私こそが伝説、世界の頂点に立つ女よ
第1話
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カシミアは王室にいた。教育熱心な父親が不在中なのをいいことに、趣味のヨーヨーで遊んでいる。
ここはアーリング島。男しかいない島ということで、男島とも呼ばれる。アーリング島出身の男が子どもを作ると、生まれるのは決まってひとりの男児だけ。よその女性との間に子どもを作れば、子だけ引き取って、妻とは離ればなれで暮らさなければならないのが島の掟だ(よって、結婚相手はそこに理解のある女性の必要がある)。
カシミアも他の島民と同じように、兄弟姉妹はいないひとりっ子。王の息子であるカシミアは王子でもある。
王である父・ボージャスは遠征中。父が戻るまでの間、息子のカシミアがすべての権限を任されている。自分は指揮をとるのに向いていないと感じているカシミアには、荷が重かった。
現在、十六歳のカシミア。歴代の王たちの平均初婚年齢を考えると、そろそろ結婚相手を探さなければならない年齢だ。アーリング島の男たちは基本的に女島と呼ばれるクボ島の女性と結婚していて、カシミアの母・ブハリもその島にいる。しかし、カシミアにとって、クボ島に結婚したいと思える女性はいなかった(女島で女子が生まれないとなると、本来ならクボ島の人口は減る一方だが、クボ島は世の女性に人気の島で次から次に移住者がやって来るのため、人口過疎に悩むことはない)。
現在、カシミアの他に王室にいるのは側近のムラケイだけ。年齢は二十三歳。身長百九十二センチメートルの、坊主頭で屈強な男だ。カシミアにとっては少し年の離れた兄のような存在でもある。
ムラケイは窓から島の外の様子を見ていた。その途中、異変があったようで、双眼鏡を慌てて持って、覗き込む。
「あれは――まずい! デッドマウスだ!」
ムラケイが叫ぶ。
「デッドマウス?」
「五人組女海賊グループの名前です。リーダーのヴィニシウスは世界中の領土を欲しているといううわさです」
カシミアはムラケイから双眼鏡を借りて、レンズ越しに目の前の海を見た。島には一隻の海賊船が近づいている。黒い海賊旗にはデッドマウスの名をあらわすように、白いネズミのイラストが描かれてあった。
この世の中、海賊になろうとするのは男ばかりで、女海賊はほぼいない。男社会のこの世界で、そのような女性グループがいるのか――と、カシミアは思う。
カシミアはムラケイとともに山の頂に立つ城(ストーンズ城)を出て、馬に乗って岸へと向かった。
デッドマウスはすでに船をおりて、島に侵入していた。Vの字となるよう、中央の女性がひとりだけ他の四人より前に立って、等間隔で並んでいる。男島に住むカシミアは女性と関わる機会がほとんどない。あっても、母親くらいだ。久しぶりに見た若い女性に、カシミアの心はどきどきとする。
女性は男にとって魅力的な存在ゆえに危険だと、島の教育によって教えられてきた。女性に溺れて破滅の人生を送ったり、女性が加わったことで壊れたコミュニティーは数知れずなことは、歴史が物語っている。女性は男社会の秩序に混乱をもたらす存在だと。そんな考えもあって、アーリング島は古来より女人禁制としている。
「王子、中央にいるのがヴィニシウスです」
ムラケイがカシミアにこそっと伝えた。
カシミアはヴィニシウスを見る。海賊帽を頭にかぶっていて、コートを肩にかけてあった。腰から下の部分はショートパンツにブーツという組み合わせ。カシミアが想像する女海賊らしい恰好をしている。身長は百七十センチメートルくらいだろう。腕を組んだまま、島民たちを見ていた。
胸より下まで伸びた茶色い髪の毛先は、ウェーブがかかっている。ぱっちりとした大きな目に、厚い唇。丸みをおびた、女性的で愛らしい輪郭。
