かわいいって言うまで帰らない
ない……、ない……、な――――い!
カギがない!
制服がかわいいから、潜入するなら絶対この中学校にしよう、と決めて入った学校。その制服のポケットに、カギを入れていたはずなのに。
ポケットをまさぐっても、なにも入ってない。
まずいわまずいわまずいわ。
あれがないと、天界に帰れない!
「告白、成功してよかったね」
「え? あ、うん。そうね」
わたしはいま、校舎裏にいる。
友だちの沙耶ちゃんが今日、ずっと好きだった男子に告白するというので、ようすを見に来たの。
硬派として有名な彼。あまり女子と話さない彼が、沙耶ちゃんとだけは話す。だからといって、告白の答えはだれにもわからない。
となりで涙ぐんでいる紺野立華ちゃんは、不安だったらしい。
けれど、わたしはわかってた。
ふたりが両思いだってこと、わたしだけはずっと知っていた。
日本の私立中学校に通うわたし――白鳥ふわりは、どこにでもいる女子中学生に見えて、じつは天界からやってきた天使だ。
ふわふわの長い髪。まあるい瞳。
くるんと上がった長いまつげ。
透き通るような肌。
すべてが完璧な天使さま!
そんなわたしの任務は、少年少女たちのくすぶってる恋を成就させること。ようするに、恋のキューピッドってわけ。
そのために、人間が暮らす下界にわざわざやってきた。
天使の住む天界において恋のキューピッドは、下級天使に与えられる雑務のような仕事なんだけど……。
だって、人間の恋とかどうでもいいもん。
けど、恋のキューピッドをして評価ポイントを集められたら、階級をあげてもらえるんだって。わたしの尊敬するお姉さまが言ってた。
だから、片っ端から恋を成就させてポイントを集めてるの。
すべては、えらい天使になるために!
そして、たったいま、沙耶ちゃんたちが結ばれたことで、わたしの任務は終わった。
いろいろと大変だったのよ。席がとなりになるよう運をいじったり、ふたりの帰りがいっしょになるよう偶然を装ったり。
なかなか告白しようとしないから、沙耶ちゃんをあおってみた。
彼に告白しようとしてる子がいるって……。
そうしたら、「そんなのやだ!」と言って、ようやく告白する決心を固めてくれた。
ポイントは集まった。
あとは、カギを使って天界に帰り、お姉さまに報告するだけ。
と、思ってたんだけど……。
そのカギが見当たらないの!
ポケットに入れてたはずなのに!
立華ちゃんが「帰ろっか」と言ってるけど、それどころじゃないわ。
どこかに落とした!?
どこに?
……あ! そういえば、昨日……。
昨日も、学校帰りに1組のカップルを誕生させた。
その帰り道、歩くの面倒くさいなあと思って、飛んで帰ったの。お姉さまには、むやみやたらに天使の姿を見せるなって言われてるんだけど、疲れてたし。
楽ち~ん!とか思いながら飛んでるとき、鳥とぶつかりそうになって……なにか落ちた気がしたのよね。
鳥の羽根でも舞っただけかと思って、放置しちゃったけど。
まさか、あれがカギだった!?
どうしよう。
あれがないと、わたし、天界に帰れない……。
「白鳥、紺野。いいところに!」
立華ちゃんと校門に向かって歩いていたら、男の子の声が背後から聞こえてきた。
絶望に打ちひしがれ、頭を抱えながら歩いていたわたし。
――白鳥ふわりは、かわいい女の子。白鳥ふわりは、かわいい人間の女の子。
そう心のなかでつぶやいてから、笑みを作ってふり返った。
「藍原くん。と、墨染くんと青砥くんも」
声をかけてきたのは、クラスメイトの藍原くんで。
藍原くんを挟むように、同じくクラスメイトの男子、墨染くんと青砥くんもいた。
「いいところにって、どうしたの?」
立華ちゃんがたずねる。
「これからガチャフェスに行くんだけど、ふたりもいっしょにどう?」
「ガチャフェス?」
「モールで、今日からガチャガチャのイベントやってるんだって」
「なにそれ。おもしろそう。あたしも行きたい!」
立華ちゃんがすぐさま返事した。
藍原くんたちとわたし、立華ちゃんの5人は、教室でもよくいっしょにいる仲。放課後にいっしょに遊ぶのに、いちいち、まわりの目を気にしたりしない。
「白鳥は?」
「ごめんね。わたしは行けないの。その、用事があって……」
「そっかー。残念」
本当に残念そうに眉をひそめる藍原くん。
ツンツンの短髪が、心なしか悲しそうにへたって見える。
そんなにわたしのことを?
