元・ぬいぐるみのヤンデレニャンコはご主人さまをマーキング済。
①
星が美しく輝いている、ある日の夜――
「うっ……うう、ひどすぎる……っ」
私、小鳥遊 夢芽は、大学まで6駅の1DKに帰ってくるなりベッドに突っ伏し、怨念を放っていた。
「私が! 誰のために! 頑張ってたと思ってるんだぁ~~~~!」
枕を濡らしながらマットレスをタコ殴りにし、バタ足で散々蹴って疲れ果てると、そばに置いている猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
この子は『ミルク』。私がつけた名前だ。
白いふわふわの毛並みに、明るいブラウンのプラスチックボタンの目が可愛い30センチほどのぬいぐるみ。
小学生の頃に買ってもらって以来の長い付き合いのミルクに、私は訴えた。
「涼馬がスマートウォッチ欲しいって言ってたからさぁ……ぐすっ、サプライズで誕生日にプレゼントしようと思って、シフト増やして頑張ってたのにぃ……」
鼻をすすり、怒りをぶつけるようにミルクのお腹をもみくちゃにする。
「その間に浮気するって、ありえなくない!?」
どうやら相手は隣のゼミの女の子らしい。
今日のバイト帰り、ふたりが手を繋いで歩いているところに鉢合わせし――そのままフラれてしまったのだ。
泣いて泣いて、ひたすら泣いて。何時間経ったかわからなくなった頃。
「はぁ……」
ラグを敷いたサイドテーブルの前で膝を抱えて座り、電子レンジでチンした牛乳をひとくち飲む。
少し落ち着いた私は、隣に座らせたふわふわの相棒を見てぽつりとつぶやいた。
「もしミルクが彼氏だったら、私だけを愛して大事にしてくれるのかな……」
このシリーズのぬいぐるみには、それぞれ『設定』がある。
たとえば、オレンジのくまは『お外で遊ぶのが大好きな元気っ子』、ピンクのうさぎは『可愛いものに目がない甘えん坊』のように。
ミルクこと、この白い猫のぬいぐるみについてきた設定カードには『ご主人さまだけが大好きな、マイペースボーイ』と書かれていたのだ。
ご主人さまだけ――私だけ。
再びベッドに寝転がり、お腹の上でミルクをだっこしながらぽつりと呟く。
「あーあ……ミルクみたいな彼氏がいたらいいのに」
ふと目をやったカーテンの隙間から見えた夜空に、光の筋が走ったのが見えた。
「あ、流れ星」
その瞬間、ずしりと身体の上に重みを感じて視線を自分のお腹に移すと――
(……へっ?)
白みがかった銀色の髪にブラウンの瞳を持つ、同い年くらいの男の人が私に覆いかぶさっていた。
「ギャーッ!!」と叫ぼうとした口元は、「ギ」と発声した時点でその人に塞がれてしまう。
「落ち着いて、ゆめ。おれはミルクだよ」
「ほふははほは……!」
「あ、ごめん。口を塞いでたらしゃべれないよね」
大きくてあたたかな手のひらが離れていくと、私は改めて言った。
「そんな馬鹿な……!」
「ゆめの気持ちはわかるけど、ほんとうだよ。おれは昔からずっとゆめが好きで、“かれし”になりたいと思ってた。おれたちが同じ気持ちになったから、流れ星が願いを叶えてくれたんだ」
(説明を聞いても『そんな馬鹿な』って感想は変わらないけど……)
彼の頭の両脇からはふわふわの耳が、そしておしりからは気まぐれに揺れる尻尾が生えている。
それ以外は人間と同じように見えるけれど、その耳と尻尾はとても作り物には見えない。
(それに、状況的にミルクしか考えられない……よね?)
