御曹司の秘密の趣味を知ったら溺愛されました!
「できた!」
自室で編み上がったマフラーを掲げ、萌木彩羅は満面の笑みを浮かべた。
初めてダイヤ柄に挑戦したが、なかなかうまくできたと思う。会社の同期で友達の西垣月菜からのリクエストだが、これなら上出来だ。
彼女の選んだ毛糸は渋い緑。ふだんの彼女の服装はもっとかわいらしいものだから、意外な色だった。
写真を撮って一言投稿サイトにアップする。
『プレゼントのマフラー、完成!』
すぐにイイネがついた。
「青空羊さん、いつもすぐにイイネくれる」
ふふ、と自然に笑みがこぼれた。
一言投稿サイトで知り合った彼女——たぶん女性だと思う——とは仲良くしている。
最初、編み物がうまくできずに愚痴をこぼしたら、彼女がアドバイスをくれた。
その後、上手くできたと報告したら一緒に喜んでくれて、それ以来、仲がいい。
彼女はフォロワーも多くて人気なのに、よくこんな素人にコメントをくれたなあ、と今でも縁の不思議に感謝している。
次は彼氏へのプレゼントを編もう、と彩羅はネットで毛糸を検索し始めた。
翌日はかわいくラッピングした紙袋を持ち、会社に出勤した。中に入っているのは月菜からリクエストをもらったマフラーだ。誕生日でもなんでもないが、プレゼントするつもりだ。
ロビーにいるとき、ピコン、とスマホが鳴ってバッグから取り出す。
「月菜からだ」
メッセージを確認しながら歩いていると。
どん!
誰かとぶつかって、彩羅は倒れた。
「いたた……すみません」
謝りながら立ち上がったとき。
ぶつかった相手は渋面で彩羅をにらみつけていた。
「気をつけろ」
言い捨てて、彼はすたすたと歩いて行く。
彩羅はむっとしてその後ろ姿を見送った。
確かに歩きスマホをしていた自分が悪い。だから怒られても文句は言えない。
「だけど、つい、ってことあるじゃん」
ぼそっと言い訳をつぶやいたとき。
「さーら!」
後ろからぽんと肩を叩かれ、彩羅は振り返った。
「月菜、おはよ」
「おはよー。どしたの、御曹司と話してたみたいだけど」
「あの人が?」
「御曹司でうちの専務。糸条万葉だよ。いつもむすっとしてて感じ悪い。せっかくイケメンなのに」
確かに、とエレベーターの前に立つ彼の後ろ姿を見る。
背が高くてしゅっとしていて、スーツが良く似合う。黒髪はさらさらしていて、製糸メーカーである当社一押しの商品、シルキーシリーズのように艶やかだ。
「私たち一般社員には関係ない、雲の上の人だよ」
彩羅が言うと、月菜は少し首をかしげた。
「ワンチャンあるかもって思って」
「かもね」
はは、と笑ってから、彩羅は月菜に言う。
「リクエストのマフラー、持ってきたよ!」
「さんきゅ! 彩羅ってすごいよね。今度お礼するね!」
「いいよ、いつもお世話になってるお礼に受け取って」
「彩羅、優しい!」
抱き付かれて、彩羅はまんざらでもなかった。
こうして仲のいい友達が喜んでくれるなら、それが一番嬉しいから。
昼休み、一緒に昼食に行くはずの月菜が見当たらなくて、彩羅はきょろきょろと探した。
「どこだろ」
先に行くわけにもいかないから、とりあえずお手洗いに行き、出て来たとき。
月菜が非常階段へと出て行くのが見えた。
いたずら心がわいて、彼女を追いかける。わ! と驚かせたらどんな反応をするだろう。
そーっと非常階段の扉を開けて、彩羅は驚愕した。
そこには月菜がいて、ラッピングされた袋を彩羅の恋人である岸川慶太に渡している。その袋は朝、彩羅が月菜に渡したものだ。
「ありがとう。プレゼント、なんだろ」
「開けてみて」
彩羅は動けなかった。これ以上見てはいけない。そう思うのに、目が離せない。
「すげえ、手編みのマフラーだ」
「大変だったんだよ~」
得意げに言う月菜に、彩羅は愕然とした。
なにが起きているの?
