最速ドラゴンライダーは偽英雄で王子の花嫁!
大空を横切った竜の騎影は競技場へと急降下した。その背に乗る彼女の赤い髪がなびき、青い瞳には興奮がたぎっている。
歓声と罵声が飛び交う中を冷静に着陸し、審判が旗を上げて宣言する。
「優勝、アミーリア・リディン・ラスカーフィールド! 十六歳!」
「あああああ!」
アミーリアはガッツポーズと共に雄たけびを上げた。
やった、やったよ、父さん! この国で一番のドラゴンレースで勝ったよ!
アミーリアはするりと竜の背から降りて緑色の首を撫でた。
「ありがとう、レジー!」
竜は答えるように、くう、と鳴いた。そんなレジーが愛しくて、ぽんぽんと首を軽く叩く。
顔を上げたアミーリアは両手を振り、歓声に応える。
優勝なんて足がかりにすぎない。立派なドラゴンライダーになって、父さんの汚名を晴らして見せる!
***
一年後、アミーリアは生まれ育ったシェリオン王国の国家公務員となっていた。伝令として竜で空を飛び、国の司令を各地に伝えている。
竜は貴族や王族しか飼えないほど維持費がかかる。
竜騎士の家系だったアミーリア家にも竜がいて、父が竜騎士だったから維持するのに充分な給金をもらっていた。
父の騎竜が卵を産むのとアミーリアが生まれるのは同時だった。交尾をさせたことがないのに、と父は驚いたのだと聞いた。
竜は外見からは性別がわからず、発情期で、あるいは卵が産まれて初めて性別がわかることが珍しくない。父はこのときまでずっと、相棒の竜が発情期のないオスだと思っていたのだ。
子竜は自然とアミーリアと仲良くなり、彼女の騎竜となった。
だが、二頭を維持するのはなまなかなことではない。なんといっても餌代がかかる。
それでも父は竜を手放さなかった。竜騎士としての仕事をこなし、母も働いてなんとか家計を維持していた。
ある日、竜の子を譲ってくれと言う貴族がいた。竜は貴重だから高額で売れる。貧しい彼女の家には朗報と言っていい。
だが、それを知らないアミーリアが泣いて嫌がったので、断ったという。
彼女は喜び、父に言った。
「私も立派な竜騎士になる!」
父は苦笑した。
「女の子は竜騎士にはなれないんだよ」
「なれるよ! 私だって竜に乗れるもん!」
「そうか……アミーリアは初めての女騎士になるかもしれないなあ」
幼い子のたわごと、と父はとらえたようだった。
だが、それでもアミーリアの夢を大事にして竜の乗り方、操り方を教えてくれた。
竜を二頭も維持するのは大変だっただろう。維持費のせいで徐々に生活はきりつめられていった。
父は積極的に仕事をして、ある日、伝令の仕事中に竜から墜落して命を落とした。
竜騎士が竜から落ちるのは一番の不名誉とされている。竜との絆を築けなかったから落ちるのだと。
なにかあったに違いない。
そう思ったのはアミーリアだけで、墜落は過労による残念な事故として処理された。
父の死後、同僚だった男性があれこれと気を配ってくれて、国が行った競竜大会に出場し、優勝して伝令の仕事を得ることができた。
父の言う通り、竜騎士になることはできなかった。だが、国で初めての女性ドラゴンライダーとして伝令の仕事につけた。これは誇っていいと信じている。
そうしてアミーリアは今日も竜を駆る。
***
青空に飛び出したアミーリアは、大きく深呼吸をした。
「気持ちいい!」
風を切る竜から振り返ると、城がもう小さく見える。城の周りにある街の建物もどんどん小さくなっていく。
ある程度の高度まで行くと、竜は安定飛行に入った。
「今日は短距離の連絡だから楽ね」
隣の伯爵の領地までの連絡だ。
上司から預かった王家の書簡は丸い筒に収められ、厳重に封が施された上でアミーリアが背負っている。
最近、王女と伯爵令息との婚姻の噂があるから、それに関する書類かもしれない。
ふと見ると、その紐がちぎれかかっているのが見えた。
「皮の紐なのに。届けるまでもつかな」
落下はあってはならないミスだ。落ちた物品が人の頭に当たって死亡した事故もあり、重大事案として処罰の対象となる。王家の書簡ともなればどう責任をとらされるかわからず、最悪は死刑になってもおかしくない。
絶対に落とせない、と筒の紐を手にしたときだった。
地上から炎の柱が飛んできて、手綱をひいた。
竜はのけぞるように炎を避け、アミーリアは落ちないようにふんばる。
ぶち!