……なんて、ちょっぴりうれしくなっちゃうけど、いまはそれどころじゃない。
立華ちゃんたちと別れたあと、わたしはカギを落としたと思われる場所に走った。
*
落としたと思われる場所は、住宅地にある広めの車道。
わたしは、溝という溝を探し、草木をかきわけて植木を探した。
けれど、どこにもない!
カギは、下界にあるもので壊れるほどやわじゃないから、たとえ車道に落ちていたとしても問題ない。でも、車道にはない。
それなら歩道にあるかと思って、隅から隅まで目を光らせながら歩いてみたけれど、見つからない。
もし、住宅の敷地内に落ちていたら……。
不法侵入する? 天使のこのわたしが?
そんなことをしたら、えらい天使になるどころか、即悪魔墜ちよ!
やだやだ。
そうはならないって、いまは信じて探すしか……。
ふと、顔をあげると、大きなガレージが目に留まった。
シャッターは閉まっていて、看板には「合同会社」と書いてある。
ここ、会社かしら?
たしか昨日は、開いたシャッターの前で、だれかが作業をしていた気がするわ……。
よし、突撃してみましょう。
「はい」
チャイムを鳴らすと、インターホンから女性の声がした。
ちょっとお尋ねしたいんですけど、と言うと、シャッターとは別のドアから女性が出てきた。たぶん、インターホンの声と同じひと。50代くらいの、中肉中背の女性。
「どうしましたか?」
「ここは会社ですか?」
「ええ、そうです」
いちおうは中学生のわたしにも物腰が低い、おだやかそうな女性だ。
思いきって、聞いてみましょう。
「このあたりでカギを見ませんでしたか? このくらいの、柄が長いカギなんですけど……」
大きさは、手のひらでぎゅっと握りしめられるくらい。
「カギねぇ……」
「昨日、このあたりで落としちゃって」
「昨日ならここで、カプセルに詰める作業をしてましたけど」
「カプセル?」
「私、ハンドメイド商品を売ってましてね。ここ、夫の会社なんですけど、物を作るのにちょうどよくて」
「広いですもんね」
「それで昨日は、作品をガチャガチャとして販売するのに、カプセルに詰めてました。……そういえば、商品がひとつ余ったような」
それだ――――!
「どこにありますか? 返してくださいお願いします!」
「あー……」
女性は苦笑いした。嫌な予感がする。
「ごめんなさいね。もう出してしまいました」
「出したって……」
「ガチャフェスに」
生まれつき、天使としては落ちこぼれだったわたし。天使のくせに運がなくて、人間の恋にお節介を焼くことでしか階級をあげられない。
自分が落ちぶれているなんて、とっくにわかっていたなのに……。
だからって、なんでこうなるの――!?
*
ショッピングモールのイベントエリアにて、期間限定で開かれるというガチャガチャフェスティバル。
全国のガチャガチャを集めたとあって、その規模に圧倒される。
SNSなんかで取引される人気のガチャガチャから、地域限定のガチャガチャ。
さらには、ここでしか手に入らないハンドメイドのガチャコーナーもあるらしい。
女性が作ったというガチャガチャのボックスを探すのに、10分もかかってしまったけれど、なんとか見つけられた。
なんの因果でしょう。彼女が作ったのは――。
「白鳥?」
ガチャガチャを見つけるのに気を取られて、まわりが見えていなかった。
目的のそれを見つけられて気がゆるんだ、その瞬間につけこむように届いた声。ゆっくりふり返ると……。
「え、なにしてんの? 用事は?」
わたしは運がない。良き縁にはめぐまれているけれど、基本的に運がない。
でも、悪運はある。
見られてはいけないひとたちに、出くわしてしまうくらいには。
「あ、えっと……。その……」
うしろにいたのは、藍原くんたちだった。
すっかり忘れてた。
藍原くんたちが、ガチャフェスに行くってことを。
わたし、最低じゃない?
