“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした
第4章 重なる手、二人だけの秘密

―帰り道だけ彼氏面―

告白のあと、二人は恥ずかしそうに手をつないだ。
恋人つなぎのまま、教室棟へ向かう。
渡り廊下の向こうに人の気配を感じた瞬間、絡めた指がほどけた。
ほどけた方の手だけが、まだ温もりを覚えていた。

保健室の机で、お弁当を広げた。
まなが張り切って作った二人分。
陸の好みを思い出して、和惣菜寄りにしてある。

「あ、そうだ。
 母さんにこの前の話をしたら、卵焼きだけ作ってくれた」
陸がタッパーの包みを取り出す。
「わ、嬉しい!
 あんな風にどうやったら作れるのか、研究しないと!」
陸が包みを開いたとき、ひらひらと中から紙片が落ちた。
「なにか落ちたよ」
まなが拾うそれを、陸が不思議そうに受け取る。
「なんだろう?」
付箋には、卵焼きのレシピが丁寧な文字で書いてあった。
「これ、母さんの字?
 相手、女の子とか何も言ってないのに、なんで……!」
裏技付きのレシピメモ。
それを”息子の彼女”に教えてもいいと思ってもらえたのが嬉しかった。

「この付箋、貰ってもいいですか?
 早速今日から練習してみるね」
せっかく彼の母が大事なレシピを託してくれたのだから。
期待に応えるためにも頑張りたい。
「別に母さんと同じじゃなくてもいいよ。
 まなが作ってくれるだけで嬉しい」
陸の声が、甘い。
元々やさしくて柔らかい話し方をする人だが、今は輪をかけて甘かった。
まなの声も、合わせて少し上擦る。

「……俺、誰かと付き合うとか、初めてで」

「……私も、だよ」

驚いたように陸がまなを見る。
「本当に……? 中学とかでも……?」
何故”ハズレ枠”の私にそれを聞くのか、まなは不思議だった。
「私がいいっていうのは……物好きだよ」
その言葉にはまな自身を刺すトゲが含まれている。
「……まなは、かわいいよ。
 三つ子だから目立つのもあるけど、……喋りやすいとかで、その……まなは人気あるよ」

(まぁ、三人”同じ顔”だものね)

「……ありがとう」
空虚な響き。

「俺は、まなが好きだよ」
「私も、陸くんが好き」
ただ、彼に好きと告げる声だけは、たくさんの気持ちが詰まった、本物だった。


翌日のLHR。
担任がプログラムの書かれた紙と共に、ホワイトボードに『体育祭』と大きな文字を書く。
配られたプリントの文字を追う。
組分けは、縦割りのクラス。
学年は違ってもクラスは同じC組の陸とは、同じ組になる。

(ちょっと、嬉しい……かも)

担任が新品の鉢巻を配る。
「毎年のことなので、一応伝えておきますが」
担任の前置きに、みんなが顔を上げた。
「鉢巻を交換しあうときは、同じ色同士で。
 恋愛は、同じ組同士でお願いします」
最後の一言にクラスがどっと沸いた。
「みんな同じ鉢巻なので、今記名をしておくように」
同時にマジックも回されて、みんなが記名していく。
まなも端っこに小さく名前を記入した。

この鉢巻を、交換できたらいいのに。

担任の言葉ですっかりその気になってしまった。
だが、言い出すハードルは高い。
きっと、陸はこの交換文化については知っているだろう。
陸の方から言ってくれないかな、とちょっと思って、休み時間丸めた鉢巻の写真を送った。

『保坂 愛:たまご』

一瞬のタイムラグだけで、すぐに返信が返ってきた。

『浅瀬 陸:おいしそう』

(……そうじゃない!)