千切れる音がした、と思った直後、書簡の入った筒が落ちて行くのが見えた。
「あ!」
必死に手を伸ばすが、当然、届くわけもない。
「追って!」
レジーに足と手綱で急降下を指示する。
が、書簡に追い付くわけもなく、森の中に落ちる筒を見ながら、急減速して木にぶつからないようにレジーをホバリングさせる。
「どうしよ……」
国の大事な書類。余人の手に渡すわけにはいかない。
「探しに行かないと……」
アミーリアはすぐさま竜が降りられそうな場所を探す。
少し開けた場所があり、そこにレジーを下ろした。
「待っててね。変な人が来たらすぐに逃げるのよ」
アミーリアが声をかけると、レジーは「くう」と返事をする。
見つかるのかな。
アミーリアは冷や汗を流した。
書類になにが書かれているのかは知らない。国の書簡だからどれも大事なものであり、万が一紛失したとなれば、最悪は死刑だってありうる。
「そんなことになれば母さんがどんなことになるか……」
父の不名誉に続いて自分が不名誉をなせば、残された母がどんな不遇をかこつことになるか。父が亡くなった当時、追うように竜が亡くなったことについても責任を問う声が上がったほどだ。
あっちに落ちたはず。
必死に走ったアミーリアは予想外の光景に出くわしを足を止めた。
葉を茂らせた木々の下に狼の魔獣の死体があり、黒髪の男性が血だらけで剣を握っている。その呼吸は荒く、肩で息をしていた。
「誰だ!」
振り返った男は殺気立っており、アミーリアは緑の瞳に射すくめられた。
「あ、あの……」
「官服……公務員だな」
「魔獣に襲われたんですか?」
「なにしに来た」
剣を向けられ、アミーリアはむっとした。
距離があるからすぐにどうこうはならないだろうが、剣を向けられて平気ではいられない。
「落とし物を探しに来ただけです」
「落とし物とは」
「言えません」
「ならば敵とみなす」
「はあ!?」
アミーリアは声を上げる。
「さきほどは魔獣をけしかけられた。お前がそいつらの仲間でない保証はない」
「そんなことできるかどうかくらい、見たらわかりますよね?」
しがないドラゴンライダーだ。いや、竜に乗る時点で一般から見たら普通ではないのだけど。
男はアミーリアをにらみつけ、しばらくしてから剣についた血を払い、鞘に戻した。
「確かに、お前には無理だろうな」
それはそれで腹が立つ、と思いながらもホッとした。そうして、はっとして尋ねる。
「この辺に筒が落ちてきませんでしたか?」
「それなら」
魔獣の首の下あたりに手をつっこんだあと、彼はなにかを引き出した。
「それ! 私の!」
アミーリアは慌てて駆け寄るが、彼は手をひょいと上げてアミーリアを避ける。
「お前のじゃないだろう。王家の紋章がある」
なんてめざとい。
アミーリアは男をにらんだ。
「返して!」
「官服、王家の紋章の書簡……お前、伝令か?」
「だったらなに!」
「女のドラゴンライダーがひとりだけいると聞いたな。ドラゴンレースで最年少優勝、女性として初であり、当時の記録は誰も破れず、我が国最速と言われているとか」
まずい。
アミーリアは顔をひきつらせ、ぴょんぴょん飛んで書簡を取り戻そうとするが、背の高い男が掲げている筒には手が届かない。
「返してほしければ、条件がある」
「なんですかっ」
必死に手を伸ばしながらアミーリアは答える。
「まず、俺を竜に乗せて城に戻れ」
「はあ!?」
「俺が誰かわからないか」
アミーリアは胡散臭げに彼を見た。
黒髪に緑の瞳。整った顔立ち。会ったことはまったくない。
「俺はこの国の第一王子、ライアン・フェアリス・ミュアードだ。ただちに俺を連れて城に戻れ」
「はああ!?」
アミーリアは再び素っ頓狂な声を上げた。
「そうすればお前は俺を助けた英雄だぞ」
「英雄!?」
そんな名誉、欲しいに決まってる。だが。
「あなたが王子だという証拠は?」
