塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 悲しそうな顔でそんなことを言われたら、隣に座らないわけにはいかない。ラシェルは小さく首を横に振ると、ソファへと近づいた。

「嫌じゃないです。ただ、お休みになるなら、私は邪魔になるんじゃないかと思って」

「ラシェルと一緒にいたほうが、俺はゆっくり休めるよ」

 ソファに腰を下ろした瞬間、レナルドの腕がラシェルの身体を引き寄せる。こんなに密着して座ったことなどなくて、ラシェルは一気に体温が上がったような気がしていた。

「結婚したことは忘れていても、ラシェルを愛する気持ちはちゃんと覚えてる」

 指先にラシェルの髪を一房絡めながら、レナルドは目を細める。そのまま彼は、手にした髪にそっと口づけた。

「レナルド、様」

「耳まで真っ赤だ、ラシェル。可愛い」

「……っ」

 更に強く抱き寄せられ、額に唇が押し当てられるのを感じて、ラシェルは小さく息をのむ。こんな甘い愛情表現を初めて向けられて、冷静ではいられない。

「いつか、ちゃんと思い出すから。どうか、こんな俺でも嫌いにならないで」

 耳元で囁くレナルドの声は、微かに震えているような気がした。彼も記憶を失って不安なのだろう。

 ラシェルは、腰に回されたレナルドの手にそっと触れた。彼がぴくりと身体を震わせたのを感じて、その手をしっかりと握りしめる。

「嫌いになるはずないです。私は……ずっとレナルド様のことが、好きですよ」

 彼を慰めるふりをしながら、ラシェルは心に秘めていた想いを告げる。記憶が戻ったら、前のような関係に戻ることは分かっている。だから、今だけは仲睦まじい夫婦でいたい。

 ラシェルの言葉に、レナルドは安心したように表情を緩めた。彼が笑ってくれるなら、この偽りの関係を続けることにもきっと意味がある。

 そう考えながら、ラシェルも意識して口角を引き上げた。
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