塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
貴族令嬢として一応の閨の教育は受けているが、経験はないので緊張で鼓動はいつもよりずっと速い。それでも、初めての相手がレナルドだというのはラシェルにとっては幸せなことだ。初恋の人に抱いてもらえるなんて、夢のようだと思う。たとえそこに心が伴っていなくても。
その時、寝室の扉がゆっくりと開いた。ラシェルが入ってきたのとちょうど反対側にある黒い扉は、レナルドの私室に繋がるものだ。
厚手のガウンに身を包んだレナルドは、入浴後のせいか普段は斜めに流している前髪を少し上げている。額を出していることで端正な顔が更に際立って見えて、ラシェルは思わずぼうっと見惚れてしまった。きっちりと騎士服を着込んだ姿も素敵だが、こういう私的な姿も色気があってたまらない。
だが彼は、ラシェルを見て眉間に深い皺を刻んだ。
「……ラシェル嬢、そういうのは必要ない」
「え……」
「その格好は、きみの意思ではないだろう。うちの者が先走って余計な気を回したようだな」
レナルドは着ていたガウンを脱ぐと、ラシェルに差し出した。こちらを見ようともしない様子や、『ラシェル嬢』と他人行儀に呼ばれたことは、彼がラシェルを愛していないことを突きつけているようだ。分かっていても胸が苦しくなり、鼻の奥がつんと痛んだ。
「こ、これは私の意思です。私はレナルド様の妻になったのですから……。初夜なのに別々に眠るというのは、よくないと思います」
「だが」
「私たちが初夜から別々に眠るような冷え切った仲であると知られるのは、まずいでしょう。それぞれの派閥がヴァンタール侯爵家を引き入れるために、新たな妻候補を送り込んできますよ」
コレットに言われたことをそのまま告げれば、レナルドは言葉に詰まった。
「それは……そうかもしれないが」