頭の中の一部は冷静に事実を告げているのに、彩羅はそれを認められなくて、ただ呆然としている。
「ねえ、早く彩羅と別れてよ」
「もうすぐだよ」
「そうしたら私たち公認だよね」
月菜が彼に抱きつくに至り、彩羅は思わず一歩を踏み出していた。
かつん、と足音が響いて、ふたりが振り返る。
「お前……!」
「彩羅……!」
「どういうこと?」
自然と出た言葉に、慶太は月菜をかばうように前に出た。
「お前、月菜を陰でいじめてたんだろ!」
「え?」
「彼女に相談されたんだ。編み物が趣味なんだけど、自分が編んだものを全部とりあげられるって」
言われたことに、彩羅は呆然とした。
「月菜……?」
「ごめんなさい、許して! どうしても苦しくなって、だけどもう無理! もうあなたの命令通りに編むなんてできない」
彩羅はただただ混乱した。
月菜に命令したことはないし、彼が持っているのは自分が編んだものだし、いじめた覚えなんてない。
「なにか誤解してる?」
「白々しい! お前のいじめは上司にも報告するからな!」
「やめて、そんなことしたら彩羅が会社に居づらくなっちゃう!」
「月菜は優しいな」
慶太は優しく彼女に目をやったのち、彩羅をにらみつける。
彩羅は混乱したまま、あとずさり、そのまま非常階段の踊り場から総務課へと戻った。
どういうこと?
さきほどの光景とセリフを思い出し、考える。
——つまり、二股されてたってこと? 私にマフラーをリクエストしたのは、自分が編んだと嘘をついて慶太にプレゼントするため?
ひとりで社員食堂に行ったもののろくに食べられず、午後は仕事が手につかなかった。
夜、ひとり暮らしの自宅に戻った彩羅は、リビングに置かれたいくつかの紙袋を見てため息をついた。
この袋の中にはたくさんの毛糸が入っている。手芸用品店に行くと、ついつい買ってしまうからだ。必死にセーブしていても、やはりストックが発生してしまう。
彼と付き合い始めるのと編み物にはまったのは同時期だった。
なにか趣味でも始めたいな、と思ってネットを見ていて、編み物動画に目が釘付けになった。奇しくもそれは青空羊の上げた動画だった。
一本の糸がどんどん布のように広がっていくのが面白くて、自分でもやってみようと思った。
百均で毛糸と編み針を狩って来て、ネットで編み図を見る。
その時点で挫折しそうになった。
編み図の記号が、わからない。
せっかく買った毛糸を無駄にしたくなくて、必死に編み図を解読した。
そのときはどんどん編み上がっていくのが面白くて、夢中になった。
初めて完成したときの達成感は忘れられない。ヘタクソだが、今でも記念にとってある。
それからはどんどん編み物にはまった。
青空羊とも仲良くなり、さらに編み物が楽しくなった。
なのに。
視界が揺れた、と思った直後にぽろっと涙が零れる。
「もう嫌だ……」
毛糸を見るだけであのふたりを思い出す。
すべて捨ててしまいたい。
彩羅は鼻をすすりながら一言投稿サイトにアクセスした。
「わけあって、編み物をやめることにしました。欲しい方に毛糸を差し上げます」
写真とともに投稿すると、すぐに青空羊からDMがきた。
「大丈夫ですか? なにかありました?」
彼女ならいいか。
そう思って、彩羅は返事を書く。
友達だと思っていた女性に彩羅の編み物を自作発言されたこと、彼氏をとられて編み物が嫌になったことなど。
すぐにまた返信が来た。
『それはつらい思いをされましたね。よかったら毛糸、いただけませんか?』
『ぜひ! 青空羊さんに編んでいただけるなら、毛糸も喜びます!』
そうしてなんどもDMを重ね、郵送ではなく直接会って毛糸を渡すことになった。
日曜日、彩羅はおめかしして、毛糸を持って出かけた。
毛糸の在庫はたくさんあるが、どの色でもいいよと言われたので、彼女が好きそうな色を選んだ。
青空羊さんというだけあって、青い色が似合うんだろうな。
彩羅は毛糸の入った袋を見てそう思う。
青とひと口にいってもいろんな青がある。同じ毛糸でも染めのロットで少し色が違うことがあるし、だから面白い。
そうして待ち合わせの喫茶店に入り、きょろきょろと探す。
と、店員が静かに寄って来た。