一国の王子が供も連れずにこんな森の中にいるなんて不自然だ。彼のものらしい馬は血の海の中、無残に転がっている。魔獣に殺されたのだろうか。
「用心深いな」
彼は胸元に手をやり、ペンダントを取り出した。
「王家の紋章だ。これで文句はなかろう」
見せられた緑の石に刻まれているのは、確かに王家の紋章だ。
「でも、どうやって私が英雄に?」
「これから話すのは事実だが、俺が戦っている最中、この筒が落ちて魔獣使いの頭に当たった。それで精神集中が途切れ、魔獣が一瞬、呆けたようになった。おかげでとどめを刺せた。魔獣使いは逃げたから追手を出さなくてはならない」
そんな間抜けなことがあるだろうか。いや、だが実際に落下物で死傷した事故は今までにも発生している。
「あ、さっきの炎の柱って、もしかしてあなたが?」
「そうだ」
「危ないじゃない、私は危うく死ぬところだったんだから!」
「こっちだって死にそうだったんだ。許せ」
不快気に眉を寄せるライアンに、アミーリアはむっと怒りを見せる。
ライアンは疲れたようにため息をついた。
「もういい、竜をよこせ。乗って帰る」
「ダメよ、レジーは私しか乗せないの。そもそも乗れるの?」
「俺を誰だと思ってる」
「……そういえば、第一王子は黄金の竜を騎竜にしてるって噂が」
「事実だ」
アミーリアは目をきらきらさせた。
「本当に黄金なの? 目の色も黄金なの? 銀の竜だけをツガイにするって本当?」
「いい加減に送れ!」
苛立ったライアンの怒声は森中に響き、鳥が逃げ出すほどだった。
結局、アミーリアはライアンとともにレジーに騎乗した。
「あんまりくっつかないでよ!」
アミーリアは後ろに乗ったライアンに文句を言う。魔獣の返り血が臭いのは我慢するとして、男にひっつかれたくはない。
「仕方ないだろ、俺を落としたら死刑だぞ。俺を置いていったら逮捕させる」
「最悪!」
アミーリアは悪態をついて飛び立つ。
「変なところ触ったら振り落とすから」
「お前の貧弱な体に欲情はしない」
「失礼すぎ!」
振り落としたい誘惑を、かろうじてこらえた。
「約束通り、英雄にしてよね。この書簡を落としたことは内緒よ!?」
「わかっている。俺が襲われているのを見かけたお前が竜で助けに入ったことにしてやる」
アミーリアは騎士ではないし竜を使って攻撃させることはできない。むしろ大事なレジーを攻撃に使うなんてしたくない。だが、一般に竜は恐れられている。だから竜を見せ付けただけで敵が逃げたと主張してもなんら不自然ではない。
「この竜、小さいな。子どもか?」
「成竜よ。私が乗るにはちょうどいいわ」
強気で言い返すアミーリアの胸がちくりと痛む。
竜は二度の脱皮をして成竜となる。レジーは成竜だが、成長期に充分な餌をあげられず、そのせいで小さいのだ。
城についたアミーリアは城の警備隊員の誘導で降竜場に降下した。
「戻りが早いな。なにかあったのか」
「それが」
アミーリアが説明するより早く、出迎えた男は硬直した。
「殿下!」
「出迎えご苦労」
本当に王子だった、と目を丸くするアミーリアに、彼はにやりと不敵に笑った。
書簡を届けるため、アミーリアは再び飛び立った。任務を終えて戻ると、上司に呼び出される。王子を助けたなんて伝令部の誉れだと、興奮とともに褒められた。
その後、王子に呼ばれていると言われ、侍従に案内されて彼の執務室に赴く。
彼は部屋にひとりだった。
侍従も下がると部屋にふたりきりになる。
「よく来た」
執務机の向こうで椅子に座ったまま、彼が言う。
「来るしかないじゃない……じゃなかった、王子殿下におかれましてはご機嫌うるさい……うるわしくあらられ……あらわせま……?」
なんだっけ、とうろたえると、くすっと笑われてむっとした。
「無理しなくていい」
彼はリラックスした様子で片肘をつき、頬をその手に乗せる。
「無理じゃないです」
