都会に行きたい現地の女の子が結構必死でアピールしてきたそうです。
 それが毎回不安で、うちの父と急いで結婚したのが母なんです。
 今でこそ父も転職して転勤がないんですけど、昔は転勤族でした」

小学校に上がる前まで、地方に住んでいたことを思い出す。
「な、なるほど……。
 それで今回も俺たちのこと、中途半端はよくないって結婚のほうに後押ししてくれたんだね」
「みたいです」
「……確かに、紹介文化には困っていたから、助かったななんて思ってはいたけど。
 結婚しているいないに関わらず、俺はまなだけだよ。
 二人が安心できるように、気に入る指輪が見つかるといいね」
「……うん。
 二人で、選ぼう」

食事の片づけが終わると、並んで家を出た。
外に出た途端に、冷気が容赦なく頬を刺し、吐く息が二人分、白く寄り添う。

陸から昨日渡された合鍵で、まなが鍵をかける。
その動作一つ一つが、新生活を思わせた。


大通公園を、手袋越しに手を繋いで歩いた。
最終日だけあって、人は多い。
それでも、陸と並んで見る雪像は、胸の奥まであたたかかった。

ゆっくりと雪像とお祭りの雰囲気を楽しんだ後は、場所をデパートの方へと移した。
陸が迷いなく入っていったのが、有名なブランドショップだったので気後れしながらも付いていく。
来店予約を入れていてくれたようで、スムーズに指輪の相談へと通された。
一応こちらで即決はできず、一旦保留して店を後にする。
並んで店外へと出ると、緊張感が解かれ、思わず揃って大きなため息が零れ落ちた。

「あはは……憧れのお店だったんですが、ちょっと緊張しちゃいました……!」

まなが笑うと、陸も安心したように笑った。
「俺も。
 憧れがあって、結婚指輪買うなら!と思ってここに来たけど、たくさんダイヤの並んだ指輪の値札見て、ちょっと震えた」
甲斐性なくてごめん、と笑うけれど。
値札に震えるくらいが、ちょうどいい。
「わかります!
 私も試着する指が震えてた気がします。
 最後に着けた、シンプルなものはお値段も現実的で良かったですよね」
「うん、俺もそう思ったけど、決めてしまっていいのかわからなくて……。
 他も見て、やっぱりあれがいいなって思ったらそれにしよう」

いくつか覗いたあとで――結局、最初のものに戻った。

「お受け取りは一月後で。
 刻印はイニシャルと日付で、こちらで合っているかご確認お願いいたします」
書類をチェックし「大丈夫です」と返す。
支払いを終えると、いよいよ本当に結婚が本物になっていく気がした。


一ヶ月後――三月十四日。
入籍予定日。

(……その前に、バレンタインがある)

五年前。
生まれて初めての本命チョコに、何を渡そうとわくわくしていた。
――けれど、渡す直前で壊してしまった。

あの時は、本当に苦しかった。
だからこそ、今。
五年越しに、ちゃんと“初めての本命”を渡したい。

「……どうしたの?」
陸が不思議そうに聞く。
「ううん。なんでもない。
 帰ったら、温かいものを作ろうって思って」
「楽しみ」
陸は嬉しそうに頷いて、まなの手を取った。
指輪はまだない。
でも、繋がれた手は、もう十分に“夫婦”みたいだった。


二月十三日の朝。

丁寧に作った朝ごはんを二人一緒に食べ、それからお弁当箱を彼に手渡す。
昨日初めて出勤前の彼にお弁当箱を渡したとき、彼は本当に泣き出すんじゃないかと言うほどに喜んだ。
その姿がかわいくて、愛しくて。
自分の仕事があったとしても、可能な限り作りたいな、なんて思った。
今も頬を上気させて嬉しそうにお礼を伝えてくれる。
ネクタイに手をかけて僅かに整えると、そのまま彼とキスを交わした。
名残惜しいけれどそっと離れる。