誘いを断ったくせに、その場所に来ているんだもの。
まるで、みんなと遊びたくないみたい。
裏切り者が発覚したときのような、みんなの視線がチクチク。……痛い。
ここはヘタにごまかすより、素直に打ち明けたほうがいいかもしれない。
「えっとね、じつは……」
わたしは、落としたカギを探してここまでたどりついたことを話した。
もちろん、飛んでる最中に落とした、とは言わないで。
「それで、もうガチャは引いたの?」
墨染くんに聞かれて、首を横に振る。
「ううん、まだ。これから」
「それなら、みんなで挑戦してみようぜ」
と、声をあげたのは藍原くん。
「そんな……! 悪いよ」
「ふわりのためだもん。あたしも協力する!」
「僕もちょっとなら」
立華ちゃんと青砥くんもそう言ってくれて、なんだか目頭が熱くなった。
運がないわたしだけど、やっぱり良き縁にはめぐまれたわ。
「で、そのガチャってのが、これ?」
墨染くんの言葉に、みんなの視線がガチャ機に向く。
ちょうどわたしたちが立っているのが、女性がハンドメイドで作ったというガチャガチャの前。彼女が作ったのは――。
「この〝天使の忘れもの〟がそうらしい」
「なにこれー! 超かわいいー!」
と、立華ちゃんがガチャ機に張りつく。
「天使の持ち物がコンセプトのキーホルダーなんだ。おもしろいね」
青砥くんの言うとおり、女性が作ったのは、天使が持っていそうなアイテムをキーホルダー化したもの。
ラインナップは「天使の右の羽」「天使の左の羽」「天使が持つ弓矢」「天使が奏でるハープ」。
「どうして羽がふたつあるのかしら?」
「種類が多いほうがいいじゃん」
ふ~ん……人間の考えることって、残酷ね。
羽をふたつにもぐなんて……。
まあ、いいわ。天使の忘れ物になんて興味ないの。
わたしが狙うのは、ただひとつ。本物のカギだけなんだから!
「まずは、わたしから行くわ」
「いっけー、ふわり!」
100円硬貨を5つ、投入口に入れる。
ハンドルを回して、ガコッと落ちてきたカプセルを取り出す。
わたしのカギが500円の価値であっていいはずがないけれど、できればこの1回で当てたい!
結果はというと……。
「それは、どっち羽だろう?」
「左っぽくね」
立華ちゃんと藍原くんがのぞきこんできて、言う。
500円でまず当てたのは、天使の左の羽だった。
そうよ。世の中は、そんなに甘くできていないわ。
「残念。次は大本命、墨染がいいんじゃない?」
青砥くんに言われて、墨染くんが前に出てくる。
みんなの顔が、心なしか期待にふくれあがっている。
わたしもつい前のめりになって、墨染くんに期待しちゃう。
だって彼は、学校ではそれなりのスターで、なにかとヒキの強さを発揮するんだもの。
席替えのくじで、窓際のうしろの席を当てたいと願えば、ピンポイントで引き当てるし、委員会決めでジャンケンになっても、やりたいものをちゃんと勝ちとる。
絶対に負けられない試合で逆転の1点を決めるスター性が、墨染くんにはある。
きっと、ガチャ運だってあるはず!
「お、やった! 当たった!」
ほらね。
「俺、これほしかったんだ」
墨染くんは、自分が望んだとおりに運命を変えてしまう。
彼が「天使の弓矢」がほしいと望めば、しっかりそれを引き当てる。
「おまえ、ちげーだろ! 狙ってるのはカギなんだって」
すかさず、藍原くんがツッコミをいれた。
……わたしとしたことが、忘れてたわ。
墨染くんが、マイペースであることを。
「墨染、どきなさい。あたしがやる」
立華ちゃんが墨染くんを押しのけて、ガチャ機の前に立った。
「よっ、クラス委員! 頼りになる!」
「がんばれクラス委員!」
立華ちゃんは、わたしたちのクラス委員だ。
一見すると、おしとやかそうに見える立華ちゃん。
つやのある長い黒髪、すらりとした長身。
日本舞踊を習っているらしく、たたずまいが美しい。
けれど、そんな見た目からは想像できないくらい、じつは男勝りな性格。
相手が先輩でも物怖じしないから、みんなが立華ちゃんを頼りにしてる。
運があるのかは知らないけれど、お願い!
「…………もう1回引く」
次こそ、と言って、ハンドルをまわす立華ちゃんのもう片方の手には、すでに天使の右の羽が握られている。
ガコン。落ちてきたカプセルの中身は……。
「なんでなんでなんで。こんなことある? あたし、なにか悪いことした?」
やっぱり、天使の右の羽だった。
わたしの当てた左の羽とあわせても、右の羽がふたつもあまる。
「いつもそう。くじを引いてもハズレばっか。おみくじで吉以上を引いたことないし、ガチャだって、ほしいものはいつも交換でしか手に入らない。どうして。どこで運を使い果たしちゃったんだろう……」
「まあまあ。逆に運があると思えば……」
藍原くんがなぐさめようとするけど、苦しいみたいで顔が引きつっている。
いつも明るい立華ちゃんは、たまにネガティブモードに突入する。
遠足で、立華ちゃんだけが別の班になったときは、
「遠足いかない。行くなって、神さまのお告げなんだ」と、数日間ずっとそんな調子だった。
きっと、いつも気を張っているから、たまに弱音がポロッと出ちゃうんだと思うの。
わたしは、そんな立華ちゃんの頭をよしよししてあげた。
すると今度は、青砥くんが腕まくりをしながらガチャ機の前に立った。
まるで、立華ちゃんの敵を討とうとするように。
「よっしゃー! 次はオレだ!」
お願いしますお願いします!