つんと視線を逸らすと、嫌でも部屋の豪華さが目に付いた。壁の装飾が見事だし、かけられたタペストリーも見事。窓枠にすら装飾が入っていて、アミーリアはあきれた。こんな贅沢、無駄にしか思えない。
「取引がしたい」
「なんの?」
あっさり崩れた口調に、ライアンはまた微笑する。
「書簡を落としたことを黙っておいてやるから、俺に協力しろ」
「約束通り城に送りとどけたじゃない!」
「臣下として当然の義務だ。それに俺は『まず』と言った」
さらっという彼に、あのとき置き去りにすればよかったと怒りがわく。
「それで、取引って」
「俺の婚約者になってくれ」
「はあ!?」
驚くアミーリアに、彼はにやにやと笑いをこぼす。
面白がられていると察し、アミーリアはまたむっとした。
「冗談はいいから、本題は?」
「これが本題だ」
不信の目を向けるアミーリアに彼は続ける。
「縁談が多くて面倒でな。お前が偽装の婚約者になってくれれば助かる」
「身分が違うから無理でしょ?」
「お前は俺を助けた救世主。充分に資格がある」
やられた。
アミーリアは悔しく唇をゆがめた。もしかして、あのとき彼はここまで計算して「英雄にしてやる」と言ったのだろうか。
「偽装でいい。婚約したら俺の竜に乗せてやる。興味あるだろう、黄金の竜」
アミーリアは目を見開いた。
「本当に!?」
「ああ、乗りたいだろう?」
挑発するように言われ、アミーリアの心が揺れる。
乗りたい。
だけど。
レジーの無邪気な顔が浮かび、アミーリアはぐっとこらえる。
「浮気はしちゃダメだと思うから……」
「浮気じゃないだろ」
あきれるライアンに、アミーリアは両の手の平を見せて拒絶する。
「ダメ、誘惑しないで。ああ、でも黄金の竜……」
「俺より竜かよ」
「だって貴重な竜だよ? めったに生まれなくって記録は火事でなくなって、今回、百年ぶりでしょう?」
「三百年ぶりだ」
不満そうな彼は立ち上がり、アミーリアの隣に立つ。
アミーリアはどきっとした。
改めて見る彼は王子の威厳が漂い、整った怜悧な顔のせいもあって迫力がある。
「お前のことを調べさせた。父親が竜から墜落死したのだな」
ぴく、とアミーリアの頬がひきつった。
「父の名誉を取り戻したい、と日頃から言っているそうだが」
「墜落の原因はろくに捜査してもらえなかった」
重要な任務で、父の同僚と一緒に飛んでいたという。
同僚は落ちる場面を見ておらず、落下の原因はうやむやのままだ。
「俺が父親の名誉を戻してやろう」
「本当に!?」
「俺が一筆書いてやる。父親は任務中の名誉ある死だったと」
言われたアミーリアは首を振った。
「それじゃダメよ。ちゃんと調べてほしい」
「何年も前の事故だろ?」
「二年前よ」
事故当時十五歳だった自分はもう十七歳になった。
「本人の不手際による墜落だったらどうする気だ」
「そんなこと絶対にない!」
「調べるほうが手間なんだがな」
ライアンは面倒そうに髪をかき上げた。
「だったら婚約しない」
「書簡を落としたことをばらすぞ?」
「王子たるもの、そんな卑怯なことはしないよね。それに私が助けたって言ったあとなんだから、違うことを言ったら信用がなくなるだけでしょ」
ライアンは面白そうに目を細めた。
「多少の知恵は回るようだな」
「いちいちかちんと来るわね」
アミーリアは嫌悪に目を細めるが、ライアンはくくっと笑うだけだった。
「わかった。調べてやる」
「本当に!?」
「だから偽装婚約は頼んだぞ」
「了解!」
アミーリアが竜騎士の真似をした敬礼を返すと、ライアンはまた笑った。
第一話 終
歓声と罵声が飛び交う中を冷静に着陸し、審判が旗を上げて宣言する。
「優勝、アミーリア・リディン・ラスカーフィールド! 十六歳!」
「あああああ!」
アミーリアはガッツポーズと共に雄たけびを上げた。
やった、やったよ、父さん! この国で一番のドラゴンレースで勝ったよ!
