年下彼氏はスーパーツンデレ

③

 ――ちょっとした騒ぎになってしまったので、私たちは場所を移して別のベンチで向かい合っていた。

「あの……玲央くん、怒ってる……?」
「もし僕が楽しんでいるように見えるなら、いい眼科を紹介するよ」
「……えっと……とにかくカレー、食べよっか。もう冷めちゃったかもだけど……」
「うん」

 ふたつもらってきていたスプーンのひとつを手に取った彼は、ひとくち掬(すく)って口に運んだ。私も同じように口に入れるけれど、なんだか味がしない。
 たくさん置かれたベンチのそこかしこから賑やかな声が響いているのに、私たちだけが静まり返っている。

(いつもなら、そっけないことを言ってもすぐにデレてくれるのに……もしかして、あの人に何も言い返せなかった私に呆れちゃった……?)

 玲央くんは、最初はツンと屈折していても、最後にはデレてまっすぐな想いを私に向けてくれる。けれど、まっすぐなのは愛情に限ったことじゃない。
 嫌なものは嫌、間違っていることは間違っている、ちゃんとそう言える人だ。さっきみたいに。

(なんか私……全然だめだな)

 すぐ隣にいても、彼と私はあまりにかけ離れている――そう思ってしまったら、視界がゆらゆら滲んでくる。

「う……」
「えっ、若葉?」
「うう~っ……」

 泣いたって余計に呆れられるだけだとわかっているのに、勝手に涙が溢れてくる。

「ど、どうして泣くわけ……? あっ、さっきのナンパ男、そんなに怖かったの?」

(えっ……)

 思ってもない彼の言葉に驚き、涙が止まる。
 思わず目を瞬かせていると、彼が困惑したように私の肩に両手を置いた。

「な、なんで今度はきょとんとするの。違った……?」
「……私に、呆れたんじゃ」
「はぁ? 呆れるわけない」
「じゃあ、嫌いになった……?」
「っ、嫌いになんてなるわけない。さっきから何をわけのわからないこと言ってるの」
「だって…………怒ってる、から……」

 私の言葉にはっと目を見開いた彼は、何度も首を横に振った。

「違う、怒ってたのは自分にだ。……君をひとりにしたせいで、嫌な思いをさせてしまったから。その上、今は君を不安にもさせてた」

 優しい手のひらが、そっと頬に添えられる。

「ただでさえ年下だから、頼れる男でいたいのに……うまくフォローできなくて本当にごめん」
「玲央くん……」
「こんなにも君が好きなのに、嫌いになるわけない。なれるわけ、ない」

 彼の顔が近付いてきて……一瞬、唇が触れ合う。
 その時だけ、まるで世界から音が消えたみたいだった。

「僕の気持ち、伝わった?」
「れ、玲央くん……!」
「ここにいる人たちは大抵お酒が入っている上に、グルメに夢中で僕たちなんて見てない。こうした方が早いと思って」

 私を見守るようなあたたかい微笑みはすぐに離れていったけれど、唇に残った余韻が心を少しずつ幸せで満たしていく。

「ふふ……えへへ。嬉しい」
「若葉の感情はジェットコースター並みだね。……そうだ、次のデートは遊園地に行くのもいいかもしれない。絶叫マシンの前で狼狽えている君を見るのは楽しそうだ」
「っ、そんなのが楽しいなんて、ドSキャラになったの?」
「……なんの話?」
「だめだよ、玲央くんはツンデレなんだから」
「だから、なんの話なの」

 冷めたカレーを食べるのを再開した彼が首をひねる。

「ツンデレっていうのは、言葉はちょっとキツくて『ツン』としてるけど、甘いことを言って『デレ』てくれるような、二面性がある人のことだよ」
「……なるほど、なんとなくわかった。でも、僕はツンデレじゃないと思う」
「そんなわけないよ、ツンデレだよ!」
「なんでそんなにムキになるの……。だってツンデレっていうのは、ツンの後に必ずデレるものなんでしょ。僕は言い方はきつくてツンとしてるかもしれないけど、デレはしない」
「え?」

(じ、自覚ないんだ)

「ぷっ……あはは!」
「ちょっと、なに笑ってるの」

 そうツッコむ玲央くんだって笑っている。
 ふたりで笑っていたら、なんだかぜんぶ小さなことのように思えてきた。

「……安心しなよ。たとえジェットコースターの前で生まれたての子鹿みたいにガクガク震えていたとしても、君は可愛い」

 玲央くんは、緩んでいた私の頬をむぎゅっと摘まんで言う。

「どんなに情けない姿を見せたとしても、僕は君を好きでいるから。……君だってそうでしょ」
「……うん」

(今日みたいに不安になることも、劣等感に押し潰されそうになることも、この先何度もあるかもしれない。だけど……彼氏が玲央くんならきっと大丈夫だ)

 完璧だと思ってた玲央くんも、不安になることもあるんだ。それなら私だって勇気を出して、彼と一緒に歩くことを選ぼう。

「よーし。このカレーを食べ終わったらお好み焼きの屋台に行こっか。さっき玲央くんがあの人にご馳走しちゃったから」
「ふっ……そうだね。今度はふたりで一緒に並ぼう」

 晴れ晴れとした私の気持ちのように、見上げた空は青く澄んでいる。
 今日のデートは、まだ始まったばかりだ。
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