塩対応だった旦那様が記憶喪失になったら、執着溺愛して離してくれなくなりました
 もう会えることはないだろうけど、せめて彼の姿を目に焼きつけておこうと、ラシェルは遠くのレナルドをじっと見つめた。



 ラシェルにとっては懐かしい思い出のあるハンカチだが、まさかレナルドが今もあのハンカチを持っているとは思わなかった。

 あのあとレナルドと会うことはなかったし、ハンカチは破棄されているものだと思っていた。

 彼に命を救ってもらったことをきっかけに、ラシェルはレナルドへの淡い恋心を抱いた。だけど、身分が違いすぎて叶うはずのない恋であることは分かっていたから、誰にも言わずにいた。時々、夜会で遠くに彼の姿を目にするだけで、充分幸せだったのだ。

 だから、レナルドがハンカチを持っていた理由が分からない。彼は孤児院での出来事を覚えていないようだったし、結婚の申し込みをしてきた時だって初対面といった様子だった。

「……実は、レナルド様ってものすごく物持ちがいいのかしら?」

 腕を組んで考え込むものの、答えは出ない。

 あらためて問い詰めるのも変だし、ハンカチが自分のものだと説明するためには、レナルドに助けてもらった時のことを再度話す必要がある。ラシェルにとっては彼のことを好きになった大切な思い出だが、レナルドがそれを覚えていないことは分かっていても少しショックだったのだ。だから、もう一度同じ話をするのには躊躇ってしまう。また、「覚えてない」と言われるのはちょっとだけ切ないから。

「探し物のついでに出てきたって言ってたし、もしかしたら当時は返そうと思っていてくれたのを、すっかり忘れてしまっていたのかもしれないわね」

 ラシェルはそうつぶやいて、自分を納得させることにした。
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