アミーリアはするりと竜の背から降りて緑色の首を撫でた。
「ありがとう、レジー!」
竜は答えるように、くう、と鳴いた。そんなレジーが愛しくて、ぽんぽんと首を軽く叩く。
顔を上げたアミーリアは両手を振り、歓声に応える。
優勝なんて足がかりにすぎない。立派なドラゴンライダーになって、父さんの汚名を晴らして見せる!
***
一年後、アミーリアは生まれ育ったシェリオン王国の国家公務員となっていた。伝令として竜で空を飛び、国の司令を各地に伝えている。
竜は貴族や王族しか飼えないほど維持費がかかる。
竜騎士の家系だったアミーリア家にも竜がいて、父が竜騎士だったから維持するのに充分な給金をもらっていた。
父の騎竜が卵を産むのとアミーリアが生まれるのは同時だった。交尾をさせたことがないのに、と父は驚いたのだと聞いた。
竜は外見からは性別がわからず、発情期で、あるいは卵が産まれて初めて性別がわかることが珍しくない。父はこのときまでずっと、相棒の竜が発情期のないオスだと思っていたのだ。
子竜は自然とアミーリアと仲良くなり、彼女の騎竜となった。
だが、二頭を維持するのはなまなかなことではない。なんといっても餌代がかかる。
それでも父は竜を手放さなかった。竜騎士としての仕事をこなし、母も働いてなんとか家計を維持していた。
ある日、竜の子を譲ってくれと言う貴族がいた。竜は貴重だから高額で売れる。貧しい彼女の家には朗報と言っていい。
だが、それを知らないアミーリアが泣いて嫌がったので、断ったという。
彼女は喜び、父に言った。
「私も立派な竜騎士になる!」
父は苦笑した。
「女の子は竜騎士にはなれないんだよ」
「なれるよ! 私だって竜に乗れるもん!」
「そうか……アミーリアは初めての女騎士になるかもしれないなあ」
幼い子のたわごと、と父はとらえたようだった。
だが、それでもアミーリアの夢を大事にして竜の乗り方、操り方を教えてくれた。
竜を二頭も維持するのは大変だっただろう。維持費のせいで徐々に生活はきりつめられていった。
父は積極的に仕事をして、ある日、伝令の仕事中に竜から墜落して命を落とした。
竜騎士が竜から落ちるのは一番の不名誉とされている。竜との絆を築けなかったから落ちるのだと。
なにかあったに違いない。
そう思ったのはアミーリアだけで、墜落は過労による残念な事故として処理された。
父の死後、同僚だった男性があれこれと気を配ってくれて、国が行った競竜大会に出場し、優勝して伝令の仕事を得ることができた。
父の言う通り、竜騎士になることはできなかった。だが、国で初めての女性ドラゴンライダーとして伝令の仕事につけた。これは誇っていいと信じている。
そうしてアミーリアは今日も竜を駆る。
***
青空に飛び出したアミーリアは、大きく深呼吸をした。
「気持ちいい!」
風を切る竜から振り返ると、城がもう小さく見える。城の周りにある街の建物もどんどん小さくなっていく。
ある程度の高度まで行くと、竜は安定飛行に入った。
「今日は短距離の連絡だから楽ね」
隣の伯爵の領地までの連絡だ。
上司から預かった王家の書簡は丸い筒に収められ、厳重に封が施された上でアミーリアが背負っている。
最近、王女と伯爵令息との婚姻の噂があるから、それに関する書類かもしれない。
ふと見ると、その紐がちぎれかかっているのが見えた。
「皮の紐なのに。届けるまでもつかな」
落下はあってはならないミスだ。落ちた物品が人の頭に当たって死亡した事故もあり、重大事案として処罰の対象となる。王家の書簡ともなればどう責任をとらされるかわからず、最悪は死刑になってもおかしくない。
絶対に落とせない、と筒の紐を手にしたときだった。
地上から炎の柱が飛んできて、手綱をひいた。
竜はのけぞるように炎を避け、アミーリアは落ちないようにふんばる。
ぶち!
