綺麗好き御曹司は片付けられない彼女を溺愛する
 スタジオはまぶしいほどに照明が灯されていた。清潔感の漂う白いソファに白いテーブル。中央には瑞々しいピンクの薔薇が青磁の花瓶に活けられている。白を基調とした背景のセットにはナチュラルブラウンの家具があり、申しわけ程度に本が置かれ、観葉植物の緑が映える。

 椎野百香(しいの ももか)は緊張した笑みを浮かべてソファに座っていた。

 中央のひとりがけソファに座るのは司会の女性アナウンサー。好感度抜群の丁寧に整えられた髪、流行のメイク。服装はお茶の間に受けのいいオフィスカジュアルで、隙がない。

「本日のゲストおひとり目は、ちまたで噂の整理整頓アドバイザー、椎野百香さんです。二十九歳にして数々の汚屋敷を美しくよみがえらせたとネットで話題です。よろしくお願いします」

「お願いします」
 百香はなるべく優雅に見えるようににっこりと微笑を返した。この日のために新調したスーツと靴はブランド物。店員に相談し、テレビ映えする物を選んだ。
 続いて、百香の対面に座る男性が紹介された。

「ゲストのおふたり目は『アサバ家具』の次期社長と大注目されてます朝羽拓海(あさば たくみ)さんです! 三十一歳にして実力でアサバ家具の営業部長になられました! 本日はよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」
 軽く頭を下げた彼は、姿勢を正して微笑を浮かべる。

 威風堂々。テレビにも緊張することなく余裕のたたずまい。背筋がピンと伸びていて、それだけで上流の雰囲気が漂う。整った甘いマスクに優美な笑みを浮かべればどこの令嬢だって一目で恋に落ちるだろう。
 実際、アナウンサーは収録中だと言うのに瞳をハートにしてうっとりと見つめている。

 対談の内容は家具と収納と人生。
 収録は打ち合わせどおりに進行し、和やかに終了となった。

「では、対談は以上となります。本日はありがとうございました」
 アナウンサーが終了を告げる。
 カメラのランプが消えるのを見て、百香はさっと立ち上がった。

「本日はありがとうございました」
 両手を前に合わせ、三十度の角度を意識してお辞儀をする。

「こちらこそ、ありがとうございます」
「ありがとうございました」
 拓海とアナウンサーから丁寧な返事がきた。ふたりも頭を下げたのは気配でわかった。

 充分に間を置いてから頭を上げると、拓海と目が合って、目が離せなくなった。
 彫刻だと言われても納得がいくほどの人離れした美しさで、スーツにできた皺が、かろうじて彼が生きた人間であることを示している。

 目をそらさなきゃ。そう思うのに目を離せず、彼もまっすぐに自分を見たままで、動揺する。
「百香さん。あなたとは気が合いそうだ。食事でもいかがですか」

 ざわ、と空気が揺れた気がした。
 衆目でこんなふうに誘うなんて、御曹司ならではの自信だろうか。
 女性アナウンサーからの羨望のまなざしが刺さって痛い。

「いいですね。今度みなさんとご一緒に」
「俺はふたりで行きたいのですが」

「ご冗談を」
「冗談でも社交辞令でもありません。俺はかなり綺麗好きですが、あなたなら気が合いそうだ」

 その目が細められ、彼の笑顔の糖度が上がる。
 百香はにっこりと笑みを返す。

「残念ながら、気が合わないようです。本日は本当にありがとうございました」
 再度頭を下げると、アナウンサー、ディレクターやプロデューサーにもさっと挨拶をして控室に戻る。

 直後、ドアがノックされた。
 どうぞ、と答えると、入って来たのはアシスタントプロデューサーの女性だった。

「今日はありがとうございました! それで、あの、ファンなんです! サインください!」
 色紙を差し出され、百香は微笑して受け取る。
 渡されたペンでさらさらと書いて返すと、彼女の顔が輝いた。

