毒を盛られた令嬢は、冷酷皇帝に溺愛される

第9章 契約の条件

数週間が過ぎた。
薬草園は、見違えるほど形になっていた。
かつて荒れ果てていた土地に、今は整然と薬草が並んでいる。ラベンダーの紫、カモミールの白、セージの緑。それぞれが、朝日を浴びて輝いている。
エリアナは、薬草の間を歩いた。
一つ一つの葉を確かめる。成長具合を観察する。
村人たちも、エリアナの隣で働いている。
水をやり、雑草を抜き、丁寧に世話をする。
その顔には、笑顔があった。
「領主様、こっちのラベンダーも順調です!」
若い男が、嬉しそうに報告する。
エリアナは、微笑んだ。
「ありがとう。よく育っているわね」
老村長が、杖をついてエリアナに近づいてきた。
「領主様、今日は収穫祭です」
「収穫祭?」
「はい。初めての収穫を祝う祭りです。村の皆が、領主様に感謝したいと」
エリアナの胸が、温かくなった。
「私こそ、皆さんに感謝しています」
夕方、村の広場に人々が集まった。
長いテーブルが並べられ、料理が並んでいる。パン、スープ、焼いた肉、果物。質素だが、温かい食事。
エリアナは、テーブルの端に座った。
村人たちが、次々と席につく。
老村長が、立ち上がった。
「皆、静かに」
村人たちが、老村長を見る。
「今日は、初めての収穫を祝う日です。そして、それを可能にしてくださった領主様に、感謝を伝える日です」
老村長が、エリアナを見る。
「領主様、貴女が来てから、この村は変わりました。荒れ果てた土地が、薬草園になりました。希望がなかった我々に、未来が見えるようになりました」
老村長の目が、潤んでいる。
「こんなに活気ある村は、久しぶりです。いや、これまでで一番かもしれません」
村人たちが、拍手する。
エリアナは、立ち上がった。
「皆さん、ありがとうございます」
エリアナの声が、震える。
「私こそ、皆さんに感謝しています。一人では、何もできませんでした。皆さんが協力してくれたから、ここまで来られました」
村人たちが、温かい目でエリアナを見ている。
「これからも、一緒に頑張りましょう」
エリアナは、微笑んだ。
村人たちが、歓声を上げた。
食事が始まる。笑い声が、広場に響く。
子供たちが、エリアナの周りに集まってきた。
「領主様、これ!」
一人の少女が、小さな花束を差し出す。
野に咲く、素朴な花。
エリアナは、膝をついてそれを受け取った。
「ありがとう。とても綺麗ね」
少女が、嬉しそうに笑う。
他の子供たちも、次々と花を持ってくる。
「領主様、僕のも!」
「私のも受け取って!」
エリアナの腕が、花でいっぱいになった。
子供たちの笑顔。村人たちの温かい視線。
エリアナは、初めて感じた。
居場所。
本当の、居場所。
王都の屋敷では、誰もエリアナを必要としなかった。継母とイザベラは、エリアナを邪魔者として扱った。使用人たちは、目を逸らした。
だが、ここは違う。
村人たちは、エリアナを必要としている。エリアナも、村人たちを必要としている。
共に働き、共に笑い、共に生きる。
それが、居場所。
エリアナの目から、涙が溢れた。
「大丈夫ですか、領主様?」
少女が、心配そうに尋ねる。
エリアナは、首を横に振った。
「大丈夫よ。嬉しくて、泣いているだけ」
エリアナは、花束を胸に抱きしめた。
銀狼が、エリアナの隣で座っている。
まるで、全てを見守っているかのように。
夜が更けた頃、祭りは終わった。
村人たちは、満足そうに家へ戻っていく。
エリアナも、領主館へ向かった。
花束を、机の上の水差しに生ける。
小さな花が、部屋を彩る。
エリアナは、窓の外を見た。
村の灯りが、一つ一つ消えていく。
静かな夜。
エリアナは、深く息を吸った。
幸せ。
この感覚を、何と呼べばいいのか。
エリアナは、初めて知った。
深夜、領主館の扉を叩く音がした。
エリアナは、寝台から起き上がった。
銀狼が、既に扉の前に立っている。
エリアナは、外套を羽織り扉を開けた。
そこには、カイザーの侍従が立っていた。
鎧は汚れ、顔は蒼白。
「領主様……」
侍従の声が、震えている。
「陛下の容態が、急変しました」
エリアナの心臓が、跳ね上がった。
「どうされたのですか」
「高熱が、さらに上がりました。呼吸が、苦しそうで……もう、時間がないかもしれません」
侍従が、膝をついた。
「お願いです。力を貸してください」
頭を下げる。
侍従が、頭を下げている。
皇帝の側近が、一介の薬師に。
エリアナは、静かに答えた。
「わかりました」
侍従が、顔を上げる。
「ただし、条件があります」
侍従の目が、見開かれた。
「条件……?」
エリアナは、まっすぐに侍従を見つめた。
「治療が成功したら、陛下と私を契約結婚させてください」
侍従が、息を呑んだ。
「契約結婚……ですと?」
「はい。私には、敵が多いのです。強大な保護者が必要です」
エリアナは、冷静に言う。
「陛下ほど強力な保護者は、いません」
侍従は、しばらく言葉を失っていた。
「それは……陛下の御意思を確認しなければ……」
