浮気された地味令嬢、目覚めたら辣腕ギルド長の妻でした!?

 カーテンの隙間から差し込む朝日に目を覚ます。
 柔らかなシーツに寝返りを打つと、すぐそばに整った男性の顔があった――

「〜〜〜〜っ!?」

 私、ローズマリー・ブルームは声にならない叫びを上げ、跳ね起きた。

(だ、誰!? ここはどこ!?)

 広々として高級な家具で統一された寝室。磨かれた木の床、壁の絵画――借金を負う前の子爵家(実家)にもなかった落ち着いた上流階級の空間だ。
 ブランケットをめくると二人とも服を着たままで、身体に違和感もない。

(な、なにもなかったってことよね……?)
 
 ほっと胸を撫で下ろして朝の光に照らされる彼の顔を見ていたら、朧げな記憶が浮かんできた。
 
『――もう、君は俺のものだ。とことん甘やかすから覚悟して』

 頬を撫でる彼の指、吐息混じりの声。心臓が跳ねて、顔が熱くなり両手で頬を押さえる。

(……!?)
 
「に、逃げなきゃ!」

 どうしてこんなことになったのか。私は昨日のことを思い出そうとした――
 
 ❇︎

 バンッとギルドの受付カウンターを叩く音が響き渡った。革鎧の匂いと冒険者の喧騒で満ちた木造ホールが静まり返る。私は目の前の冒険者パーティーを冷静に見据え、渡された素材を押し返した。

「ですから、こちらの『レッドドラゴンの爪』は、素材鑑定士の確認を終えるまで報酬をお支払いできません」

(この程度の偽装で騙すつもり? なんなの、この雑な接着は……ありえない!)

 表面の不自然な光沢と、ほのかに漂う染料の匂い――本物のドラゴンの爪なら、爪の奥が深紅の炎のように揺れるはず。これは均一な赤色で、大型トカゲの爪に似たざらつきもある。

(素材鑑定士が休暇中だから、偽装を企むには絶好のタイミングだと思ったのね)

「はあ!? 灼熱の荒野で命がけで討伐してきたドラゴンだぞ! 今すぐ金にしろ!」

 リーダーの怒声に、私は静かに息を吐く。
 
「本物のレッドドラゴンの爪なら、爪の深部が燃えるように見えます。素材の偽装は、ギルド資格の剥奪もあり得ますが――」

 冒険者たちの顔が強張る。壁に貼られた処罰規定を見ると、彼らはそそくさと爪を回収して去っていった。

(やっぱり偽物だった……)

「ローズマリー、お手柄だったな」

  副ギルド長の声が背後から響く。

「ありがとうございます! 最近、偽装が増えていますね……」
「そうだな。来週には新しいギルド長が王都からやってくる。名門貴族出身で、ギルドの不正を一掃する辣腕なんだと。こんな地方にまでそんな人が来るなんて、ただ事じゃないよな」

 新ギルド長の着任は、素材偽装を無くすための動きだが、そう簡単にいくのだろうか。

「……ローズマリー、今みたいに偽装に気づいたら俺やギルド長を呼べよ。鑑定士の資格のないお前だけで断って逆恨みされたら危ないからな」
 
 副ギルド長の言葉に曖昧に笑う。確かにその通りかもしれない。でも、不正を看過すればギルドの信頼は失われてしまう。そんな状況を黙って見過ごすわけにはいかない。


 数年前、魔物が実家のブルーム子爵領を襲い、領地は甚大な被害を受けた。家畜は食い荒らされ、多くの領民が命を落とした。冒険者の助けがなければ私も生きていなかっただろう。
 領地の立て直しのために背負った借金は莫大で、弟の学費は私の給金が頼り。素材鑑定士の資格を取れば給金が大幅に上がり、家族を支えられるだけでなく、命の恩人である冒険者を支えることにも繋がる。

(だから、絶対に鑑定士の資格を取らなくちゃ!)
 
 ギルド内に喧騒が戻る。私は深呼吸して意識を切り替えると、次に対応する冒険者の名を呼んだ。
 
 
 やがて昼時になり、私はカウンター裏のバックルームへ移動する。受付からはほとんど見えないけど、こちらからは状況が分かる場所。受付の混雑に備えつつ、ここで資格試験の勉強をしながらランチを取る。
 
 保温魔石付きのスープジャーをあけると、湯気が立ち昇った。昨日の残りのシチューの横に、使い古した参考書を広げる。
 
「はあ、鑑定士の講習会に行きたいけど、受講料が高すぎるのよね……」

 パンを頬張りながら小さくぼやく。素材鑑定士の試験は、魔物や鉱石など多岐にわたる素材を実際に鑑定する。ドラゴンは部位ごとに鑑定基準が異なり複雑だし、ユニコーンの角などの希少素材は本物を見る機会が少なく判断が難しい。合格率は一割未満の難関試験で、独学で挑むのはけっこう無謀だ。

(本当は、誰かに教えてもらえたら……)
 
 ため息をこぼし、ポケットに入っている弟テオからの手紙――『お姉さま、今月も仕送りありがとう。僕も学園で勉強を頑張ります』に触れる。

(テオ、お姉ちゃんも頑張るからね!)

