塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
「ラシェル様、旦那様は……レナルド様はとても不器用な人なのです。きっと記憶を失う前だって、奥様のことを大切に想っておられました。ただ、それをうまく表現できなかっただけで」

「慰めてくれなくてもいいのよ。この結婚に愛がなかったことは、最初から分かっていたことだし、それを承知で私は嫁いできたんだもの」

 だから平気だと伝えるが、クレマンは首を横に振った。

「いいえ、慰めなどではありません。レナルド様からあんなにも明るい表情を引き出したのは、確かにラシェル様なのですから」

「それは、私を愛していたと勘違いしているからよ。本当のことを知ったら、元に戻るわ」

「勘違いで愛せるほど、人の心は単純ではありませんよ。あんな安らいだ顔をされるレナルド様は、我々も初めてで……」

 一度息を吐いたクレマンは、真剣な表情でラシェルをじっと見つめた。

「失礼を承知でお願いします。ラシェル様が不快でなければ、どうか今しばらくこのまま、レナルド様を見守ってくださいませんか。ラシェル様と一緒にいる時のレナルド様は、心の底から幸せそうなのです。幼い頃から見守ってきたあの方の幸せを、壊したくないのです」

「クレマン……。分かったわ、もうしばらく様子を見ることにします。私も、レナルド様と一緒に過ごすのは嫌じゃないもの」

「ありがとうございます、ラシェル様」

 深々と頭を下げる執事に、ラシェルは黙ってうなずいた。この家の主はレナルドだし、彼の幸せを願うのは使用人として当然のことだ。誰にも伝える気はないが、ラシェルだって、本心ではずっとこのままでいたいと思っているのだから。

 レナルドの記憶が戻ったら、その時はちゃんと謝罪しようと、ラシェルは覚悟を決めた。
< 55 / 167 >

この作品をシェア

pagetop