カシミアは世界のすべてを知っているわけではない。しかし、あれ以上の美人は、この世のどこを探してもいないことを確信する。カシミアはヴィニシウスの美しさに一瞬にして心を奪われた。
「お前たち、なんの用だ? ここは男しか立ち入れない島だぞ」
島の兵士がデッドマウスを囲う。軍用犬も五人を警戒していた。
ヴィニシウスたちは微動だにしない。大勢の男にも物怖じしない態度から、彼女たちが百戦錬磨のつわものであることがうかがえる。
「この島、私にちょうだい。あの城なんか、別荘にいいわね」
ヴィニシウスはストーンズ城を指差す。
「この島はわれわれのものだ! あげるようなものではない!」
兵士のひとりが言う。
「あげないと言うのなら――」
ヴィニシウスは自分の背中から、金でできているであろう細長い棒を抜き取る。カシミアもそれまで気がつかなかったが、その棒がいつでも取り出せるように、ショルダーを肩にぶら下げているようだ。あれが彼女の武器か、とカシミアは思う。棒の長さはヴィニシウスの身長よりやや短いくらいにあった。
「力ずくで奪おうというのか! こちらの方が圧倒的に数は多いぞ!」
「ま、待て!」
カシミアはヴィニシウスを傷つけたくない思いで、前に出る。初めて心惹かれた女性と、敵対したくもなかった。
カシミアはヴィニシウスと目が合う。美しい女性が自分を見ているという事実に小躍りしたくなる。
「私はこの島の王子のカシミアだ」
本当は今すぐにでもヴィニシウスをデートに誘いたいくらいなのだが、毅然とした態度をよそおう。王子としてのふるまいは、幼少期から徹底的に父親をはじめとした大人たちに叩き込まれていた。
「むだな争いはしたくない。まずは話し合おう」
「……いいわ」
カシミアの案に、ヴィニシウスは棒を下ろす。
「君たち、彼女たちを城まで案内してやってくれ」
カシミアは兵士たちに命令する。
「えっ、私たち、城の中に入れるの? やったー」
ヴィニシウスは仲間とともにきゃっきゃとよろこぶ。そういう面は若い女性だな、とカシミアは思う。
デッドマウスを歩きで山の頂上まで向かわせている間、カシミアはムラケイとともに急いで城まで戻った。
「ムラケイ、私は彼女たちについての情報がほしい」
「はっ」
ムラケイは書庫から資料を集める。
「ヴィニシウスは航海しながら、四人の仲間を集めました」
カシミアはデッドマウスのメンバーを頭に浮かべながら、ムラケイの音読に耳を傾けた。
「本名はヴィニシウス・ヴィナイ。年齢は十七歳と、王子より一歳上です」
「私と一歳差なのか……」
それは、初めて恋した相手が年上の女性という事実。けれども、一歳の差なら同い年とほぼ変わらないような気もする。
「ヴィニシウスはさきほどのように、サマーシングという、金の細長い棒を武器とします。ただ、武術や剣術も超一流のようです」
「サマーシング、聞いたことのない武器だな」
「ヴィニシウスが自分で名前をつけたようです」
「彼女はどういう生い立ちなんだ?」
「出生は不明です。両親は彼女が生まれてからすぐに死に、孤児の島で育ったのではないのかといううわさです」
「孤児の島――どこにあるのかは知らないが、生きるだけでも大変だというあの島か」
美しき女海賊の人生は、王の子として生まれた自分とは真逆のようだと、カシミアは感じる。
「ふたり目はタキ・インテール。ウェーブのかかった、赤くて長い髪が特徴的です。タキはムチを使います」
ムラケイは別の資料を読み上げた。ヴィニシウスの説明はひとまず終わったようだ。
「右端にいた、いちばん背が高い女だな?」
カシミアはタキの姿を思い出す。身長は百七十五センチメートルくらいだろう。
