“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
第12章 ひとつの輪のなかで

―割り切れないのは性格です(ひよこ、まだ様子見中)―

その夜、流れでそのまま浅瀬家で、夕飯をいただくことになった。

親たちが喜びの中、酒盛りを始めたころ。
まなは陸の部屋へと招き入れられた。

こちらは、すっきりと片付いている印象。
けれど、机に残る大学のテキストや、ちょっとした小物などは北海道よりも多い。
子どもの頃から過ごした部屋である痕跡が、あちらこちらに見えた。
いつか、陸がくれたネコのあみぐるみの写真が、この机に置いて撮られたものだった。
それを思い出して、初めて来たのにどこか知っている部屋にいることが、恥ずかしい。

――トントン拍子で決まった結婚を、いつにするのかは、あっさりと決まった。
陸は結婚の決めごとを話し合う中で、日にちの決定権はまなへと譲ってくれた。

「実は、この日はどうかなって思う日があるんです」
まなが恥ずかしそうにしながらも、スマートフォンでカレンダーを開く。
「……三月十四日なんて……どうですか?」
その日にちに込められた意味に気がつき、陸が隣に座るまなを見る。
「……うん、いいと思う」
ぎゅっと、まなの手の上に手を重ねて、包むように握った。
「まなと、ずっと一緒にいて良いなんて……やばい……笑みが、にやけが止まらない……!」
体操座りした膝に額を押しつけ、照れてる陸がかわいい。
ふふ、と幸せな笑みがこぼれ落ちた。
「陸くん」
声を掛けると、顔を上げてこちらを見る。
その表情が、赤い頬に潤んだ目で、なんだか反則だった。

ちゅ、とまなから陸の額へとキスを落とした。
「~~~~!」
耳まで真っ赤になって、撃沈しかける陸に、まなが笑う。
ただ二人でいられることが、何よりの幸せだった。

「あ、そうだ……」
スマートフォンを手に取り、メッセージアプリを開く。
名前の一覧が表示されるとすぐに“浅瀬 海”と“浅瀬 陸”の名前が並ぶ。
まなとお揃いのネコのアイコンは、変わらずにそこに表示されていた。
だが、別れた後にアカウントそのものが使われなくなっている可能性だってある。
現に女友だちの中にはアカウントを新しくする子とかもいた。

「……このメッセージアプリのアカウント。
 まだ、使えるんでしょうか……」
本人ではなくても、海に確認すれば済むことではあったが、真実に触れることが怖かった。

だけど、もう。
結婚を手探りで形作り始めた今なら。

「……うん、もちろん。
 ……ごめん……やっぱり俺、チキンで。
 メッセージを開くことで、“あの日”の感情に触れるのが、怖かったんだ」
「ううん……私も、そうだった……」
もう五年近く前で、トーク履歴もとうに消えたはず。
だが万が一触れてしまったら。
そう思うと二の足を踏んでしまっていた。

「一緒に、乗り越えようか」
陸が、手を指を絡めるつなぎ方に変えて、ぎゅっと握る。
「……うん」
ちいさく、スマートフォンが震える。
陸からは、いつかのネコの、“愛してる”のスタンプ。
まなも、同じスタンプを送る。
スマートフォンを置くと、ぎゅっと繋いだ手が引き寄せられた。
肩と肩をくっつけあって、静かに寄り添う。
お互いの体温が温かくて、ちょうど良い。

「新婚旅行や結婚式は、まなが卒業して落ち着いてから考えようか。
 今は無理に決めない方が、俺たちらしい気がする」
「うん……それ、いいかも」
「本当に仲の良い友だちとかには、伝えておく?
 事後報告よりは、先に伝えられるほうがいいよね」
陸の言葉に、そうだねと頷く。