千切れる音がした、と思った直後、書簡の入った筒が落ちて行くのが見えた。
「あ!」
必死に手を伸ばすが、当然、届くわけもない。
「追って!」
レジーに足と手綱で急降下を指示する。
が、書簡に追い付くわけもなく、森の中に落ちる筒を見ながら、急減速して木にぶつからないようにレジーをホバリングさせる。
「どうしよ……」
国の大事な書類。余人の手に渡すわけにはいかない。
「探しに行かないと……」
アミーリアはすぐさま竜が降りられそうな場所を探す。
少し開けた場所があり、そこにレジーを下ろした。
「待っててね。変な人が来たらすぐに逃げるのよ」
アミーリアが声をかけると、レジーは「くう」と返事をする。
見つかるのかな。
アミーリアは冷や汗を流した。
書類になにが書かれているのかは知らない。国の書簡だからどれも大事なものであり、万が一紛失したとなれば、最悪は死刑だってありうる。
「そんなことになれば母さんがどんなことになるか……」
父の不名誉に続いて自分が不名誉をなせば、残された母がどんな不遇をかこつことになるか。父が亡くなった当時、追うように竜が亡くなったことについても責任を問う声が上がったほどだ。
あっちに落ちたはず。
必死に走ったアミーリアは予想外の光景に出くわしを足を止めた。
葉を茂らせた木々の下に狼の魔獣の死体があり、黒髪の男性が血だらけで剣を握っている。その呼吸は荒く、肩で息をしていた。
「誰だ!」
振り返った男は殺気立っており、アミーリアは緑の瞳に射すくめられた。
「あ、あの……」
「官服……公務員だな」
「魔獣に襲われたんですか?」
「なにしに来た」
剣を向けられ、アミーリアはむっとした。
距離があるからすぐにどうこうはならないだろうが、剣を向けられて平気ではいられない。
「落とし物を探しに来ただけです」
「落とし物とは」
「言えません」
「ならば敵とみなす」
「はあ!?」
アミーリアは声を上げる。
「さきほどは魔獣をけしかけられた。お前がそいつらの仲間でない保証はない」
「そんなことできるかどうかくらい、見たらわかりますよね?」
しがないドラゴンライダーだ。いや、竜に乗る時点で一般から見たら普通ではないのだけど。
男はアミーリアをにらみつけ、しばらくしてから剣についた血を払い、鞘に戻した。
「確かに、お前には無理だろうな」
それはそれで腹が立つ、と思いながらもホッとした。そうして、はっとして尋ねる。
「この辺に筒が落ちてきませんでしたか?」
「それなら」
魔獣の首の下あたりに手をつっこんだあと、彼はなにかを引き出した。
「それ! 私の!」
アミーリアは慌てて駆け寄るが、彼は手をひょいと上げてアミーリアを避ける。
「お前のじゃないだろう。王家の紋章がある」
なんてめざとい。
アミーリアは男をにらんだ。
「返して!」
「官服、王家の紋章の書簡……お前、伝令か?」
「だったらなに!」
「女のドラゴンライダーがひとりだけいると聞いたな。ドラゴンレースで最年少優勝、女性として初であり、当時の記録は誰も破れず、我が国最速と言われているとか」
まずい。
アミーリアは顔をひきつらせ、ぴょんぴょん飛んで書簡を取り戻そうとするが、背の高い男が掲げている筒には手が届かない。
「返してほしければ、条件がある」
「なんですかっ」
必死に手を伸ばしながらアミーリアは答える。
「まず、俺を竜に乗せて城に戻れ」
「はあ!?」
「俺が誰かわからないか」
アミーリアは胡散臭げに彼を見た。
黒髪に緑の瞳。整った顔立ち。会ったことはまったくない。
「俺はこの国の第一王子、ライアン・フェアリス・ミュアードだ。ただちに俺を連れて城に戻れ」
「はああ!?」
アミーリアは再び素っ頓狂な声を上げた。
「そうすればお前は俺を助けた英雄だぞ」
「英雄!?」