「おひとりさまですか?」
「待ち合わせです」
答えると、店員は営業スマイルを見せた。
「お連れ様がお待ちです。こちらへどうぞ」
案内されて、彩羅は驚愕した。
そこにいたのは、どう見ても男性。
しかも。
「御曹司……?」
思わずぼそっと零れて、男性が振り返る。
彩羅は顔をひきつらせた。
そこにいたのは、まさにわが社の御曹司、糸条万葉だった。
第一話 終
自室で編み上がったマフラーを掲げ、萌木彩羅は満面の笑みを浮かべた。
初めてダイヤ柄に挑戦したが、なかなかうまくできたと思う。会社の同期で友達の西垣月菜からのリクエストだが、これなら上出来だ。
彼女の選んだ毛糸は渋い緑。ふだんの彼女の服装はもっとかわいらしいものだから、意外な色だった。
写真を撮って一言投稿サイトにアップする。
『プレゼントのマフラー、完成!』
すぐにイイネがついた。
「青空羊さん、いつもすぐにイイネくれる」
ふふ、と自然に笑みがこぼれた。
一言投稿サイトで知り合った彼女——たぶん女性だと思う——とは仲良くしている。
最初、編み物がうまくできずに愚痴をこぼしたら、彼女がアドバイスをくれた。
その後、上手くできたと報告したら一緒に喜んでくれて、それ以来、仲がいい。
彼女はフォロワーも多くて人気なのに、よくこんな素人にコメントをくれたなあ、と今でも縁の不思議に感謝している。
次は彼氏へのプレゼントを編もう、と彩羅はネットで毛糸を検索し始めた。
翌日はかわいくラッピングした紙袋を持ち、会社に出勤した。中に入っているのは月菜からリクエストをもらったマフラーだ。誕生日でもなんでもないが、プレゼントするつもりだ。
ロビーにいるとき、ピコン、とスマホが鳴ってバッグから取り出す。
「月菜からだ」
メッセージを確認しながら歩いていると。
どん!
誰かとぶつかって、彩羅は倒れた。
「いたた……すみません」
謝りながら立ち上がったとき。
ぶつかった相手は渋面で彩羅をにらみつけていた。
「気をつけろ」
言い捨てて、彼はすたすたと歩いて行く。
彩羅はむっとしてその後ろ姿を見送った。
確かに歩きスマホをしていた自分が悪い。だから怒られても文句は言えない。
「だけど、つい、ってことあるじゃん」
ぼそっと言い訳をつぶやいたとき。
「さーら!」
後ろからぽんと肩を叩かれ、彩羅は振り返った。
「月菜、おはよ」
「おはよー。どしたの、御曹司と話してたみたいだけど」
「あの人が?」
「御曹司でうちの専務。糸条万葉だよ。いつもむすっとしてて感じ悪い。せっかくイケメンなのに」
確かに、とエレベーターの前に立つ彼の後ろ姿を見る。
背が高くてしゅっとしていて、スーツが良く似合う。黒髪はさらさらしていて、製糸メーカーである当社一押しの商品、シルキーシリーズのように艶やかだ。
「私たち一般社員には関係ない、雲の上の人だよ」
彩羅が言うと、月菜は少し首をかしげた。
「ワンチャンあるかもって思って」
「かもね」
はは、と笑ってから、彩羅は月菜に言う。
「リクエストのマフラー、持ってきたよ!」
「さんきゅ! 彩羅ってすごいよね。今度お礼するね!」
「いいよ、いつもお世話になってるお礼に受け取って」
「彩羅、優しい!」
抱き付かれて、彩羅はまんざらでもなかった。
こうして仲のいい友達が喜んでくれるなら、それが一番嬉しいから。
昼休み、一緒に昼食に行くはずの月菜が見当たらなくて、彩羅はきょろきょろと探した。
「どこだろ」
先に行くわけにもいかないから、とりあえずお手洗いに行き、出て来たとき。
月菜が非常階段へと出て行くのが見えた。
いたずら心がわいて、彼女を追いかける。わ! と驚かせたらどんな反応をするだろう。
そーっと非常階段の扉を開けて、彩羅は驚愕した。
そこには月菜がいて、ラッピングされた袋を彩羅の恋人である岸川慶太に渡している。その袋は朝、彩羅が月菜に渡したものだ。
「ありがとう。プレゼント、なんだろ」
「開けてみて」
彩羅は動けなかった。これ以上見てはいけない。そう思うのに、目が離せない。
「すげえ、手編みのマフラーだ」
「大変だったんだよ~」
得意げに言う月菜に、彩羅は愕然とした。
なにが起きているの?