「ありがとうございます、大事にします!」
「こちらこそありがとうございます」

 整理整頓の動画がたまたま人気になってテレビにも出るようになったが、自分は芸能人でもない一般人だ。サインをありがたがられると、申しわけない気がする。

「さきほどはカッコ良くて痺れました。御曹司の誘いをきっぱり断るなんて。私なら緊張して返事もできないと思います」
「大袈裟です。でも、ありがとうございます」

 百香がそう答えると、さらに彼女はテンションを上げた。謙虚で素敵、などとほめたたえたのち、スキップしそうな足取りで部屋を出て行く。
 それを見送ったのち、百香は、はああああ、と大きく息を吐いた。

「緊張したあ……。なんなの、あの御曹司。人前で食事に誘うとか」
 きっぱり断ったのは動揺してなにも考えられなかった結果だ。が、それをポジティブに評価してもらえたのは運がいい。

 だけど、と少し不安がよぎる。
 家具販売会社の御曹司の誘いを断って、今後の仕事に差し支えたらどうしよう。
 いや、自分程度の人間の断りでいちいち仕事に横やりを入れるほど暇ではないはずだ。

 そもそも彼はモテるだろうし、自分なんてすぐに忘れるだろう。今頃はあのアナウンサーを口説いているに違いない。
 そう思った矢先、またドアがノックされた。

「どうぞ」
 プロデューサーかディレクターかな、と思ったのだが。

 現れたのは、さきほどの御曹司、拓海だ。
 彼が入って来ると、殺風景な控室の光度が急に上がったように見えた。

「……すみません。どうにもあきらめられなくて」
 百香はとっさに返事ができなかった。

 ちらりと見た扉は少し開けられたまま。これは害を成すつもりはないという意思表示だろう。そういう気遣いをできる人が、断ったとしてもなにかをするとは思えない。
 百香はようやく息をつけた。

「女性には困ってらっしゃらないでしょう?」
 なんとか、そう答えたのだが。
「あなたが思うほどモテませんよ。なにより俺の綺麗好きについてこられない」

 ん? と首をかしげると、彼の真剣な目があった。
「だが、あなたならきっと大丈夫。理想の女性だ」
「買いかぶりです。私は失礼します」
 バッグを持って彼の横を通り過ぎる。

「またお会いしましょう!」
 追いかけて来る彼の声に、拒絶の意志を示すようにドアを閉める。
 綺麗好きの御曹司なんて絶対に嫌だ。
 百香は顔をしかめ、逃げるように立ち去った。



 タクシーで自宅に帰った百香は、独り暮らしのマンションを見上げてため息をつく。
 今日も帰って来てしまった。憂鬱だ。
 とぼとぼとエレベーターに乗り、自宅に向かう。

 小さい頃から片付けに悩まされて来た百香は、今はフリーの整理整頓アドバイザーとして活動している。

 片付けを学び、それを実践するためのショート動画をネットに上げた。自分用の動画だったのだが、意外にもそれが好評を博して片付けの依頼が入り、他人の家をたくさんきれいにしてきた。

 メディアにも注目された結果、今日の御曹司との対談に至ったのだ。
 綺麗好きな彼の部屋として紹介された画像はどれも無駄がなく美しかった。

 それに引き換え。
 自宅についた百香は解錠し、ドアを開ける。

 出迎えたのは玄関に収まりきらない靴、靴、靴!
 つま先でぎゅぎゅっと寄せて無理矢理に隙間を作って玄関に足を入れ、パンプスを脱いで、靴の海をまたいで上がる。

 通路は洗濯する予定の服やストックの洗剤などがあふれ、まるで獣道だ。
 細い道の先、たどりついた部屋はジャングル。ソファには洗った服の山。室内干しハンガーにはたくさんの洗濯物。テーブルの上には朝使ったままの食器に、かわいい文具に、未開封のDM。棚に入りきらない本が床に積み上がり、使っていないマッサージ器に、買うときには心をときめかせた造花と花瓶、猫の置物、買ったときのままのボックスティッシュ。その他、雑多なものたちで床が埋め尽くされている。隅には埃がたまっており、ふと見つけたレシートの日付は五年前。

 小さい頃から片付けに悩んで来た。
 そして、今も悩んでいる。
 他人の部屋は綺麗にできても、自分の部屋はまったくだ。

「綺麗好きの御曹司なんて、絶対に気が合わないと思う……」
 片付けられない自分に、百香は今日も絶望した。




第一話 終
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