遅延
かつては「育成トリオ」としてメジャーリーグで活躍する千賀滉大、強肩が強みで日本代表でも活躍した甲斐拓也と肩を並べた。しかし、二人の華々しい活躍に自分の努力も葛藤も小さく見えた時もあった。その二人のコンビとなり悔しい思いもした。それでも努力し続け、
気づけば、日本代表のユニフォームを着ていた男がいる。
牧原大成ー。

ベンチに座っていると、
音だけが世界を支配する。
歓声、スパイクの音、ミットの乾いた衝突音。
その全部が、自分以外の誰かのために鳴っている気がしてくる。
牧原大成は、フェンス越しにグラウンドを見つめていた。
試合に出ていないわけじゃない。
ミスをしているわけでもない。
ただ、名前が呼ばれない。
「育成トリオ」
そう言われていた頃は、同じ時間を走っていたはずだった。
同じ練習、同じ悔しさ、同じ夢。
なのに、
いつの間にか呼び名が変わる。
“せんたくコンビ”
“球界を代表する――”
そこに、自分の名前はない。
悔しかった。
正直に言えば、嫌だった。
努力が足りないのか。
才能が違うのか。
それとも、自分がここにいる意味なんて、最初からなかったのか。
誰にも言えない感情が、胸の内側で渦を巻く。
——同じ舞台に立ってるはずなのに、
——邪魔な存在だと思われてないか?

放課後の音楽室で一人の高校生、嶋田 椿はティンパニの間に座り込んで悩んでいた。それはまるでティンパニが自分のホームであるかのように。そして、ティンパニに、見守られるように。
「今回はドラム、遥いこう」
先輩の声。
遥は昔からドラムを習っていて、正直とても上手いし華がある。ドラムの天才だ。
続いてマリンバには天音。高校から始めたのに、中学から始めた私より何倍も上手く何でもすんなりこなしちゃう天才だ。
そして私はティンパニ。かっこいいソロがあることもあるが私がやるティンパニの曲は目立たない「支える音楽」だ。
先輩のその選択が正しいことは分かっている。
二人が天才だということも、
努力していることも、
誰よりも理解している。
それでも。
——自分が同じ舞台に立つことで、
「邪魔なやつが一人いる」と思われないだろうか。
二人が輝くほど、
自分の輪郭が薄れていく気がした。
二人の華々しい活躍に自分だけが取り残されていく感覚が怖かった。
陰で聞いた言葉が、刺さる。
「椿のドラムより遥のドラムのほうがいいよね」
それだってわかっていることだ。
直接言われたわけじゃない。
でも、確かに聞こえた。自分の努力がついてこない事実が突きつけられ、二人に置いて行かれているという劣等感が私の涙腺を刺激した。その日からだろうか。
“支える”という言葉が、
誇りなのか、逃げなのか、分からなくなったのは。

牧原も同じだった。
千賀には「お化けフォーク」、甲斐には「甲斐キャノン」という天才唯一の居場所があった。
牧原には「ユーティリティ」という
便利な言葉の居場所があった。
どこでも守れる。
誰かが欠けたら、そこに入る。
でも裏を返せば、
“ここが牧原の場所”とは言われていないということでもある。
——俺じゃなくてもいいんじゃないか。
そんな考えが、頭をよぎる夜もあった。
それでも、
辞めなかった。努力し続けた。2人の背中を追いかけて。

音楽室で、椿はマレットを握り直す。
主旋律じゃない。
でも、ここが崩れたら全部が倒れる。
——二人が輝いてくれるなら、それでいい。
——でも、本当は、嫌だった。
その矛盾を、
否定しなかった。

牧原もまた、
打撃も走塁も守備も磨いた。
守れる場所も増やした。
声を出し続けた。
評価されなくても、
名前が呼ばれなくても。
ある日のスタメンには牧原大成も名前を連ねていた。
あるチャンス。
「牧原、大成」
短いコール。
その一瞬に「自分の存在」をバットにのせてぶつけた。
するといいあたりのヒットとなり、試合の流れを決めるような追加点を奪った。
甲斐はホームラン、千賀はいつものようにナイスピッチングで勝ち投手。
試合が終わる。
牧原は「トリオでお立ち台に上がれるかもしれない。」とすごく期待していた。
しかし、
ヒーローは、いつもの二人だった。
どうして……、とても悔しかったし悲しかった。最後のお立ち台かもしれないのに。悲しさや悔しさがこみ上げ、保とうとする笑顔も固くなっていた。
その時、
二人が振り返った。
「牧原」
「写真だけでも来いよ」
すごく嬉しかった。
「俺だって打ったのに」と文句を言いながらもやはり二人のことが大好きなことに気づいた。
ファンの前で三人並ぶ。
牧原はヒーローであり、天才であり、そしてトリオの相方である二人の手を支えた。
眩しいライトの中で、カメラが向けられる。
その光景は牧原が夢にまで見た景色だった。
その姿は、瞬く間にネットで拡散された。
私たち三年生にとって引退試合となる定期演奏会。
ステージではドラムが響く。
マリンバが歌う。
その下で、ティンパニが支える。
終演後、お客さんから寄せられた感想は「ドラムがかっこよかったです」や「マリンバブラボー」といった二人の演奏の素晴らしさを称えるもので溢れかえった。
しかし、私は全然悔しくなかったしむしろ嬉しかった。それは遥と天音の言葉である。
「最後、すごく安定してたな」「椿のその音があったから私たちが輝けた。私たちのスポットライトであり居場所は椿の音だね!」
それだけだった。
でも、それでよかった。
二人をしっかりと支えられている実感になったからだ。
椿は思う。
スマホを開くと育成トリオの映像がタイムラインで流れてきた。
——ああ、同じだ。
名前が呼ばれない時間は、
無駄じゃなかった。
誰かの輝きを壊さないために、
同じ舞台に立ち続けた時間。
それは、
いつか言葉になっていい。

拍手が遅れて、
でも確かに鳴るように。
主役じゃなくても、
物語の外じゃない。
支えるものは見えないけど美しいこと。
立ち続けた人間だけが、
この場所にいること。
支えている実感があるからこそ人の活躍を、輝きを自分のことのように喜べること。
そのことを、
二人はもう、知っていた。
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