墨染くんが頼りにならなかったいま、次にガチャ運を発揮しそうなのは、藍原くんだ。
ツンツンした短髪が、ザ・スポーツマンって感じのわんぱく少年。
いつも明るくて、人を寄せつける魅力が、藍原くんにはある。
人を寄せつけるその力で、運さえも引き寄せてしまうのでは?
……と、考えるのは都合よすぎるかしら。
「あー、くそ。なんだこれ」
夢を見るには、やっぱり都合がよすぎたみたい。
パカッと中から出てきたのは、はじめて見るキーホルダーの種類。
つまり、まだだれも引いてなかった残りひとつ、天使のハープだった。
「でも、これで全部そろったじゃん」
ネガティブモードから帰還した立華ちゃんが励ます。
「そろったけどさあ……。白鳥のためにカギを当てたかったんだよ、オレは!」
藍原くんは、良いひとだ。
わたしのために、そこまで本気になってくれてうれしい。
「これで、みんな1回は引いたね」
立華ちゃんが言った。
すかさず、青砥くんがガクッとよろける。
「なんでだよ。僕まだ引いてないよ」
「青砥、引くの?」
「引くよ」
「え! あの青砥が!?」
みんなが驚きに目を見開いた。
驚きもするわ。だって……。
「なんで、びっくりするんだよ」
「びっくりするだろ! あのケチな青砥が」
「ケチって、失礼だなあ」
青砥くんには兄と姉、ふたりの弟、妹がいる。
あまり贅沢ができないらしくて、お金にはなにかとうるさい。
中学1年のときのキャンプでは、各班にあてられた所持金でいかに安く材料を買い、残りをふところにしまえるかを計算していた。
実際、かなり上手な買い物をしたらしいわ。
……もちろん、おつりは返金させられたけど。
そんな彼の一面を知っているから、自分もやると言い出すとは思わなかった。
「僕だって、友だちのためならやるよ」
「青砥~……。ケチだと思ってたけど、やっぱり良いやつだな」
青砥くんが根からの悪人じゃないって、みんなわかってる。こうしてガチャガチャに付き合ってくれるくらいには、友だち想いなのが伝わってくるから。
環境のせいで、損得を真っ先に考えてしまうだけ。
「引くよ。……目当てのものが出なかったら、売ればいいんだし」
うん。これが青砥くんだわ。
ガコン。カプセルが落ちてきた。パカッ。開ける。
中に入っていたのは――。
「…………」
天使の左の羽だった。
「……なんかコメントに困るな。うん、なんかごめん」
「うるさいな! 同情するなよ」
ひとつだと、絶妙に売りにくいやつが出た!
藍原くんの言うとおり、だれもコメントできなかった。
500円。安い買い物じゃない。
「みんな、ありがとう。ほかにやりたかったやつが、あったと思うのに……。わたしのせいで、ごめんなさい」
これ以上は巻きこめない。
わたしも、あと回せるのは2回がせいぜい。
その2回で当てるしかない。
当てられなかったら、潔くあきらめよう。それか、このあと引くかもしれないひとに、交換してもらえないか頭を下げてお願いしよう。
みんなの温情を、これ以上、頼りにしちゃだめだわ……。
そんなときだった。
ふいに、頭に温もりが乗っかった。
わたしが立華ちゃんにしたように、墨染くんがよしよししてくる。
「なに諦めてんだよ」
「諦めてはないけど……」
「俺の有り金、使えばいいだろ」
「え?」
「もともと、ガチャするつもりで持ってきたわけだし」
「でも……」
「友だちが困ってるなら手を貸す。それ以上の理由がある?」
墨染くんが、元気づけるようにほほえんだ。
その笑顔が思いのほか優しくて、心にぐっときた。
わたしがこのひとたちを友だちに選んだのは、うまく人間に紛れこむため。学校で人気そうだったから。
任務がうまくいくなら、だれでもよかったの。
でも、このなかのだれかが困っていたら、わたしもきっと手を貸す。
そう思うくらい、みんなといることがやすらぎになってる。
もし、このままカギが出てこなかったとしても、みんなといっしょにいられると思えばあきらめもつく。
「ねえ、見て。シークレットってのもあるんだね」
立華ちゃんが、唐突に声をあげた。
「……シークレット?」
なんのことだろうと思ってよく見ると、ラインナップのなかに、シークレットと書かれたシルエットがある。
あまりにひっそりと書いてあるから、今のいままで気がつかなかった。
とたんに、墨染くんの目の色が変わる。
「気になる。絶対引く」
……ですよねえ。墨染くんは、そういうひとだったわ。
いい雰囲気が台無しよ。
がっくりと、うなだれるわたし。
「落ちこむのは早いんじゃない?」
けれど、青砥くんに話しかけられて顔をあげる。
「もしかしたら、墨染が当てるかもよ」
「え?」
「だって、白鳥さんのカギはシークレットと扱いは同じでしょ? だとしたら――」
青砥くんと話しているうちに、墨染くんがハンドルを回してガチャを引いている。
ゴトン。いままでとは、あきらかに違う音がした。重い音。
拾いあげる墨染くんも、違和感を抱いたらしくて、「ん?」と声をもらす。
パカッ――。
「なんだろ、これ。初めて見る……シークレット?」
「わたしのカギ!」
やったやったやった……見つけた!