そんな名誉、欲しいに決まってる。だが。
「あなたが王子だという証拠は?」
一国の王子が供も連れずにこんな森の中にいるなんて不自然だ。彼のものらしい馬は血の海の中、無残に転がっている。魔獣に殺されたのだろうか。
「用心深いな」
彼は胸元に手をやり、ペンダントを取り出した。
「王家の紋章だ。これで文句はなかろう」
見せられた緑の石に刻まれているのは、確かに王家の紋章だ。
「でも、どうやって私が英雄に?」
「これから話すのは事実だが、俺が戦っている最中、この筒が落ちて魔獣使いの頭に当たった。それで精神集中が途切れ、魔獣が一瞬、呆けたようになった。おかげでとどめを刺せた。魔獣使いは逃げたから追手を出さなくてはならない」
そんな間抜けなことがあるだろうか。いや、だが実際に落下物で死傷した事故は今までにも発生している。
「あ、さっきの炎の柱って、もしかしてあなたが?」
「そうだ」
「危ないじゃない、私は危うく死ぬところだったんだから!」
「こっちだって死にそうだったんだ。許せ」
不快気に眉を寄せるライアンに、アミーリアはむっと怒りを見せる。
ライアンは疲れたようにため息をついた。
「もういい、竜をよこせ。乗って帰る」
「ダメよ、レジーは私しか乗せないの。そもそも乗れるの?」
「俺を誰だと思ってる」
「……そういえば、第一王子は黄金の竜を騎竜にしてるって噂が」
「事実だ」
アミーリアは目をきらきらさせた。
「本当に黄金なの? 目の色も黄金なの? 銀の竜だけをツガイにするって本当?」
「いい加減に送れ!」
苛立ったライアンの怒声は森中に響き、鳥が逃げ出すほどだった。
結局、アミーリアはライアンとともにレジーに騎乗した。
「あんまりくっつかないでよ!」
アミーリアは後ろに乗ったライアンに文句を言う。魔獣の返り血が臭いのは我慢するとして、男にひっつかれたくはない。
「仕方ないだろ、俺を落としたら死刑だぞ。俺を置いていったら逮捕させる」
「最悪!」
アミーリアは悪態をついて飛び立つ。
「変なところ触ったら振り落とすから」
「お前の貧弱な体に欲情はしない」
「失礼すぎ!」
振り落としたい誘惑を、かろうじてこらえた。
「約束通り、英雄にしてよね。この書簡を落としたことは内緒よ!?」
「わかっている。俺が襲われているのを見かけたお前が竜で助けに入ったことにしてやる」
アミーリアは騎士ではないし竜を使って攻撃させることはできない。むしろ大事なレジーを攻撃に使うなんてしたくない。だが、一般に竜は恐れられている。だから竜を見せ付けただけで敵が逃げたと主張してもなんら不自然ではない。
「この竜、小さいな。子どもか?」
「成竜よ。私が乗るにはちょうどいいわ」
強気で言い返すアミーリアの胸がちくりと痛む。
竜は二度の脱皮をして成竜となる。レジーは成竜だが、成長期に充分な餌をあげられず、そのせいで小さいのだ。
城についたアミーリアは城の警備隊員の誘導で降竜場に降下した。
「戻りが早いな。なにかあったのか」
「それが」
アミーリアが説明するより早く、出迎えた男は硬直した。
「殿下!」
「出迎えご苦労」
本当に王子だった、と目を丸くするアミーリアに、彼はにやりと不敵に笑った。
書簡を届けるため、アミーリアは再び飛び立った。任務を終えて戻ると、上司に呼び出される。王子を助けたなんて伝令部の誉れだと、興奮とともに褒められた。
その後、王子に呼ばれていると言われ、侍従に案内されて彼の執務室に赴く。
彼は部屋にひとりだった。
侍従も下がると部屋にふたりきりになる。
「よく来た」
執務机の向こうで椅子に座ったまま、彼が言う。
「来るしかないじゃない……じゃなかった、王子殿下におかれましてはご機嫌うるさい……うるわしくあらられ……あらわせま……?」