「ええ。タキはヴィニシウスにとっての初めての仲間です。仲間内からはタキタキという愛称で呼ばれているようです」
「初めての仲間? タキも孤児の島出身なのか?」
「いえ、デッドマウスのメンバーはそれぞれ出身が違います。百人の男とふたりで戦わなければならない場面の時、タキはヴィニシウスを置いて逃げたりはせず、一緒に戦ったそうです。それがヴィニシウスの絶大な信頼を得たとされていますね。ふたりの関係を切るのは、鋼鉄を針一本で切るよりむずかしいだろう、と」
「その戦いの結果はどうなったのだ? さすがに、二対百では負けるだろう」
「いえ、彼女たちは男相手に勝ったのです、たったふたりで」
「な、なんと……」
「百回崖に突き落とされたら、百一回這い上がる、それがヴィニシウスの人生です」
「うっ……」
カシミアはヴィニシウスの強さと恐ろしさに戦慄をおぼえるとともに、どこかわくわくとした。
「言いにくいのですが、彼女たちのひとりひとりは王子より強いと思います。私も、彼女たちをひとりでも倒すのはむりでしょう。よくて互角。島民全員で戦ったとしても、全滅だと思われます。われわれはデッドマウスとまともに戦っては、負けるでしょう」
「それはなんとしても避けたい」
もともと彼女らと争いたくなかったが、彼女らに服従するわけにはいかない。カシミアは王子として難しい決断を迫られる。
「あっ、ちなみに、ヴィニシウスは名前がやや長いこともあって、デッドマウスのメンバーからはヴィニーやシウスと呼ばれているとのことです」
ムラケイが補足するように言った。カシミアはヴィニシウスのことをなんて呼ぼうかと考える。歌が得意でもないのに「おお、愛するヴィニー」と歌いたい気分だ。
「タキは料理上手で、デッドマウスの調理担当でもあるようですね。掃除や洗濯も好きなようです」
「……」
ムラケイが伝える。カシミアはその説明には上の空だ。タキには興味がなかった。
「三人目はルルカ・カカ。黒髪のボブカットで、デッドマウスの三番目のメンバーです。ルルカは爆発物の扱いを得意とします」
「ひと言で言えば、爆弾魔か」
「ルルカはメンバーの髪の毛を切ってあげているようです。女性の長旅だと、美容師の存在は大きいでしょうね」
「ルルカの腕がよいのなら、私も自分の髪を切ってもらいたいな」
カシミアは黒くてさらさらとした自分の髪を触る。髪の毛はいつも部下に切らせていた。今の担当に不満があるわけではないが、ヴィニシウスの担当ということでルルカに魅力を感じる。
「四人目はウデコ。黒髪の東洋人です。ウデコはヌンチャクが武器のようですね。勉強家で、色んな資格を持っているようです」
「……」
カシミアは黙っていた。ウデコについては特に言うことがない。
「デッドマウス最後のメンバーはチチャリート。金色の髪に青い瞳を持つ、無口な少女です。武術使いで、武術だけだと、ヴィニシウス以上のようですね。チチャリートは医師免許を持っているようです。あの若さでそれを取得したということは、かなり優秀な人物ですね。仲間内からはチチャと呼ばれているようです」
「家事担当に美容師、医師。航海に必要な人材がバランスよく集まったのだな」
「ヴィニシウスの仲間たちは、最年長が十八歳のタキで、最年少は十四歳のチチャリート。ルルカはヴィニシウスと同じ十七歳、ウデコは十五歳のようです」
「しかし、美女揃いだな。ヴィニシウスは容姿だけで仲間を選んだのかというほどだ」
カシミアはヴィニシウス以外のメンバーについて考える。大人びた外見のタキには安らぎを感じない。気が強く、結婚したら夫を尻に敷くタイプだろう。ルルカは見た目がやや幼く、化粧が濃かった。ウデコはどこか存在感が薄くて印象に残らない。無口なチチャリートは一緒にいてもおもしろくなさそう。こうして総合的に見ても、ヴィニシウスがいちばんだと。
