塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
「皆、急いで中に入って。院長先生に、魔獣が出たって伝えて」

 ラシェルの指示に、子供たちがうなずいて走っていく。孤児院から騎士団に救援を要請してもらえば、入り込んだ魔獣も駆除してもらえるだろう。

 そういえばセヴランの姿が見えないなと思って周囲を見回すと、彼は子供たちの先頭を切って建物に向かって走っていくところだった。自分の身を守ることしか考えていない様子に内心で嫌悪感を抱くが、今は彼に構っている場合ではない。ラシェルも、そばにいた幼い子供の手を引いて走りだした。

 だが、背後であがった悲鳴に思わず足を止めてしまう。

 振り返ると、地面にうずくまる少女を幼い少年が助け起こそうとしているところだった。

「エマ、ジャン!」

 仲のいい姉弟である二人はいつも一緒なのだが、エマは足が悪い。逃げようとしたものの、焦るあまりに杖をうまく使えず転倒してしまったようだ。

 ラシェルは手を繋いでいた幼児を別の子供に託して、姉弟のもとへと駆け寄った。

「エマ、立てる? 私の背中に乗って」

「ラシェルさま、でも」

「大丈夫、こう見えて私、結構力持ちなのよ」

 そう言って笑ってみせると、エマは申し訳なさそうな顔をしながらうなずいた。

 ジャンに杖を持ってもらい、エマを背負って立ち上がろうとした時、すぐそばで低い唸り声が聞こえた。

「……っ!」

 犬のような外見をした小型の魔獣が、こちらに向かって歯を剥いていた。犬とは違って額にはぼこぼことした黒い角が生えているし、涎を垂らす口元からのぞく牙は、鋭く長い。群れで入り込んだのか、数頭がラシェルたちを狙うように取り囲んでいた。
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