バイバイを書いた夜、君が来た ――あの夜、君の声が僕を繋ぎ止めた
これ以上、頑張れない。

誰かに縋りたいわけでも、慰めてほしいわけでもない。
優しい言葉をかけてほしいわけでも、抱きしめてほしいわけでもなかった。

ただ――終わらせたかった。

何を終わらせたいのか、自分でもはっきりしていなかった。
配信者としての自分なのか。
誰かに期待され続ける役割なのか。
それとも、この夜そのものか。

ひとつひとつ考えようとすると、頭の奥が重くなる。
理由を探すほど、苦しくなるのが分かっていた。

だから、もう考えるのをやめた。
考えるのが、しんどかった。

誰かに見つけてほしいわけじゃない。
引き止めてほしいわけでも、叱ってほしいわけでもない。

ただ、これ以上続きを生きる気力が、今日はなかった。

画面を開いたまま、しばらく動けずにいた。
カーソルが規則正しく点滅しているのを、ぼんやり眺める。
その単調な光だけが、時間の経過を教えてくれていた。

何を書こうか、なんて考えていない。
考え始めたら、きっと書けなくなる。
言葉に意味を持たせた瞬間、逃げ道がなくなる気がした。

だから、考えないまま、指を動かした。

指先が、ゆっくりと文字を打つ。
キーボードを叩く音が、やけに大きく聞こえた。

『バイバイ』

たった四文字。
それだけで、十分だと思った。

深い意味なんてない。
説明も、理由も、求めていない。
これは宣言じゃないし、助けを求める合図でもない。

ただの、区切り。

投稿ボタンを押した瞬間、軽くなった、というより。
何かが、すっと抜け落ちた感じに近かった。

張りつめていた糸が切れて、もう引き戻されることもない。
そう思うと、不思議と呼吸がしやすくなる。

このまま眠ってしまえば、きっと明日のことなんて考えなくて済む。
それでいい。今は、それでいい。

スマホを置いて、ベッドに倒れ込む。
体が沈み込む感覚に、抵抗する気力もなかった。

天井を見つめながら、目を閉じる。
後悔はない。
勢いといえば、そうだったかもしれないけれど、それを否定する気にもなれなかった。

部屋は静かだった。
エアコンの低い音と、自分の呼吸だけが聞こえる。

この静けさが、嫌いじゃなかった。
少なくとも、誰かの期待に応えなくていい時間だから。

――その時だった。

小さな通知音。

最初は、気のせいかと思った。
疲れていると、幻聴みたいに音が聞こえることもある。

でも、もう一度。
今度ははっきりと、確かに音が鳴る。

「……なに?」

声に出した自分の声が、少し掠れていた。

起き上がり、スマホを確認する。
見慣れない表示に、一瞬、思考が止まった。

音声機能が、起動している。

思考が、一拍遅れて追いつく。

そうだ。
この機能は、完全に閉じていたわけじゃない。

支援プランの中に、音声参加の権限が含まれていた。
テスト的に入れたまま、結局そのままにしていた項目。

使われることは、ほとんどない。
時間も限られるし、条件も厳しい。
だから正直、意識の外に追いやっていた。

――今夜、使われるなんて思っていなかった。

画面に表示された名前を見る。

ぱちぇ。

推しとのコラボ配信で、何度も見かけた名前。
支援もしてくれていたけれど、距離感は妙に落ち着いていた人。

まさか、と思う気持ちと。
でも、条件を満たしているなら、入れてしまうのも当然で。

「……なんで、今」

独り言が、喉の奥で掠れる。

心臓が跳ねる。
こんな時間に。
こんな投稿の、直後に。

画面に表示されていたのは、ひとつの名前だった。

ぱちぇ。

推しとのコラボ配信から、何度もコメントで見かけた、あの人。
支援もしてくれて、けれど必要以上に距離を詰めてこない。
いつも、少し離れた場所から見ているような、不思議な存在。
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