「行ってらっしゃい」
そう声を掛けた。

昨日と大体同じ流れで送り出すと、家の中を丁寧に掃除する。
特にトイレは心を込めて。
何だか本当に奥さんみたいでくすぐったい。

掃除が終わるとテキストを開いて勉強を始めた。
勉強だけは、どこにいても手を抜きたくはなかった。
好きでさせてもらっている勉強だ。
自分で選んだ未来を自分でつかみ取れるように、頑張りたい。
それが、三つ子を同時に大学に進学させてくれた親への恩返しでもあると思う。
結婚へと背中を押して、温かく見守ってくれる人たちの顔を思い出しながら、集中してノートへと文字を綴った。

勉強がひと段落して、時計を見ると二時過ぎ。
買い物に行くにはちょうど良い時間だったので、エコバッグを持ってスーパーへと出かけていく。
一人で歩く北海道はまだ慣れない。
靴につけたすべり止めが、雪を捉え、歩くたびに蹴散らしていく。
それでも、その慣れない非日常が、陸の隣にいることを実感させてくれた。

スーパーでチョコケーキの材料を買うと、レシピを見ながら丁寧に作り始めた。
実家から持ってきた大きなハートのケーキの型が恥ずかしいが、持ってきた型はこれだけなのでもう後には引けない。

できあがったケーキを前に、ベタすぎるでしょ!という突っ込みを自分で入れて恥ずかしくなってくる。

でも、五年分の想いを詰め込むにはちょうどいい。
その陸の顔を想像して、まなは苦しくなるくらい鼓動が速くなった。

――今度こそ。
ちゃんと渡せますように。


カタン、と玄関の方から音が聞こえて、テキストから顔を上げて出迎えに行く。
「おかえりなさい」
髪に付いた雪を払い落とし、そのまま頬に当てる。
ひんやりとしたその冷たさを癒すように、包み込んだ。
「ただいま。温かいね」
、照れたように視線を彷徨わせながら、それでもうれしそうに笑う。
頬から手を離すと、コートを脱ぎやすいように、カバンを受け取った。
「今日はお鍋にしようと思っています。
 準備はできているので、食べますか?
 それとも先にお風呂?」
「……寒いからお風呂にしようかな」
言いながら、お互い顔が赤くなっていく。
敢えて言葉にはしなかったが、お互い頭の中で考えて、そして照れていることは同じだった。

お風呂と夕食を終えた後は、これまた五年越しの約束回収である、島作りのゲームをした。
お互いの島へ行き来して、家具の置き方や道の引き方に「らしさ」を見つけていく。
画面の中ですら、陸はやさしくて、決めきれなくて、住人に強く言えない。
「陸くん、島の名前が“にゃんこ島”なんだね」
照れたように笑って、彼が肩をすくめた。
「初期住人がネコで……気付いたら、こうなってた。
 引っ越してって言えないから、島もごちゃごちゃのまま」
「ふふ……っ。陸くんだ」
「まなの方は、チョコミン島か。
 ……海と、全く同じ名前だ」
「ええ!?」
思わぬ共通点に、まなは耳まで熱くなる。

笑って、笑って、また笑って。
この時間が、冷蔵庫で眠るケーキへ向かう助走みたいに、夜をやさしく溶かしていった。

「もう、こんな時間だね」
それに気が付いた陸が小さく欠伸をしながら言った。
「楽しいと時間ってあっという間ですね」
そう言いながら、まなは立ち上がって冷蔵庫の前へと歩いていく。

時計の針が、真上を指した。

「はい、陸くん」
陸の目の前に飛び込んできたのは、白い箱だった。
予想をしていなかったのか、彼の目が丸く大きくなる。

次の瞬間、強く抱きしめた。

五年分の積もりに積もった想いは、チョコのように、甘くて、少し重くて。
そしてココアパウダーのような苦味もあった。

「……ありがとう」
耳元で、震えたやさしい声が聞こえる。

今度こそ。
ちゃんと受け取って貰えた。
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