欲望と煩悩の狭間で初恋の彼女を愛でる 【1話だけ大賞作品】
10年の月日

ジリリリリ……

耳元で目覚まし時計が6時を指している。

「う……うる…さい……」

カチッとアラームを止める場所に手を置き、目覚まし時計は止まった。

むくっと起き上がり

「うーん」と両手を上げて背伸びをし、首をゆっくりと回す。


「はぁ…眠い……」

毎日同じ時刻に起きるのだが最近仕事が忙しく疲れが中々取れない。

立ち上がり、部屋のカーテンを開けると瀬戸内海の穏やかな海が見えた。


笹本梨花子(ささもとりかこ)

瀬戸内海の海が見える実家に住んでいる独身、年齢は28歳、彼氏いない歴9年…

今日も真面目に朝のルーティーンを始めます。

1階のリビングで母が作ってくれた朝食を済ませ、歯磨き洗顔、ジャージに着替えてゲージ内でキャンキャンと吠えている真っ白い毛のマルチーズ犬のユキちゃんにリードを付けて

「行ってきまーす」と朝の散歩に出かけた。

今は季節は春、少し肌寒いが散歩で歩いていると気にならない気候になってきた。

このユキちゃんは梨花子が高校の入学祝いに両親にお願いして買ってもらった。

毎朝梨花子が海岸まで散歩に行くのが買って貰う条件だった。

堤防までは歩いて10分、道路の左右を確認して渡り、海岸へ降りる階段で砂浜に到着。

そこでリードを外し、しばらく自由にユキちゃんは走り回る。

最近梨花子も運動不足で軽くユキちゃんと並走をしてみたり……

ユキちゃんも年齢を重ねてきて、走る速度は遅くなってきた。

梨花子も多少覚悟はしているが、まだ散歩に行ける間は連れては行くつもりだ。

「ユキちゃん、帰るよ〜」

ユキちゃんを呼んでリードを付けて歩き出すと自分以外の足音が砂浜に響いた。

誰だろう……

過疎化が進んでいるこの地域では会うのはお年寄りばかり、朝の散歩で会う人は限られているのだ。

顔はまだ見えないが身長が高くてキャップを被っている。

ザクザクと足音が近づいてくるとその人は止まった。

「久しぶりだな、笹本」

キャップのつばを少し上にずらすと梨花子にも顔が見えた。

「もしかして……仙道くん?」

「そうだよ」

「びっ……くりした……」

梨花子は驚いて目をパチクリさせていた。

「高校卒業以来だもんな、真面目な笹本の事だからまだ散歩してるかなと思って来てみた(笑)」

あぁ……この笑顔は変わってない。



梨花子達の田舎は小学校も人数が少なく、中学校では近くの3つの小学校が同じ中学校に通うことになっていて、そこで出会ったのが仙道幸成(せんどうこうせい)くん。

1年のときに同じクラスになり最初の学級委員を一緒にしたのだ。

そこで気づいたのは男女問わず人気があること、モテる事、何人も彼女が変わっていること……いつも話題の中心だった。

私は真面目でそこそこ頭も良く、仙道くんを影で支えてきたつもりだった。

でも、仙道くんを好きな女子には何度も睨まれた。

仕方ないよね……少し辛かったが1年間はやり遂げた。

2年はクラスも変わり、仙道くんの噂は聞くが話すことはなくて、そのまま高校も同じ高校に進学して、2年は同じクラスになり、修学旅行は同じ班になり、楽しかった思い出は数々ある。

高校卒業と同時に上京する事は人気者だから噂で知った。

寂しく思ったのは多少でも仙道くんの事が気にはなっていたのかも知れないが、いつも女の子を連れていて、何人も彼女が変わっていたのも噂で聞いていた。


卒業式の次の日、梨花子はユキちゃんの散歩に連れて行くと、仙道くんが砂浜にいたのだ。

修学旅行の時に確かユキちゃんの事や毎朝散歩をしてる事は話した記憶はあるが、覚えていてくれた事にびっくりで、そこで仙道くんに言われた。

「実はお前の事、中学の頃から好きだった」

「えっ?」

「このままこの町を離れるのも後悔すると思って……明日、東京に行く、元気でな(笑)」

そう言うとそのまま帰ってしまったのだ。

梨花子は初めての告白を受けたが過去形だった事に、今更何?と少し苛立ちを覚えたのを憶えている。


その出来事があってから10年……


成人式も、同窓会も全部欠席どころか、連絡先もだれも知らないと……番号を変えたらしく繋がらないという。

成人式に男子が話しているのを聞いた梨花子だった。


「も、戻ってきたの?」

「まあな」

「みんな、連絡が取れないって心配してたよ」

「……そうだよな…まあ俺にも事情があってな」

「事情?」

「あぁ」

「聞きたいけど、私、仕事に行かなきゃならないんだ、ごめん」

梨花子はユキちゃんを連れて砂浜を歩き出した……

そのまま仙道くんは何も話さず、梨花子は階段を上がり、道路を渡り、家に帰って行った。


しばらく海をじっと見ていた幸成…


「昔と何も変わってねぇや…俺がアピールしていたことも気づいてなかったもんな」

幸成はフッと口角が上がった。

でも、笹本はまだ実家にいる事はわかった。

結婚指輪もしていない事も確認できた。

「やっぱ美人になってた、笹本は…俺はまた好きになってもいいのかな……」

10年か…長いよな、俺も色々あったし、きっと笹本にも…

この10年、いや、13年の間、どこかにあった笹本への好きの気持ち…

大きくなったり、小さくなったり、だけどなくなる事はなくてこんなに月日が経ってしまった。

もう遅いかな…誰かいい人がいるのかもしれない、だけど今日会って確信した。

俺はやっぱり笹本が好きだっていうことに……


幸成は歩き出し、海岸沿いを歩いていると後ろから「ピッ」と鳴らされた。

幸成の横をスクーターが通ったのだ。

ん、笹本か?

