毒を盛られた令嬢は、冷酷皇帝に溺愛される

第10章 命を懸けた治療

翌日から、エリアナは毎日野営地に通った。
朝日が昇る前に領主館を出る。銀狼が、その後をついてくる。森を抜け、川を渡り、野営地へ。
侍従たちが、エリアナを迎える。
もう、剣を抜くことはない。
エリアナは、テントの中へ入った。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、まだ悪い。だが、少しずつ良くなっている。
エリアナは、籠から薬を取り出した。
淡い黄色の液体。
「陛下、お薬の時間です」
カイザーは、無言で体を起こす。
エリアナが差し出す杯を、黙って受け取る。
一気に飲み干す。
「苦いな」
カイザーの声は、相変わらず冷たい。
「我慢してください」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、エリアナを見る。
その目には、感情が読めない。
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
熱を測る。
「まだ高いですね。でも、昨日より下がっています」
エリアナは、新しい湿布を用意した。
カイザーのリンパ節に当てる。
カイザーは、じっとしている。
エリアナの手が、丁寧に包帯を巻く。
「痛くありませんか」
「別に」
カイザーの返事は、素っ気ない。
だが、エリアナを拒絶することはない。
エリアナは、カイザーの体を診察する。
脈を測る。呼吸を聞く。リンパ節の腫れを確認する。
全て、前世の知識に基づいて。
カイザーは、終始無言だった。
だが、エリアナの看護を、黙って受けている。
エリアナが包帯を巻き終えると、カイザーは横になった。
「もういいのか」
「はい。今日の治療は終わりです」
エリアナは、籠を片付けた。
「また明日、来ます」
カイザーは、目を閉じた。
返事はない。
だが、拒絶もない。
エリアナは、テントを出た。
侍従の一人が、近づいてきた。
「領主様、ありがとうございます」
侍従の声は、感謝に満ちている。
「陛下が、人を近づけるとは珍しいことです」
エリアナは、侍従を見た。
「珍しい……?」
「はい」
侍従が、頷く。
「陛下は、病に倒れてから、誰も近づけませんでした。医師も、看護師も、皆拒絶されました」
侍従の目が、エリアナを見つめる。
「ですが、貴女だけは受け入れています。それがどれほど異例なことか」
エリアナは、テントを振り返った。
カイザーが、中で休んでいる。
冷たく、無愛想な皇帝。
だが、エリアナの治療は受けている。
「陛下は……どんな方なのですか」
エリアナは、侍従に尋ねた。
侍従は、しばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「冷酷で、厳格な方です。だが、それには理由があります」
侍従の声が、低くなる。
「いつか、お話しする機会があるかもしれません」
侍従は、それ以上語らなかった。
エリアナは、頷いた。
そして、森を抜けて領主館へ戻った。
毎日、同じことを繰り返す。
朝、野営地へ向かう。
カイザーに薬を投与する。
体を診察する。
経過を記録する。
カイザーは、いつも無言だった。
冷たく、感情を見せない。
だが、エリアナの治療は拒まない。
少しずつ、カイザーの顔色が良くなっていく。
熱が、下がっていく。
リンパ節の腫れが、小さくなっていく。
エリアナは、それを確認するたびに安堵した。
治療は、順調だった。
治療を始めて3週間が過ぎた夜。
エリアナは、いつものように野営地を訪れた。
だが、様子がおかしかった。
侍従たちが、慌てた様子で動いている。
「どうされたのですか」
エリアナが尋ねると、侍従が振り返った。
「陛下が……熱にうなされています」
エリアナは、急いでテントに入った。
カイザーが、苦しそうに体を捻っている。
汗が、額を覆っている。呼吸が、荒い。
「父上……」
カイザーが、呟いた。
「許せ……俺は……」
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
高熱。だが、これは病気によるものではない。
悪夢。
カイザーが、悪夢にうなされている。
「父上……戦場で……俺は……」
カイザーの声が、苦しげに続く。
「看取れなかった……許してくれ……」
エリアナは、カイザーの手を握った。
冷たい手。汗で濡れている。
「陛下、大丈夫です」
エリアナは、優しく囁いた。
だが、カイザーは目を覚まさない。
侍従が、エリアナの隣に膝をついた。
「陛下は……先帝陛下を戦場で看取れなかったことを、後悔されています」
侍従の声が、震えている。
「先帝陛下は、敵国との戦争で重傷を負われました。陛下は、別の戦線におられました」
侍従が、目を伏せる。
「急報を受けて駆けつけましたが……間に合いませんでした。先帝陛下は、既に息を引き取られていました」
エリアナは、カイザーの手を握りしめた。
「それから、陛下は変わられました」
侍従が、続ける。
「人を遠ざけるようになりました。誰も信じず、誰にも心を開かず。冷酷な皇帝と呼ばれるようになりました」
侍従の目が、涙で潤んでいる。
「ですが、本当は……陛下は、ただ恐れているのです。また、大切な人を失うことを」
エリアナは、カイザーの顔を見つめた。
苦しそうに、眉をひそめている。
冷酷な皇帝。
だが、その内側には、深い傷がある。
エリアナは、カイザーの手を両手で包んだ。
「陛下……」
エリアナは、静かに囁いた。
「あなたは、一人じゃない」
カイザーの体が、一瞬震えた。
「もう、一人で戦わなくていい。私がいます」
エリアナは、カイザーの手を握りしめた。
温もりを、伝える。
カイザーの目が、微かに開いた。
エリアナを、見つめる。