まだ、交換については言い出せそうにはなかった。

放課後。
たかちゃんと典伽に手を振り、まなは一人昇降口の前で待っていた陸のもとへと急いだ。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫だよ、そんなに待ってないから」
靴を取り出し、二人並んで通用門の方へと歩き出す。
何気ない話をしていると、陸の友人らしき男子生徒がすれ違いざまに軽く肩に触れてくる。
まなは驚いて大げさに肩を揺らした。
陸は反射的にその手を払い落とすように跳ね除け、まなの肩を自分の方へ引き寄せた。
「勝手に女子生徒に触るか? 普通……」
「おお、怖い。
 もしかして嫉妬?」
「違う、一般常識だ」
陸と友人が仲良くじゃれ合う。
まなはほんの、陸の否定が寂しかった。
嫉妬してくれたらいいのに、とちょっとだけ思い、長く息を吐いた。

学校の最寄り駅に着くと、たくさんの同じ制服の生徒で溢れかえっている。
その中に混ざりながら、周りを観察した。
結構男女で歩いている人も多い。
一度だけキスしている人たちを見かけて、慌てて目を逸らしたこともある。
それくらい、高校生の男女は恋に夢中。
今、自分たちは外の人たちにはどう見えているのだろう。

微妙に空いた、二人の間。

そっと陸の横顔を見つめる。
付き合う前なら、こうして委員会活動の日じゃない日に、彼と過ごしているだけで舞い上がっていたと思う。
今は、欲張りだ。

八王子で降りると、北口から抜けて歩き出す。
乗り換えの街が、二人のデートコースだった。

「まな」
名前を呼ぶ声が、やさしい。
そっと、二人は手を繋いだ。
指を絡めて、今までの時間を埋めるように寄り添う。
肩が触れる距離は少し歩きにくいのに、心はふわっと軽くなる。
「俺、この時間が一番好き」
陸が目を眇めて、顔を綻ばせる。
まなの顔も、同じようにゆっくりと頬が緩んでいく。
「私も、この時間が大切だよ」
陸が予備校に行くまでのほんの少しの放課後の時間。
この時間の彼は、他のどの時間の彼よりも、まなの彼氏だった。


月一の保健委員会。
今月の議題として、当然ながら体育祭のことが話題に上がった。
プログラムと突き合わせながら、救護席での活動についての話が出る。
ホワイトボードの前に真剣な表情で立つ陸の姿は、まなが好きになった彼の姿の一つだった。
「今配ったプリントが基本の救護席の担当時間です。
 不測の事態に備えて、時間外でも可能であれば救護席にいてもらえると助かります」
陸の説明に、主に一年の間から不満げな声が聞こえる。
まなの隣に座る、同じクラスの保健委員の男子も、まなの座る机を指で叩いて、こそっと話してきた。
「体育祭まで委員会に縛られるの?
 やっぱり保健委員は”ハズレ”だよな……」
「大変な仕事だけど……少しでもそれで助かる人がいるなら、一緒に頑張ろう?」
まなが小声で返したときだった。
プリントから視線をあげた陸の目が、まっすぐにこちらを見ていた。

「そこの一年生」

陸の、いつもと同じ真面目さの滲むやさしい声が響く。
「意見や質問があるのなら、みんなに共有してもらえると助かります」
そう、いつも通りやさしい声なのに。
まなはスッと心の奥が冷える感じがした。
だが、まなの隣の男子も、臆さずに立ち上がる。
「……では、委員長。
 僭越ながら……、保健委員は負担が大きすぎる気がします」
他のみんなまで、その声に賛同する。
ざわめく委員会の場に、陸は一瞬だけ言葉を失う。
まなも何か言うべきかと立ち上がりかけたそのときに、陸の落ち着いた声が響いた。
「……僕も、そう思います。
 いつも、皆投げ出さずに仕事をしてくれている。
 トイレ係なんて不名誉な呼び名を甘んじて享受しながら。
 それって、当たり前じゃないと僕は思う」

しん、と場が静まり返った。
陸の言葉に、みんな耳を傾ける。

「この学校にいて、トイレを一回も使ったことがない人は、きっといないでしょう。
 つまり、僕たちの活動は感謝されることがなくても、誰かの助けになっている」
一番不名誉な呼び名を被っている保健委員長の言葉は、トイレ係として日々動いている面々には重たかった。
「競技との兼ね合いで、最低限の時間さえ救護席を守ってくれたら。
 僕は、体育祭という青春の場を、保健委員から奪いたくない。
 青春をほんの少し救護席に置いてもいいと思う人は、無理のない範囲でテントまで来てもらえたら、それでいいと思っています」
陸が言い切ると、まなは気が付いたら拍手していた。
他の面々にもそれが伝染していく。