「ムラケイ、私はヴィニシウスを自分の妻にしたい」
「ヴィニシウスは世界一の美女と名高く、王子が惹かれるのも無理もないですが、あれは王子の手に負える相手ではありませんよ!」
「それでも、自分のものにしたい。どんな野望を持ち、どんな人間性だとしても、私は彼女がいい。世界中の女性から選んだとしても、私はヴィニシウスがいちばんいいというだろう」
「そうですか。しかし、私はとてもうれしく思います。王子がひとりの女性にそこまでの気概を示すことに」
「……」
今の自分は第三者の目にはそう見えるのか、とカシミアは照れる。
「私はどうしたら彼女を妻にできる? 女性を好きになったのはこれが初めてだから、関係の築き方がわからない」
「とにもかくにも、彼女から好意をいだいてもらう必要があるでしょうね」
「ヴィニシウスはどんな男が好みなんだ?」
人の好みでまず考えられるのは、容姿。この世界でいちばん美しい男はヘツカムという名前の男だと聞いたことがある。
「世界一美しい女のヴィニシウスには、世界一美しい男のヘツカムがふさわしいのだろうか」
カシミアは手鏡で自分の顔を見た。眉毛はふつうの太さだけれど濃く、黒目がちで、はっきりとした顔をしている。ボージャスの知り合いの彫刻家曰く、カシミアの顔の縦と横の比率や、顔のパーツの大きさは美を象徴する男神の像と一致しているという。よって、カシミアは奇跡的と言っていいほど美しく生まれてはいた。おまけに、身長は百八十センチメートルあって、頭身のバランスもいい。しかし、この顔が世界一の美形かと言われるとそうでないのは、カシミア自身にもわかっている。
「ヴィニシウスに恋人がいたという情報はありませんね。女海賊になるくらいですから、恋愛しない主義なのではないでしょうか。しかし、自分より弱い男よりは、強い男の方がいいでしょう」
「そうか……」
カシミアはムラケイの言葉に肩を落とす。彼は自分の戦闘力が低いことの自覚はあった。今から世界中のだれよりも強くなるのは無理に感じている。目の前のムラケイにすらだって、力ではかなわない。
カシミアは自分の手のひらを見た。アーリング島の王の子として生まれてくる子は、五百年に一度の割合で特別な能力を持って生まれてくるという。そういう子は「ドロンバールの子」と呼ばれる。最後にドロンバールの子が生まれてからそろそろ五百年になるということで、カシミアがその子として生まれるのではないかと期待されたが、彼に特別な力はなかった。
「それでは、伝説の薬剤師・レペを頼りましょう」
ムラケイが言った。
「レペとは?」
「この世で彼に作れない薬はないと、うわさだけがひとり歩きしている男です。レペに会って、惚れ薬を作ってもらいましょう。それをヴィニシウスに飲ませれば、彼女は王子に惚れるはずです」
夢のような話に、カシミアはたちまち希望がわいてくる。
「よし。惚れ薬を手に入れるまで、なんとか時間を稼ごう」
「ただ、レペがどこにいるのかも、本当に実在するのかもわかりません。どんなに大金を積まれても、自分が気に入った人間にしか薬を作らないとも言われています。惚れ薬はあまりあてにせず、日々ヴィニシウスに愛される努力を欠かさないことが大切でしょう」
ムラケイが苦言を呈した。彼は王の子であろうと、思ったことを包み隠さず言う。それが自分のためであると理解しているから、カシミアも彼を深く信頼していた。
「覚悟は承知の上だ。どうせ私はヴィニシウスしか愛さない。人生、するべき恋は一度だけでいい」
カシミアはそう言って、こぶしをぐっと握った。ヴィニシウスを手に入れるためなら、どんな困難だって乗り越えてみせると。