「たかちゃんと、典伽と、それから託人くんくらいかなぁ、伝えたいの」
「……吉田くん」
陸が苦い顔をする。
「……いや、過去を詮索するのは良くない……ね」
「海から、何か聞いていたりは……しそうですね」
まなの言葉に、陸の肩がぴくりと動く。
「まぁ……聞かなくてもその呼び方で分かる、かな……。
 吉田くん、明らかにまなのこと好きだったし、そうなるだろうなぁと……」
妬きもちを妬いてくれる。
その姿を変に隠さないことが、愛しい。
「……ちょっとだけ、付き合ったんです。
 でも……高二の、クリスマスイブ。
……陸くんを……その、見かけちゃって。
それに動揺して、自分の気持ちが託人くんに向ききれていないのを自覚しちゃったんです。
気がついた彼の方からやさしく切り出されて、円満に別れました」
「俺を?」
きょとんとしている彼はあまり覚えていないらしい。
「……陸くんは気がついていなかったと思う。
 冬なのにミニスカートで……オシャレな感じの女性と一緒だった」
それで誰のことか思い出したようで、あー……うん……と言いながら頭を抱えた。

「……あの時、中々はっきり嫌って言えなくて。
傍を歩くくらいならいいかって放っておいたんだよね……」
ため息をつく陸の姿に、自分が想像していたものとは少し違ったのかも、と初めて思い始める。
あの時は、積極的な彼女にちょっと狼狽えているだけかと思っていた。
「彼女……だったんだよね?」
「……俺が彼女にしたのは、まなだけだよ」
まなの目が大きく見開かれる。
「え……まさか……。
 ……キス、してた……よね?」
「してない。逃げたら怒らせた」
きっぱりと言い切る姿に、ふにゃりとまなの力が抜ける。
繋いだままの手を握る力を、陸が強くする。
視線を横に反らしながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「……再会してからの陸くん、ちょっとだけ……前より強気に感じたから。
 彼女の影響なのかななんて思って、勝手に想像して……ちょっと凹んでた」
「……それは、たぶん、もう同じ失敗はしたくないって気持ちと、あとは……受験縛りがないから、かな。
 あの時、キスしたら絶対頭の中まなだけになって受験失敗するとか、本当……目も当てられないことになるって思ってて。
 今思えば……おそらく外れてないと思う」
陸の方も、少し視線が泳ぐ。

「……良かった。
 私だけが、ファーストキスで浮かれているのかと思ってた……」
「え……?」
さまよっていた視線が、まなを捉える。
一旦視線が絡むと、もう反らせなかった。

「……初めて? 俺、が?」
「……うん」
「……吉田くんとは」
「してないよ。
……正確に言うと、陸くん以外とできない私に気付いた託人くんが、しなかった」
「そっか……」
陸が反対の手で口元を覆う。
「……やばい……てっきり、まなは経験があるんだと思ってた……。
 吉田くんには悪いって思うのに……感謝の言葉しか浮かばないんだけど……っ!」
「……たぶんそれは伝えるのはやめておいた方が……」
礼を言われた託人を思うと、居たたまれない。
「ああ、うん……わかってる、心の中の吉田くんにだけにする……」
「なんですか、それ」

ふふ、と笑い合って。
そして、距離をゼロにする。

最初はやさしく重ねられたそれが、だんだんと深くなっていったとき――。
はっと我に返った陸が慌てて離れる。
「ごめん! ほんと、ちょっと調子に乗りました……。
 俺のこと、本当に信用しすぎないで……。
ちょっとでも嫌だったら、婚約者相手でも、夫相手でも、全然拒否していいんだからね!?」
「う、うん……大丈夫だよ。
 ……陸くん嫌なことなんてしてないよ」
その言葉に、陸はちょっとだけ安心したように息を吐く。

翌日、急だったにも関わらず集まってくれた友だちの面々は、彼らの進展の早さに驚きつつも、温かい祝福の言葉と共に、新しい門出を祝ってくれた。


怒涛の一月は気が付いたらあっという間に過ぎていった。
二月十日。
札幌駅に着くと、すぐに陸が待っていてくれた。
お揃いのイヤーマフを着けて北の大地を並んで歩く姿は、やっぱり夢のようだった。

そのまま二人はスーパーへと立ち寄り、陸に食べたい食材を聞きながら、カゴに食品を詰めていく。
鏡に映った一緒に買い物をするこの姿を、すごく“家族”に感じてしまい、頬が紅に染まった。