その目には、驚きと、何か別の感情。
「お前……」
カイザーの声は、掠れている。
「大丈夫です。私がここにいます」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、再び目を閉じた。
だが、その表情は穏やかになっていた。
呼吸が、落ち着いていく。
エリアナは、カイザーの手を離さなかった。
夜が明けるまで、その手を握り続けた。
治療を始めて1ヶ月が過ぎた。
カイザーの容態は、順調に回復していた。
熱は下がり、リンパ節の腫れも小さくなっていた。
エリアナは、安堵していた。
だが、その日の朝。
野営地に到着すると、侍従たちが慌てていた。
「領主様! 陛下が!」
エリアナは、急いでテントに入った。
カイザーが、苦しそうに呼吸している。
顔色は、再び蒼白。額には、大量の汗。
「陛下!」
侍従が、カイザーを支えている。
エリアナは、カイザーの額に手を当てた。
高熱。
昨日より、はるかに高い。
呼吸が、苦しそう。
「どうして……」
エリアナは、戸惑った。
治療は順調だったはず。なのに、なぜ急変したのか。
前世の知識が、頭の中で分析する。
薬の耐性。
細菌が、薬に対して耐性を持ち始めた。
抗生物質を使い続けると、細菌が適応し、効果が薄れる。
「そうか……」
エリアナは、立ち上がった。
「薬の配合を変える必要があります」
侍従たちが、エリアナを見る。
「配合を……?」
「はい。細菌が薬に適応しました。新しい薬を作ります」
エリアナは、籠を手に取った。
「今から、領主館に戻ります。新しい薬を調合します」
侍従が、不安そうに尋ねる。
「間に合いますか」
「間に合わせます」
エリアナは、きっぱりと答えた。
「絶対に、陛下を死なせません」
エリアナは、テントを飛び出した。
銀狼が、待っていた。
「急いで!」
エリアナは、森を走った。
銀狼が、その前を走る。
木々の間を抜け、川を跳び越え、領主館へ。
息が切れる。足が痛い。
だが、エリアナは止まらない。
カイザーを、救わなければ。
領主館に到着すると、エリアナは机に向かった。
薬草の瓶を並べる。乳鉢と乳棒。蒸留器。
前世の知識を、総動員する。
薬の配合を変える。
別の抗菌成分を持つ薬草を加える。
濃度を調整する。
試行錯誤。
時間が、過ぎていく。
窓の外が、暗くなる。
夜が、更けていく。
だが、エリアナは止まらない。
手を動かし続ける。
「絶対に、死なせない」
エリアナは、呟き続けた。
「必ず、救う」
朝日が、窓から差し込んできた。
エリアナの手に、新しい薬が完成していた。
淡い緑色の液体。
エリアナは、それを瓶に詰めた。
「これで……」
エリアナは、立ち上がった。
体が、ふらつく。
一晩、寝ていない。
だが、構わない。
エリアナは、瓶を籠に入れた。
そして、再び森へ向かった。
野営地に到着すると、侍従たちが駆け寄ってきた。
「領主様!」
「陛下は、どうですか」
「まだ、高熱が……」
エリアナは、テントに飛び込んだ。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、さらに悪化していた。
呼吸が、浅く速い。
エリアナは、新しい薬を取り出した。
杯に注ぐ。
カイザーの体を起こす。
「陛下、お薬です」
カイザーは、目を開けた。
その目は、焦点が合っていない。
エリアナは、杯を口元に当てた。
「飲んでください」
カイザーが、ゆっくりと薬を飲む。
全て、飲み干した。
エリアナは、カイザーを横にした。
額に手を当てる。
まだ、熱い。
「効いてください……」
エリアナは、祈るように呟いた。
時間が、過ぎていく。
エリアナは、カイザーの隣で待った。
侍従たちも、テントの外で待っている。
誰も、声を出さない。
ただ、静かに時が流れる。
数時間後。
カイザーの顔色が、変わった。
蒼白だった顔に、血色が戻ってきた。
エリアナは、額に手を当てた。
熱が、下がっている。
「下がった……」
エリアナの声が、震えた。
侍従たちが、テントに入ってきた。
「本当ですか!」
「はい。熱が、下がっています」
侍従たちが、涙を流した。
「陛下……」
「良かった……」
エリアナは、深く息を吸った。
全身の力が、抜けていく。
緊張が、解けていく。
その時、カイザーが目を開けた。
エリアナを、見つめる。
その目は、焦点が合っている。
「お前は……」
カイザーの声は、掠れている。
「諦めなかったのか」
エリアナは、微笑んだ。
「当然です。契約ですから」
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、口角が上がった。
初めて。
カイザーが、笑った。
微かに。
だが、確かに。
「変わった女だ」
カイザーの声が、低く響く。
エリアナは、涙が溢れそうになった。
だが、堪えた。
「休んでください、陛下」
エリアナは、カイザーに毛布をかけた。
カイザーは、目を閉じた。
穏やかな表情。
エリアナは、テントを出た。
外では、侍従たちが待っていた。
「陛下は、大丈夫です」
エリアナは、微笑んだ。
侍従たちが、歓声を上げた。
「ありがとうございます、領主様!」
「陛下を救ってくださった!」
エリアナは、空を見上げた。
青い空。流れる雲。
峠を、越えた。
カイザーは、生きる。
そして、エリアナの計画は、前に進む。
銀狼が、エリアナの隣に座った。
尾を振っている。
エリアナは、銀狼の頭を撫でた。
「ありがとう」
銀狼が、小さく鳴いた。
エリアナは、森を見つめた。
これから、もっと大変なことが待っている。
だが、エリアナは恐れない。
一歩ずつ、前へ進む。
自分の人生を、取り戻すために。
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