 テオの笑顔を思い出し、私は再び参考書に目を落とした。

 
「――依頼達成の報酬支払いを頼む」

 受付があるホールから響いた聞き慣れた声に胸が大きく高鳴り、スプーンを運ぶ手が止まる。
 この声は、モス――Bランク冒険者で、私の恋人だ。
 去年、危険な依頼を成功させた彼が、満面の笑みで「ローズマリー、俺を支えてくれてありがとう」と言ってくれた夜を思い出す。今度子爵家(わがや)へ挨拶に行く約束をしていたけど、最近は忙しく会えていなかった。

 立ち上がるが、モスはまっすぐ新人受付嬢リリーのカウンターに向かった。笑顔になったリリーとモスの親しげな態度に、胸がざわつく。
 
「もぉ、またローズマリーさんがいない時に来たんですかぁ?」
「リリーちゃんに会いたくてさ」

(……どういうこと?)
 
 甘ったるいリリーの声にモスが嬉しそうに笑い、二人が手を絡ませ合う様子に目を疑った。リリーが私のいるバックルームに視線を投げる。その瞳には、優越感がにじんでいた。
 
 二人の距離は、どう見ても、ただの冒険者と受付嬢じゃない。
 笑い合うその声に胸が締め付けられる。震える手が参考書にぶつかりテーブルから滑り落ち、床でバン、と音を立てた。
 モスが私に気づく。

「モス、浮気してたの……?」

 声を震わせた私に、モスは肩をすくめる。

「人の会話を盗み聞きとか、マジで最低だな」

 モスの口角がニヤリと上がる。目を細め、揶揄うように私を見下ろす。

「……モス、質問に答えて」
「浮気なわけないだろう」

 はっきりした否定の言葉に、ホッとするけど。

「ぶっちゃけ、お前みたいな地味な女と付き合ってたつもりはないよ。リリーちゃんが本命ってだけ」

 リリーが勝ち誇った笑みを浮かべる。

「お前が俺を心配して、勝手に飯作ったり、武器の手入れをしてたけど――大体、貴族だって聞いてたのに借金まみれなんて詐欺だよな。もうすぐAランクになる俺を金づるにしようとしたんだろう」
「やだー、ローズマリーさん、ひどーい」
「ローズマリー、もう俺に付き纏うのは勘弁してくれ」
 
 冷たいモスの声が私の心に突き刺さった。返す言葉も浮かばず、ただ立ち尽くす私にギルド職員と冒険者から興味本位な視線が集まる。

 その時、パンッと手を叩く音が大きく響いた。

「――手が止まってるぞ! ローズマリーは休憩に戻れ。リリー、お前はちょっと来い。モスの対応はレオンがやれ」

 副ギルド長の指示が次々に飛ぶ。頭を下げ、バックルームに逃げるように駆け込んだ。


 午後の仕事は散々。書類を間違え、依頼を聞き違え、挙句にインク瓶をひっくり返した。副ギルド長が心配そうに近づいてくる。

「今日はもう上がれ。明日は休みだろ? ゆっくりしろ」
「申し訳ありません……」

 情けない気持ちでギルドを後にする。西日の眩しさに目を細めた。

 ❇︎

「……飲もうかな」
 
 気づいたら、酒場の扉を押し開けていた。モスとリリーを思い出して、胸がちりちりと焼ける。普段なら外食なんて贅沢はしない。でも今夜は、酒で全てを流したかった。

 頼んだこともない度数の高いアルコールを選んで、口に運ぶ。喉が焼けるような感覚にグラスを握る手が震える。でも、だんだんと勝手すぎる二人を思い出して、腹が立ってきた。

(どうして浮気した人に馬鹿にされないといけないの?)

「もう一杯くださいっ!」

 何杯目かもわからない琥珀色の酒を煽る。
 モスの「地味な女」という言葉がじわじわと心を黒く染めていく。リリーの手入れされた金髪、華やかな容姿が浮かび、グラスを握る指が白くなる。

(私が、リリーみたいに可愛かったらよかったの……?)
 
 グラスに自分の地味な(わら)色の髪と、緑色の瞳が映っていた。
 
(ギルド中できっと噂になってる……)

 休み明けにリリーと顔を合わせると思うと気が重い。一人でいると、どんどん暗い考えに飲み込まれていく。

「――よかったら、一緒に飲まない?」

 隣に腰掛けた男の声に、顔を上げる。グラスを傾けながら彼が微笑んだ。宝石みたいな紫の瞳と整った顔立ちに、思わず息を吞む。

(こんな人が、なんで私に声を……? でも、今は一人でいたくない……)

 普段なら知らない人の誘いは断るけど、今日はその気が起きなかった。グラスに指を滑らせ、ゆっくり頷く。
 
「わたしの話をきいてくれるなら……?」
「もちろん。君の話を聞かせてよ」

 低い声が、耳に心地いい。彼にうながされ気づけば、グラスを手に今日起きた散々なことを話し始めていた。

「君は、ずいぶん背負ってるね……甘やかしたくなるよ」

 静かに耳を傾けてくれる彼に優しく見つめられれば、胸が温かくなるのを感じた。
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