バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた
第1話 バイバイを書いた夜
その夜、画面はやけに明るく見えた。
配信を切ったあと、部屋には自分の呼吸の音だけが残る。
マイクの赤いランプが消えたのを確認して、ようやく終わったと理解するまでに、少し時間がかかった。
イヤホンを外しても、まだ誰かの声が耳の奥に引っかかっている気がして、しばらく動けなかった。
笑い声。相槌。名前を呼ばれた感触。
全部が、まだそこにあるみたいで。
ぼんやりと、つけっぱなしの画面を見つめる。
画面の向こうには、もう誰もいないはずなのに。
チャット欄が完全に静まり返っているのを見て、ようやく配信が終わったのだと実感する。
さっきまで、あんなに賑やかだった。
流れるコメント。呼ばれる名前。
冗談を言えば笑ってもらえて、少し真面目な話をすれば、ちゃんと聞いてもらえる。
「楽しかった」
「ありがとう」
「また来るね」
流れるように過ぎていった言葉たちが、今になって遅れて胸に落ちてくる。
それなのに今は、明るすぎる画面と、暗すぎる部屋だけが残っている。
配信を切るたび、いつも思う。
──僕は、ちゃんとここにいるのかな。
現実の部屋に戻ってきたはずなのに、どこか取り残されたような感覚が抜けない。
机も、椅子も、壁の色も、何一つ変わっていないのに。
さっきまで確かにあった「居場所」だけが、急に消えてしまったみたいだった。
ヘッドホン越しの声のほうが、現実の息遣いよりも近く感じてしまう夜が増えていた。
誰かと繋がっているはずなのに、触れられる距離にはいない。
そのズレが、少しずつ心に溜まっていく。
イヤホンを外しても、耳の奥がじんと熱い。
まだ誰かが話しかけてくる気がして、無意識に首を傾けてしまう。
そんな自分が、少しだけ怖かった。
「……疲れたな」
独り言が、やけに他人行儀に聞こえた。
まるで、誰かに向けて言ったみたいに。
最初は、軽い気持ちだった。
どうせすぐ人はいなくなるだろうし、暇つぶしみたいなものだと思っていた。
本気になるつもりも、続ける覚悟も、最初から持っていたわけじゃない。
でも、画面の向こうに「人がいる」と分かった瞬間から、何かが変わった。
返事が返ってくる。
名前を覚えられる。
「また来るね」と言われる。
それが、想像以上に心に残った。
嬉しいはずなのに、同時に、どこか不安になる。
この場所から落ちたら、何も残らないんじゃないか。
ここにいる自分は、本当に「自分」なんだろうか。
そんな考えが、夜になると勝手に顔を出す。
十二月一日に初配信をしてから、気づけばもう二ヶ月が過ぎていた。
思っていたより早く人が集まり、ありがたいくらい応援ももらっている。
数字も、反応も、決して悪くない。
それなのに、心だけが置いていかれているような感覚が、ずっと消えなかった。
推しとのコラボ配信が終わったばかりだった。
夢みたいな時間だったはずなのに、胸の奥に残ったのは、どうしようもない空白だった。
配信者として笑って、
視聴者として盛り上がって、
夜が来ると、一人で落ちる。
その繰り返しに、もう疲れていた。
スマホを手に取り、何も考えずにタイムラインを眺める。
色んな情報が視界に飛び込んでくる。
楽しそうな話題。誰かの成功。何気ない日常。
けれど、そのどれもが、別世界の出来事みたいに遠かった。
いつものアイコン、いつもの文字列。
見慣れた光景。
そこに、ふと――
「書いてしまってもいいんじゃないか」という気持ちが浮かんだ。
配信を切ったあと、部屋には自分の呼吸の音だけが残る。
マイクの赤いランプが消えたのを確認して、ようやく終わったと理解するまでに、少し時間がかかった。
イヤホンを外しても、まだ誰かの声が耳の奥に引っかかっている気がして、しばらく動けなかった。
笑い声。相槌。名前を呼ばれた感触。
全部が、まだそこにあるみたいで。
ぼんやりと、つけっぱなしの画面を見つめる。
画面の向こうには、もう誰もいないはずなのに。
チャット欄が完全に静まり返っているのを見て、ようやく配信が終わったのだと実感する。
さっきまで、あんなに賑やかだった。
流れるコメント。呼ばれる名前。
冗談を言えば笑ってもらえて、少し真面目な話をすれば、ちゃんと聞いてもらえる。
「楽しかった」
「ありがとう」
「また来るね」
流れるように過ぎていった言葉たちが、今になって遅れて胸に落ちてくる。
それなのに今は、明るすぎる画面と、暗すぎる部屋だけが残っている。
配信を切るたび、いつも思う。
──僕は、ちゃんとここにいるのかな。
現実の部屋に戻ってきたはずなのに、どこか取り残されたような感覚が抜けない。
机も、椅子も、壁の色も、何一つ変わっていないのに。
さっきまで確かにあった「居場所」だけが、急に消えてしまったみたいだった。
ヘッドホン越しの声のほうが、現実の息遣いよりも近く感じてしまう夜が増えていた。
誰かと繋がっているはずなのに、触れられる距離にはいない。
そのズレが、少しずつ心に溜まっていく。
イヤホンを外しても、耳の奥がじんと熱い。
まだ誰かが話しかけてくる気がして、無意識に首を傾けてしまう。
そんな自分が、少しだけ怖かった。
「……疲れたな」
独り言が、やけに他人行儀に聞こえた。
まるで、誰かに向けて言ったみたいに。
最初は、軽い気持ちだった。
どうせすぐ人はいなくなるだろうし、暇つぶしみたいなものだと思っていた。
本気になるつもりも、続ける覚悟も、最初から持っていたわけじゃない。
でも、画面の向こうに「人がいる」と分かった瞬間から、何かが変わった。
返事が返ってくる。
名前を覚えられる。
「また来るね」と言われる。
それが、想像以上に心に残った。
嬉しいはずなのに、同時に、どこか不安になる。
この場所から落ちたら、何も残らないんじゃないか。
ここにいる自分は、本当に「自分」なんだろうか。
そんな考えが、夜になると勝手に顔を出す。
十二月一日に初配信をしてから、気づけばもう二ヶ月が過ぎていた。
思っていたより早く人が集まり、ありがたいくらい応援ももらっている。
数字も、反応も、決して悪くない。
それなのに、心だけが置いていかれているような感覚が、ずっと消えなかった。
推しとのコラボ配信が終わったばかりだった。
夢みたいな時間だったはずなのに、胸の奥に残ったのは、どうしようもない空白だった。
配信者として笑って、
視聴者として盛り上がって、
夜が来ると、一人で落ちる。
その繰り返しに、もう疲れていた。
スマホを手に取り、何も考えずにタイムラインを眺める。
色んな情報が視界に飛び込んでくる。
楽しそうな話題。誰かの成功。何気ない日常。
けれど、そのどれもが、別世界の出来事みたいに遠かった。
いつものアイコン、いつもの文字列。
見慣れた光景。
そこに、ふと――
「書いてしまってもいいんじゃないか」という気持ちが浮かんだ。