なんだっけ、とうろたえると、くすっと笑われてむっとした。
「無理しなくていい」
彼はリラックスした様子で片肘をつき、頬をその手に乗せる。
「無理じゃないです」
つんと視線を逸らすと、嫌でも部屋の豪華さが目に付いた。壁の装飾が見事だし、かけられたタペストリーも見事。窓枠にすら装飾が入っていて、アミーリアはあきれた。こんな贅沢、無駄にしか思えない。
「取引がしたい」
「なんの?」
あっさり崩れた口調に、ライアンはまた微笑する。
「書簡を落としたことを黙っておいてやるから、俺に協力しろ」
「約束通り城に送りとどけたじゃない!」
「臣下として当然の義務だ。それに俺は『まず』と言った」
さらっという彼に、あのとき置き去りにすればよかったと怒りがわく。
「それで、取引って」
「俺の婚約者になってくれ」
「はあ!?」
驚くアミーリアに、彼はにやにやと笑いをこぼす。
面白がられていると察し、アミーリアはまたむっとした。
「冗談はいいから、本題は?」
「これが本題だ」
不信の目を向けるアミーリアに彼は続ける。
「縁談が多くて面倒でな。お前が偽装の婚約者になってくれれば助かる」
「身分が違うから無理でしょ?」
「お前は俺を助けた救世主。充分に資格がある」
やられた。
アミーリアは悔しく唇をゆがめた。もしかして、あのとき彼はここまで計算して「英雄にしてやる」と言ったのだろうか。
「偽装でいい。婚約したら俺の竜に乗せてやる。興味あるだろう、黄金の竜」
アミーリアは目を見開いた。
「本当に!?」
「ああ、乗りたいだろう?」
挑発するように言われ、アミーリアの心が揺れる。
乗りたい。
だけど。
レジーの無邪気な顔が浮かび、アミーリアはぐっとこらえる。
「浮気はしちゃダメだと思うから……」
「浮気じゃないだろ」
あきれるライアンに、アミーリアは両の手の平を見せて拒絶する。
「ダメ、誘惑しないで。ああ、でも黄金の竜……」
「俺より竜かよ」
「だって貴重な竜だよ? めったに生まれなくって記録は火事でなくなって、今回、百年ぶりでしょう?」
「三百年ぶりだ」
不満そうな彼は立ち上がり、アミーリアの隣に立つ。
アミーリアはどきっとした。
改めて見る彼は王子の威厳が漂い、整った怜悧な顔のせいもあって迫力がある。
「お前のことを調べさせた。父親が竜から墜落死したのだな」
ぴく、とアミーリアの頬がひきつった。
「父の名誉を取り戻したい、と日頃から言っているそうだが」
「墜落の原因はろくに捜査してもらえなかった」
重要な任務で、父の同僚と一緒に飛んでいたという。
同僚は落ちる場面を見ておらず、落下の原因はうやむやのままだ。
「俺が父親の名誉を戻してやろう」
「本当に!?」
「俺が一筆書いてやる。父親は任務中の名誉ある死だったと」
言われたアミーリアは首を振った。
「それじゃダメよ。ちゃんと調べてほしい」
「何年も前の事故だろ?」
「二年前よ」
事故当時十五歳だった自分はもう十七歳になった。
「本人の不手際による墜落だったらどうする気だ」
「そんなこと絶対にない!」
「調べるほうが手間なんだがな」
ライアンは面倒そうに髪をかき上げた。
「だったら婚約しない」
「書簡を落としたことをばらすぞ?」
「王子たるもの、そんな卑怯なことはしないよね。それに私が助けたって言ったあとなんだから、違うことを言ったら信用がなくなるだけでしょ」
ライアンは面白そうに目を細めた。
「多少の知恵は回るようだな」
「いちいちかちんと来るわね」
アミーリアは嫌悪に目を細めるが、ライアンはくくっと笑うだけだった。
「わかった。調べてやる」
「本当に!?」
「だから偽装婚約は頼んだぞ」
「了解!」
アミーリアが竜騎士の真似をした敬礼を返すと、ライアンはまた笑った。
第一話 終