カプセルから出てきたのは、間違いなくわたしが探しているカギだった。
「はい。もう落とすなよ」
「……っ」
ことばにならなくて、何度もうなずく。
心のなかでは叫んでいるのに。
ありがとうありがとう、って……。
墨染くんから渡されたカギを、手のひらに食いこむくらい強く握りしめた。
慣れたはずのカギなのに、なんだかいつもより重く感じた。
みんなの想いがつまっているから?
「代わりに、左の羽をあげるわ」
「いや、いらない」
「遠慮しないで」
わたしは、自分で引いた天使の羽を、墨染くんの制服のポケットに押しこんだ。
「みんな、ありがとう!」
「どういたしまして」
「気にすんな」
「もうなくすなよ」
「見つかってよかったね」
お別れは悲しいけれど、みんなのこと絶対に忘れないわ。
*
ここは、はるか空の上。空と宇宙の狭間にあるまっしろな空間、天界。
緑も青もなくて、天気もないけれど、いつも温かくてやすらぎに満ちている。
「――ということで、お姉さま。ちゃんとポイントを集めましたわ」
「知ってるわ。ずっと見てたもの」
立派な白い羽をはやしたお姉さまを前に、わたしはひざまずいている。
お姉さまは、数いる天使の中でも選ばれたひとしかなれない、上位階級者。
その中でもさらに、美しさと強さを備えた最強天使。
そんなお姉さまに育ててもらったわたしは、運の悪さをのぞけば、めぐまれた天使だ。
お姉さまと出会うことに、すべての運を使い果たしたのかもしれない。
そうだわ、絶対にそう。
だとしたら、多少、運が悪くてもいい…………ん? ちょっと待って。
「お姉さま、いま、ずっと見てたって……」
「ええ、見てたわよ。カギをなくしたことも」
「ごめんなさい!」
全力で土下座する。
まさか、あの失態を見られていたなんて。
「でも、ちゃんと見つけたので、許してください」
「そうね。本来だったら処罰ものだけど、今回は大目に見てあげるわ」
「お姉さま~!」
「まあ、待ちなさい」
抱きつこうとして、お姉さまに止められた。
「その代わり、あなたにやってもらいたいことがあるのよ」
「はい、なんなりと。わたしも、立派な天使になれたので」
なんてたって、評価ポイントを集めたもの。
約束では、階級をあげてくれるって。
「階級はあげないわよ?」
「へ?」
「あなたには、悪魔を見つけてきてもらいたいのよ」
わたし、階級をあげてもらえないの?
ちゃんとポイントを集めたのに?
それに、いま、お姉さまはなんて……。
「……悪魔?」
「あなたが下界でいっしょにいた……だれだっけ」
「紺野立華、藍原陽斗、青砥千隼、墨染壱ですか?」
「そう。その4人のなかに悪魔がいることがわかったの」
「え!?」
「それがだれなのかは、まだわからないけど」
悪魔といったら、天使でありながら堕落した罪人。
そんなのが、みんなのなかにいるの?
「むりです。わたしに見つけられるわけがありません!」
「いいえ、できます」
お姉さまは断言した。
本当にできると思って、言ってるわけじゃない。
そのくらい、わたしにもわかる。
お姉さまは、やれと言っているんだ。
「悪魔を見つけ出すまで、あなたは天界に帰ってきてはいけません」
えええええええええええ!?
そんなああああああああ……。
せっかく帰ってきたのに。
下界に逆戻りですか?