「浅瀬くん、それなら私は、今回は時間以外はクラスのほうで」
「私も。トイレ頑張っているから、いいよね?」
「今回は委員長直々のお許しが出るなんて!」
「俺も遠慮なく、今回はクラスで」

「え……?」

陸がきょとんとした顔をしているが、みんなは解放感でキラキラと輝いていた。
「もしかして、僕、何か間違った……?」
まな以外の誰も、その呟きは拾わなかった。
「私は、少しでもお役に立てるように……救護席にできるだけいるようにしますね」
まなが、お喋りの責任を感じながら静かに手を挙げる。
残念ながら、誰も後に続いてくれなかった。

この日、委員会が終わると、いつもよりもみんなが明るい笑顔で、そしてさっさと引き上げた。
「陸くん、かっこよかったよ」
彼の心を少しでも軽くできたらとまなが声を掛けるが、どこか届いていない様子で、彼の顔は曇っていた。
養護教諭が歩いてきて、ポンっと陸の肩を叩いた。
「まぁ、真面目過ぎると疲れるから、みんなも肩の力が抜けて良かったのよ。
 当日は私が一番頑張るから、あなたたち保健委員はそこまで気負わなくていいわよ?」
彼女はいたずらっぽく笑うと、荷物をまとめて室内を出た。
残されたまなと陸は、そっと見つめ合い一緒に鞄を持って帰路へとつく。

帰宅時間が他の生徒たちとずれているからか、通学路の生徒の数は少ない。
そのため、二人の歩く距離も半歩ほど近く、時々手が触れる。
そのたびに、まなの胸は高鳴った。
けれど陸の目は静かで、まなの中の触れたい気持ちは一気にしぼんでいく。
彼の方へ半歩寄っていたのは自分だけだったのかもしれない。
そう思うと、今は間をあけるべきなのかと、一瞬迷った。

「……ごめん、まな」
離れようと思った瞬間に、まなの手が取られる。
包み込むような握り方に、指先がほんのりと温かくなる。
「……陸くん?」
陸ははぁ、と大きなため息をつくと、ぽつりと語る。
「……なんか俺かっこ悪いなって色々考えてた。
 まなと一緒にいるのに、違うこと考えてごめん」
まなはゆっくりと首を振る。
「さっきの委員会のことだよね」
こくん、と陸が頷く。
「そうだけど、まなが思っていることとはちょっと違うかもしれない」
「……?」
いつも背筋を伸ばして凛としている陸が、背中を丸めてわかりやすく項垂れた。
「……まな、吉田くんと仲がいいよね」
吉田くんって誰……とまなが首を捻りかけたところで思い出した。
同じクラスの男子の保健委員の名前だ。
「……さっきの委員会で、まなに話しかけていた時。
 どうせ大した話じゃないんだろうって決めてかかって、話を振った。
 ……結果、しっかり反撃食らって……俺かっこ悪いなって」
ぎゅっと、手を包む力が強くなった。
痛くはないけど簡単には振りほどけないその圧が、言葉以上に離れないでと伝えてくる。

「陸くんは、かっこ悪くなんてないよ」

陸の目が、静かに伏せられる。
「大した話ではなかったよ。
 彼本人が言っていたようにただの仕事に関する愚痴だった。
 それに対して、陸くんはあんなにも誠実にまっすぐ応えた。
 私の彼氏、かっこいいな、なんて思いました」
きょとんとしていた陸の顔が、一瞬後にかぁっと赤くなる。
耳まで赤いのは夕日のせいだけではない。

「……ありがとう。
 まなが、彼女でよかった」
駅までの通学路。
普段はまだ繋げない場所。

今日だけは、長く伸びた影も寄り添い、仲良しだった。
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