塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
「こうやってラシェルに触れていたら、すごく安心するんだ。何か思い出せそうな気がする」

「……っ」

 耳元で囁かれ、ラシェルは身体の力を抜いて抵抗をやめた。彼が記憶を取り戻すのを、妻として止めるわけにはいかないのだ。

 仲睦まじい夫婦だったと信じ込んでいるレナルドは、ラシェルにこんなにも甘く触れてくれる。偽りの関係だと分かっているのに、ずっと好きだった人に優しく抱きしめられたら離れられない。

 ラシェルの身体はしっかりと抱きしめられていて、薄い寝衣の布越しに伝わってくるぬくもりが幸せでたまらない。

 だけど、心の奥はどんどん冷え込んでいく一方だ。触れあえば触れあうほど、彼の記憶が戻った時のことが怖くてたまらない。

 鼻の奥がつんと痛んで涙が込み上げてくるのを感じて、ラシェルは強く目を閉じた。この状況で泣いてしまったら、レナルドの記憶が戻るのを恐れていることがバレてしまう。

 背を向けているからラシェルの表情には気づいていないだろうが、レナルドは背後からまるで慈しむようにラシェルの頭を撫でた。その優しい手に、新たな涙が浮かぶ。

「ラシェル、愛してる。この気持ちだけは疑わないで。きみは、俺にとって何より大切な人だ。結婚したことを忘れていたって、それだけは絶対に変わらない」

「分かって、ます」

「きっときみを不安にさせていると思う。どうして忘れてしまったんだって自分を殴りたいくらいだけど、ラシェルとこうしているとすごく落ち着くし、ずっとこうしたかったという気持ちになるんだ」

 低く優しい声が、触れあう肌を通じてラシェルの身体に染み込んでいく。それが嬉しくて幸せで、だけど同時に胸の奥が痛んで苦しくてたまらない。
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