塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 低い声でレナルドが話し始めたので、ラシェルは急いで顔を上げた。相変わらずどこか不機嫌そうな顔で、彼はラシェルをじっと見つめている。

「国内の派閥に影響を与えない相手だから、きみが選ばれた。だから、結婚生活も形だけのもので構わない。もちろんブラン男爵家への援助は約束通り行うが、きみに妻としての役目を求める気はない」

「それは、跡継ぎをもうけるつもりもないということですか?」

 ラシェルの問いに、レナルドはたじろいだように視線を泳がせた。だが彼はすぐに唇を引き結び、重々しい表情でうなずく。

「その件についても、今のところ必要ないと考えている。きみはただ、俺の妻として存在してくれるだけでいい」

「……分かりました」

 愛されての結婚でないことは分かっているが、告げられた言葉が冷たく胸に突き刺さるようだ。抱えた借金を肩代わりしてもらえるだけでもありがたいのだから、愛されたいなんて我儘は言えない。

 胸の奥に抱えたこの想いも、きっと伝えるべきではないのだろう。

 それでもラシェルは、勇気を振り絞ってレナルドの名を呼んだ。

「あの……。実は私、以前にレナルド様に助けていただいたことがあるんです。だから、こんな素敵なご縁をいただけて嬉しく思っています」

「え?」

 何を言い出すんだというように怪訝な顔をされて、ラシェルは眉尻を下げて笑った。

「レナルド様は騎士として、これまでにもたくさんの方を助けていらっしゃいますものね。私が助けていただいたのは、五年前だったかしら。随分昔のことなので、覚えていらっしゃらないとは思うんですけれど」

「確かに、全てを覚えているかと聞かれたら自信はないが」
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