スクーターに乗っている人の左手が小さく振られていたのが見えたのだ。

「ふっ、笹本だ(笑)」

少し手を振ったときにフラついたが、すぐにまっすぐ走り出したのが見えた。

「俺……、頑張ってみるかな」

海岸沿いの道路から車を停めれるスペースが少しだけあり、幸成は白いスポーツカーに乗り込んだ。

1度家に帰り、母親の用意してくれていた朝食を幸成も食べた。

「昼に市役所に行ってくる」

幸成は母親に話すと

「手続きすることあったっけ?」

「住民票とか、あと空き家探しで話を聞いてくる」

「空き家?、幸成は一人暮らしするつもり?」

「まあ、それも考えてはいる、仕事もしなきゃだし」

「ゆっくりしてもいいのよ、昨日帰ってきたばっかりなのに」

「うん、ありがとう、ゆっくり探すよ」

少し休んで昼前に40分ほどかかる市役所へスポーツカーで向かった。

中へ入り転入届の手続きの紙を貰い、住宅課を探して歩いていると


「仙道くん?」

朝と同じ声がしたのだ。

「笹本、何で?」

「仙道くんこそ、何課に用なの?案内するよ」

「住宅課か、地域振興課かなぁ」

「ん?不動産屋じゃなくて?」

「あぁ、さっき転入届はもらって来た、ちょっと話を聞きたくてさ」

幸成は紙を見せた。

「7階だけど今昼休みだから案内するよ」

「いいのか?貴重な昼休みを」

2人はエレベーターに向かって歩き出した。

7のボタンを押してしばらく待つ。


「また会うなんてね」

「笹本は市役所に勤めてんの?」

「うん、そうだよ、社会福祉課」

「……笹本らしい(笑)」

「そう?」

エレベーターが降りてきて梨花子は幸成を促して7階のボタンを押した。

「なぁ、話したいんだけど仕事終わってから時間取れねぇ?」

「時間?」

「うん、時間、メシでも食いに行かねえか?」

「ご飯か…」

「都合悪い?まだ昨日帰ってきたばかりで笹本としか会ってないからさ」

梨花子は考えているようだった。

「1度帰ってもいいよ、車で迎えに行く」

「まあ、それなら…」

「何時がいい?」

「19時くらい」

「OK、スマホある?」

「ごめん、席に置いてきてる」

エレベーターから降りると梨花子は住宅課にメモとペンを借りて自分のスマホの番号をメモして幸成に渡した。


よし!来て良かった。

まさか市役所に勤務してるとは…

ついてる、笹本の番号だ。

メモを貰った時、もう1枚メモをもらい、幸成の電話番号を書いて梨花子に渡していたのだ。

「ありがとう、帰ったら連絡するね」

「わかった」

「じゃあ、私は仕事に戻るね」

幸成はメモをポケットに入れて住宅課の担当の人に要件を話すと早々と家に戻り、時間まで貰った資料を読んだのだった。

そして着替えてスマホを前に緊張していた。

この俺が女と会うのに緊張?

久しぶり過ぎてかな?

あれ?笹本の家ってどこだ?

急いでマップを確認しているとスマホの音が鳴った。

「わぁ、びっ……くり…はぁ……もしもし?」

「あっ、仙道くん?」

「うん、おつかれ」

「もう少ししたら出れるけど、どこかで待ち合わせする?」

「いや、向かえに行くけど道が……」

「ちょっと分かりにくいかも…あのね……」

幸成は家を教えて貰って白いスポーツカーに乗り込んだ。

幸成の実家は山の方で、ブルルンッブルルンッとエンジン音を鳴らしながら山を降りて、梨花子の海沿いの家に向かったのだった。

梨花子は玄関前で待っていた。

いつも砂浜に散歩に行く時は車が通れない細い坂道を降りて海へ行く。

だから車は違う道から来なければならないのだ。

遠くから低いエンジン音が聞こえてきた。

白いスポーツカーは梨花子の前で停まった。

「待った?」

「ううん」

「乗って」

幸成は助手席のドアを開けた。

梨花子が少し顔をしかめたのを幸成は気づかなかった。

「ん?どうかした?」

梨花子が乗らないので幸成は聞いた。

「恥ずかしいし、目立つ」

「何でさ?」

「都会ならいいけど、こんな田舎で…」

「かっこよくない?」

「えー、チャラい……」

「はぁ?何だよチャラいって」

「昔から性格はチャラいと思ってたんだもん」

梨花子は助手席のドアを閉めた。

「スクーターで行く、今日はお酒呑まないし」

「何だよ迎えに来たのにさ」

「じゃあ、行くのやめる」

梨花子はそう言うと家の中に入ってしまった。

幸成はスマホを出して梨花子に電話しようとしたがかけるのをやめた。

「全く……キャンセルかよ」

喧嘩なんてしたくないのに……

幸成は車に乗るとエンジン音をブォンブォンとふかしながら梨花子の家から遠ざかって行った。

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