頭の中の一部は冷静に事実を告げているのに、彩羅はそれを認められなくて、ただ呆然としている。
「ねえ、早く彩羅と別れてよ」
「もうすぐだよ」
「そうしたら私たち公認だよね」
月菜が彼に抱きつくに至り、彩羅は思わず一歩を踏み出していた。
かつん、と足音が響いて、ふたりが振り返る。
「お前……!」
「彩羅……!」
「どういうこと?」
自然と出た言葉に、慶太は月菜をかばうように前に出た。
「お前、月菜を陰でいじめてたんだろ!」
「え?」
「彼女に相談されたんだ。編み物が趣味なんだけど、自分が編んだものを全部とりあげられるって」
言われたことに、彩羅は呆然とした。
「月菜……?」
「ごめんなさい、許して! どうしても苦しくなって、だけどもう無理! もうあなたの命令通りに編むなんてできない」
彩羅はただただ混乱した。
月菜に命令したことはないし、彼が持っているのは自分が編んだものだし、いじめた覚えなんてない。
「なにか誤解してる?」
「白々しい! お前のいじめは上司にも報告するからな!」
「やめて、そんなことしたら彩羅が会社に居づらくなっちゃう!」
「月菜は優しいな」
慶太は優しく彼女に目をやったのち、彩羅をにらみつける。
彩羅は混乱したまま、あとずさり、そのまま非常階段の踊り場から総務課へと戻った。
どういうこと?
さきほどの光景とセリフを思い出し、考える。
——つまり、二股されてたってこと? 私にマフラーをリクエストしたのは、自分が編んだと嘘をついて慶太にプレゼントするため?
ひとりで社員食堂に行ったもののろくに食べられず、午後は仕事が手につかなかった。
夜、ひとり暮らしの自宅に戻った彩羅は、リビングに置かれたいくつかの紙袋を見てため息をついた。
この袋の中にはたくさんの毛糸が入っている。手芸用品店に行くと、ついつい買ってしまうからだ。必死にセーブしていても、やはりストックが発生してしまう。
彼と付き合い始めるのと編み物にはまったのは同時期だった。
なにか趣味でも始めたいな、と思ってネットを見ていて、編み物動画に目が釘付けになった。奇しくもそれは青空羊の上げた動画だった。
一本の糸がどんどん布のように広がっていくのが面白くて、自分でもやってみようと思った。
百均で毛糸と編み針を狩って来て、ネットで編み図を見る。
その時点で挫折しそうになった。
編み図の記号が、わからない。
せっかく買った毛糸を無駄にしたくなくて、必死に編み図を解読した。
そのときはどんどん編み上がっていくのが面白くて、夢中になった。
初めて完成したときの達成感は忘れられない。ヘタクソだが、今でも記念にとってある。
それからはどんどん編み物にはまった。
青空羊とも仲良くなり、さらに編み物が楽しくなった。
なのに。
視界が揺れた、と思った直後にぽろっと涙が零れる。
「もう嫌だ……」
毛糸を見るだけであのふたりを思い出す。
すべて捨ててしまいたい。
彩羅は鼻をすすりながら一言投稿サイトにアクセスした。
「わけあって、編み物をやめることにしました。欲しい方に毛糸を差し上げます」
写真とともに投稿すると、すぐに青空羊からDMがきた。
「大丈夫ですか? なにかありました?」
彼女ならいいか。
そう思って、彩羅は返事を書く。
友達だと思っていた女性に彩羅の編み物を自作発言されたこと、彼氏をとられて編み物が嫌になったことなど。
すぐにまた返信が来た。
『それはつらい思いをされましたね。よかったら毛糸、いただけませんか?』
『ぜひ! 青空羊さんに編んでいただけるなら、毛糸も喜びます!』
そうしてなんどもDMを重ね、郵送ではなく直接会って毛糸を渡すことになった。
日曜日、彩羅はおめかしして、毛糸を持って出かけた。
毛糸の在庫はたくさんあるが、どの色でもいいよと言われたので、彼女が好きそうな色を選んだ。
青空羊さんというだけあって、青い色が似合うんだろうな。
彩羅は毛糸の入った袋を見てそう思う。
青とひと口にいってもいろんな青がある。同じ毛糸でも染めのロットで少し色が違うことがあるし、だから面白い。
そうして待ち合わせの喫茶店に入り、きょろきょろと探す。
と、店員が静かに寄って来た。
「おひとりさまですか?」
「待ち合わせです」
答えると、店員は営業スマイルを見せた。
「お連れ様がお待ちです。こちらへどうぞ」
案内されて、彩羅は驚愕した。
そこにいたのは、どう見ても男性。
しかも。
「御曹司……?」
思わずぼそっと零れて、男性が振り返る。
彩羅は顔をひきつらせた。
そこにいたのは、まさにわが社の御曹司、糸条万葉だった。
第一話 終