「あら、浅瀬さん?」
声を掛けられた瞬間、まなは反射的に手を離そうとした。
けれど、陸のほうが強く握り返した。
陸に合わせて振り返ると、そこに立っていたのはやや年配の女性だった。
「あ、山本さん……お疲れ様です」
陸が頭を下げるのに合わせて、まなも頭を下げる。
「婚約者です。
 来月には入籍予定なので」
陸が照れたように笑う。
まなはもう一度、頭を下げた。
彼女も頭を下げながら「幸せそうで、当てられちゃうわね」と微笑んだ。
「浅瀬さん目当ての臨時の子、きっとがっかりするわよぉ~!
 では、また祝日明けに~」
手を振って、次の買い物エリアへと歩いて消えていった。
明るく笑いながら言われた何気ないその言葉。
目立つほうではないかもしれないけれど、見ている人は陸を見ている。
ちゃんと選んでもらっただけの責任を返していけるように頑張ろうと、心に決めた。

「ごめんね、まな。
 職場のパートさんだった。
 明るくていい人なんだけど、彼女に知られると噂になるのも早いんだ……」
それなのに、握る手を離さなかったんだと思うと、ちょっと……ううん、かなり、嬉しい。

陸の家に着くと、たくさん買った荷物を置いた。
持ってきたトランクも前回ほどは大きくない。
「お邪魔します」と声をかけて上がる瞬間が、ドキドキした。
いつかここに、ただいまと言いながら帰ってくると思うと、恥ずかしくて嬉しい。

夕飯には、今回もテイクアウトした北海道の新鮮海鮮丼。
前回食べた時の味を思い出して、並べただけでソワソワしてしまう。
そんな様子を見た陸が左手で軽く口元を抑えながら笑っていた。
「まな、本当に海鮮好きだね」
「うんっ! 北海道に来れて一番嬉しい!
 動画サイトでもついつい、“お魚系”っていう、お魚をお料理する動画見ちゃうんです!」
まなの一番発言に、陸がほんの少しいじける。
目を横に反らして「……そう」と言う彼がかわいい。

「ごめんなさい、陸くん。
 嘘です。
 一番は、陸くんに会いたくて、そのために来ました」
照れて笑うまなに、陸は目を反らしたまま、「……反則」とだけ呟く。
「手を繋ぎたいところだけど、先に食べようか。
 まな、よだれ垂れそうだし」
「もうっ!」
じゃれあいつつ、二人で手を合わせていただいた。
前回同様、舌の上が幸せいっぱいだ。
一気にがっついてはもったいないので、少しずつ、少しずつ味わう。
最後に残すのはこのカニの身かなぁと思いながら大葉にマグロを巻いてご飯と食べる。
ああ、幸せ。

「まな、本当に美味しそうに食べるよね。
 普段食べ物食べるときここまで表情変わらないから、前回驚いたよ」
この“海鮮大好きモード”、そういえば海にも昔突っ込まれたんだった、と思い出した。
「……陸くん。
 今度、一緒に飲みに行きましょう。
 海とよく行く海鮮居酒屋があって、向こうに陸くんが帰ったときなど、一緒にみんなで行けたらいいですね」
これからはお互いに色々知っていけばいい。
「……うん。
 二人でも、みんなとでも。
 いろいろ、一緒にしよう」
その後もたわいない話をしながら食べる。
陸の器にはウニが最後に残り、まなの器には予定通りカニが最後に残っていた。

二人とも、好きなものを最後に残しておきたいタイプなのは、一緒だった。

その後、先にお風呂をいただいて、それから静かにお茶を淹れて一人こたつに座る。
例のネコのあみぐるみは、今回も並んで嬉しそうだ。
落ち着くな、と思っていたら気が付いたら瞼が重たくなっていた。
うとうとしかけたところで、やさしく揺り起こされる。
とろんとした瞳のまま、彼をぼんやりと見つめる。
彼の顔がどんどん赤く染まっていくのを回らない思考の中、見つめていた。
彼はふるふるっと頭を一回振ると、落ち着いた声で話しかけてきた。

「ほら、今日はちゃんとベッドで寝て。
 風邪でも引いたら大変だから」
ふら、とした足取りでベッドの方に歩いていく。
ぽすん、と飛び込んだベッドはカバーもふわふわで温かかった。
陸も同じベッドに潜り込むと、すぐに背中を向ける。
その耳がほんのりと赤いのを見て、まなは大切にされているんだなと感じながら微睡みに身を任せた。
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