「陛下に伝えてください。私の条件を」
エリアナは、一歩も引かない。
侍従は、立ち上がった。
「わかりました。陛下に、お伝えします」
侍従は、急いで森へ向かった。
エリアナは、扉を閉めた。
銀狼が、エリアナを見つめている。
「これで、私の未来は変わる」
エリアナは、呟いた。
契約結婚。
打算的だと、思われるかもしれない。
だが、エリアナには必要だった。
継母の陰謀を暴くには、強大な権力が必要。
皇帝以上の権力者は、いない。
そして、カイザーを救うことで、エリアナは恩を売れる。
全ては、計画通り。
エリアナは、薬と医療器具を準備し始めた。
翌朝、侍従が再び訪れた。
「陛下が、承諾されました」
侍従の声は、複雑な響き。
「ただし、失敗したら貴女の命をいただくと」
エリアナは、微笑んだ。
「承知しました」
侍従が、驚いた表情。
「命をかけて、治療をするのですか」
「はい」
エリアナは、籠を手に取った。
中には、調合した薬、包帯、医療器具。
「陛下を、必ず救います」
内心で、エリアナは確信していた。
これで、私の未来は変わる。
継母を裁き、自分の人生を取り戻す。
全ての鍵が、ここにある。
エリアナは、侍従と共に森へ向かった。
銀狼が、その後をついてくる。
朝日が、木々の間から差し込んでいる。
鳥のさえずり。風の音。
だが、エリアナの心は静かだった。
野営地に到着した。
テントの中から、苦しそうな呼吸音。
侍従が、テントの入口を開けた。
「陛下、薬師が参りました」
エリアナは、テントに入った。
カイザーが、横たわっている。
顔色は、さらに悪化していた。汗が、額を覆っている。呼吸が、浅く速い。
だが、その目は開いていた。
エリアナを、見つめている。
氷のような眼差し。
エリアナは、カイザーの前で膝をついた。
「陛下、治療を始めます」
カイザーが、低い声で言う。
「契約結婚とは、面白い条件だな」
皮肉めいた口調。
「お前は、何が目的だ」
エリアナは、まっすぐにカイザーを見つめた。
「保護です」
「保護?」
「私には、敵が多いのです。強大な保護者が必要です」
カイザーの目が、細められる。
「打算的だな」
「はい」
エリアナは、躊躇わずに答えた。
「ですが、陛下を救うことに嘘はありません。必ず治します」
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
そして、口角が上がった。
微かに。
「いいだろう」
カイザーの声が、低く響く。
「治してみせろ。失敗したら、お前の命をもらう」
エリアナは、頷いた。
「承知しました」
エリアナは、籠から薬を取り出した。
淡い黄色の液体が入った瓶。
試作した、抗生物質に近い薬。
「これを、毎日飲んでいただきます」
エリアナは、薬を小さな杯に注いだ。
カイザーに差し出す。
カイザーは、杯を見つめた。
「これで、治るのか」
「はい。3ヶ月で、完治させます」
エリアナは、確信を込めて言った。
カイザーが、杯を受け取る。
一口、飲んだ。
苦い味が、口の中に広がる。
カイザーが、顔をしかめる。
「不味いな」
「効果があるものは、大抵不味いものです」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーが、残りを飲み干す。
エリアナは、カイザーの体を診察し始めた。
額に手を当てる。高熱。
脈を測る。速い。
リンパ節を触診する。腫れている。
前世の知識が、全てを分析する。
細菌感染。進行している。だが、まだ間に合う。
「毎日、薬を投与します。そして、体を冷やし、栄養を取っていただきます」
エリアナは、侍従に指示を出した。
「水を多く飲ませてください。スープも、できるだけ」
侍従が、頷く。
エリアナは、包帯を取り出した。
カイザーのリンパ節の腫れた部分に、薬草の湿布を当てる。
カイザーが、じっとエリアナを見ている。
「お前、本当に治せるのか」
「はい」
エリアナは、包帯を巻きながら答えた。
「私は、前世で薬学者でした」
カイザーの目が、見開かれた。
「前世……?」
「はい。だから、この病気を治せます」
エリアナは、包帯を結び終えた。
カイザーの目が、エリアナを見つめる。
その目に、初めて興味の光。
「変わった女だな」
カイザーが、呟いた。
エリアナは、微笑んだ。
「陛下も、変わった方です」
カイザーが、再び口角を上げた。
「3ヶ月、か」
「はい。3ヶ月で、完治させます」
エリアナは、立ち上がった。
「それまで、毎日通います」
カイザーが、目を閉じた。
「好きにしろ」
エリアナは、テントを出た。
朝日が、森を照らしている。
銀狼が、エリアナを待っていた。
エリアナは、深く息を吸った。
治療が、始まった。
3ヶ月後、エリアナは皇妃になる。
そして、継母を裁く。
全ては、今日から始まる。
エリアナの目に、強い光が宿っていた。
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