塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 至近距離で告げられた言葉に、鼓動が大きく跳ねた。まっすぐにラシェルを見下ろす緑の瞳が熱っぽく見えて、思わずぼうっと見つめ返してしまう。

「レナルド、様」

 思わず名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに頰を緩めた。そして返事をするように胸元へ口づけられる。ちくりと微かな痛みを感じ、また新たな印をつけられたのが分かった。

 本当に愛されていると思ってしてしまいそうだが、ラシェルはこれが真実でないことを知っている。

 記憶を失った彼の勘違いをそのままにして、このまま彼に抱かれることが、本当に正しいだろうか。

 苦しくなって思わず視線を逸らしたら、レナルドの手が頬に添えられて、再度彼を見るよう促された。

「ラシェル、よそ見しないで。俺だけを見ていて」

「……っ」

 緑の瞳が、愛おしそうにラシェルを見つめている。その瞳の奥には、嘘なんて見えない。当然だ、彼はラシェルを愛していると思い込んでいるのだから。

 この結婚は形だけだと冷たく言った彼は、ここにはいない。

 言葉に詰まっていると、レナルドは切なげに顔を歪めた。

「きみのことを忘れた俺に抱かれるのは……嫌?」

「そんなこと、ないです」

「じゃあ、どうしてそんなに苦しそうな顔をしてるの、ラシェル」

 彼のほうがよっぽど苦しそうな顔をしているが、レナルドはラシェルのことを気遣ってくれる。

 きっと彼は、記憶を失った自分が愛されないのではないかと不安なのだろう。

 だからラシェルは、疼く胸を抑えて懸命に口角を上げた。ラシェルが彼を愛していることだけは、間違いないから。

「……すごくドキドキしているから。それだけです」

「そうだな、鼓動がすごく速い」

 ラシェルの胸元に耳を押し当てて、レナルドは嬉しそうに口元を緩めた。どうやら誤魔化せたようなので、安心したラシェルはそっと息を吐くと、笑顔を浮かべて彼を見上げた。

「だから抱いてください、レナルド様」

「……っ、そんなこと言われたら、余裕がなくなってしまう。優しくしたいんだから、煽らないで」

 レナルドは目を見開いた後、手のひらで口元を覆ってしまった。頬どころか耳まで赤くなっているので、照れているらしい。

 何もかもが初夜とは違いすぎると思いながら、ラシェルはを全てをレナルドにゆだねるように身体の力を抜いた。

「愛してる、ラシェル。どうか俺を受け入れて。他の誰のことも考えられなくなるくらい、きみの心も身体も俺だけでいっぱいにしたい」

 重たいほどの独占欲をはらんだ言葉に、ラシェルの身体が熱くなった。
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