塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 イライラと足を踏み鳴らしながら、セヴランが吐き捨てるように言う。ラシェルは一言もついてきてほしいなんて言っていないし、彼はクッキーを作っている最中もそばでウロウロとしているだけで手伝おうともしなかった。正直なところ邪魔でしかないのだが、それを言えばセヴランは怒って面倒なことになるに違いない。セヴランの父親であるノディエ伯爵はこの孤児院にも多額の寄付をしている。彼の機嫌を損ねて寄付を取りやめにされれば、困るのは子供たちだ。

「いえ、セヴラン様もお忙しいでしょうから、無理に待っていただかなくても……」

「何、おれに帰ってほしいわけ?」

「いえ、そういうわけではないですけど」

「じゃあ問題ないだろ。おれが待っててやるって言ってるんだから」

 このまま不機嫌な彼にウロウロされても、子供たちが怖がるばかりなのだが、セヴランはラシェルを待つつもりらしい。

「……子供たちの様子を見てきます」

 内心ため息をついて、ラシェルはセヴランのもとを離れることにした。

 その時、庭の隅からつんざくような悲鳴が聞こえた。

「何……?」

 思わず視線を向けると、子供たちが勢いよくこちらに向かって駆けてくるのが見えた。その顔は皆、恐怖に歪んでいる。

「大変、ラシェルさま……、魔獣が、出た……!」

「嘘、魔獣……?」

 息を切らして地面に膝をついた子供が、喘ぐように言う。それを聞いて、ラシェルは目を見開いた。

「庭の、柵が壊れてて……。そこから入ってきて……」

 咳き込む子供の背中を撫でてやりながら、ラシェルは他の子供たちに急いで建物の中へ入るよう促す。

 ここの孤児院は山のふもとにあり、魔獣の棲息地にも近い。そのため、周囲を魔獣避けの柵で囲っているのだが、古くなった柵の一部が壊れていたらしい。
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