あの夏、キミが描いた青空
結局、琴音と一度も話すことなく放課後になった。
さっきの言い合いで、完全に琴音は女子たちから目をつけられた。
きっと…いや、絶対あたしも目をつけられている。
これからいじめられる日々なんて、もう目に見えている。
「ほんと最悪…」
目をつけられるって、こんなにも恐ろしいことなんだと実感した。
そしてあの後大野が戻ってくることはなく、今どこにいるのかもわからない。
女子たちは、「琥珀くん、どこに行ったんだろうね」と話しながら帰ってきた。
大野の後を追っていた女子たちでさえ大野の行方がわからないのだから、きっと誰にもわからない。
大野のカバンだけはあるんだけどな。
あたしは帰る気にもなれず、しばらく窓側の大野の席に座って、土砂降りの雨の中傘をさして帰っていく生徒たちを見ていた。
この空はいつ晴れるのだろうか。
やっぱり一年後かな…。
天気を操れる人、いないかな?
そんなことを考えながらボーッと外を見てると、最終下校のチャイムが鳴った。
気がつけば、教室にはあたしひとり。
流石にもうみんなは帰っていた。
「そろそろ帰るか」
そう思って席を立ったときだった。
「…何してんの?」
低くて冷たい声。
私はこの声を知っている。
この声は、大野だ。
あたしは慌てて大野の席を離れ、自分のカバンを手に取った。
「べ、別に…なにも」
そう言うとあたしは廊下に飛び出して行った。
生徒玄関で靴を履き替えて、傘を手に取る。
そのとき、あたしはあることに気がついた。
「あれ…これあたしの傘じゃない」
けれど、ここに傘は後一本。
置く場所間違えたかな?
周辺を探すも、傘は見つからなかった。
流石にこの大雨の中を、傘をささずに行くわけにもいかないし。
かと言って走るわけにもいかない。
どっちにしろ、傘がないとびしょ濡れだ。
「どうしたもんかなー」
きっと誰かが間違えて持って行ってしまったのだろう。
あたしの傘は誰かの役に立ったということだ。
自分にとっては不幸だが、相手にとってはよかったのかもしれない。
この雨がもう少し弱まったら帰ろう。
あたしはしばらく生徒玄関で待機した。
「ん」
ボーッと降ってくる雨を見つめてると、後ろから傘を持った手が出てきた。
振り向くと、大野だった。
「…これ、使いたいなら使えば?」
相変わらず冷たい言い方だけど、優しいところもあるんだな。
「あ、ありがと…」
あたしは大野の手から傘を取ろうとしたが、すぐにその手を引っ込めた。
その傘には、『大野琥珀』と書いてあったから。
学校の傘を差し出されたと思ったけど、大野の物なら使えない。
だって、あたしが使ったら大野はびしょ濡れになってしまうから。
「何?使わねぇの?」
手を引っ込めたあたしに、大野は傘を見ながらそう言った。
「いい、大野が濡れちゃうから」
本当は自分も困るけど、この傘は大野のものだから、大野を濡れさせるわけにはいかない。
大野は、生徒玄関の出入り口まで行き傘を開いた。
大野も帰るんだ。
これであたしは、しばらくひとり。
そう思って傘をさす大野の背中を見つめていた。
けれど大野は、さした傘をその場に置き、走って行ってしまった。
え、何してるんだろう?
「大野ー!?」
あたしがいくら叫んでも、大野は見向きもしなかった。
結局あたしは、大野が置いてってくれた傘を使って家に帰ったのだった。