抱きしめていたぬいぐるみはどこかへ消えてしまっているし、毛や瞳の色がとても似ている。
いや、待って。というか――
「なんで裸!?」
「だって、ぬいぐるみの頃のおれは服を着てなかったでしょ?」
覆いかぶさられているせいで、細身だけどほどよく筋肉のついた胸板が嫌でも視界に入ってしまう。
(……胸板どころか、その下まで!)
「め、目のやり場に困るから早く隠して! ほら、この毛布とかで!」
ベッドの脇でくちゃくちゃになっていた毛布を掴み、顔を背けながら彼に差し出したけれど、その手をぎゅっと握られる。
そして、そのままシーツの上に縫い止められた。
「ねえ、ゆめ。つらいことは、おれがぜーんぶ忘れさせてあげる」
「え……」
「だから、おれにまかせて……?」
顎にそっと手を添えられて、彼の方を向かされる。
キャラメルみたいに甘いブラウンの瞳と間近で視線が交わると、鼓動が勝手に速くなった。
ミルクの顔がゆっくり近付いてきて……
「えっ、えっ……!?」
(まさか……こ、このままキスする気!?)
どうにかしなければと頭をフル回転させた私は――
――掴まれていない方の手で、彼の顎の下を優しく撫でた。
「ふにゃ~~、ゴロゴロゴロ……」
「隙あり!」
ミルクの手の力が緩んだ隙に、ベッドから転がり落ちるように抜け出した。
「はっ……! おれとしたことが」
必死に床に這いつくばっている私は無様だけれど、なぜか勝ち誇ったような気持ちで笑いながらこう言った。
「はっはっは……! いくらぬいぐるみでも、DNAに刻まれた設定には抗えないみたいだね!」
カードには『ご主人さまだけが大好きな、マイペースボーイ』という設定だけでなく、猫らしく『顎の下を撫でられるのも大好き』と書かれていたことを思い出したのだ。
(……ぬいぐるみにDNAがあるのか謎だけど!)
私の言葉にきょとんと目を瞬かせていたミルクは、力の抜けた顔で笑う。
「よくわからないけど……よかった。ゆめが笑えるようになって」
「……!」
「ゆめは泣き顔だってかわいいけど、笑顔が一番かわいいよ」
不本意ながら、その言葉と笑顔にキュンとしてしまった。
……きっとこれは、落ち込んでいる私に神様が見せてくれた一夜の夢だ。
(失恋女の元にイケメンニャンコが来るなんて、漫画みたいな展開だし)
きっと、明日になったらミルクはぬいぐるみに戻って――
――いなかった。
「おはよう、ゆめ」
カーテンの隙間から朝日が差し込む中、毛布にくるまった裸のミルクとベッドの中で目が合う。
(……なんで?)
そして、私を抱きしめたまま彼はへらりと笑った。
「今日からは、おれを“かれし”にしてくれる?」
「はぁ……!?」
「うっ……うう、ひどすぎる……っ」
私、小鳥遊 夢芽は、大学まで6駅の1DKに帰ってくるなりベッドに突っ伏し、怨念を放っていた。
「私が! 誰のために! 頑張ってたと思ってるんだぁ~~~~!」
枕を濡らしながらマットレスをタコ殴りにし、バタ足で散々蹴って疲れ果てると、そばに置いている猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
この子は『ミルク』。私がつけた名前だ。
白いふわふわの毛並みに、明るいブラウンのプラスチックボタンの目が可愛い30センチほどのぬいぐるみ。
小学生の頃に買ってもらって以来の長い付き合いのミルクに、私は訴えた。
「涼馬がスマートウォッチ欲しいって言ってたからさぁ……ぐすっ、サプライズで誕生日にプレゼントしようと思って、シフト増やして頑張ってたのにぃ……」
鼻をすすり、怒りをぶつけるようにミルクのお腹をもみくちゃにする。
「その間に浮気するって、ありえなくない!?」
どうやら相手は隣のゼミの女の子らしい。
今日のバイト帰り、ふたりが手を繋いで歩いているところに鉢合わせし――そのままフラれてしまったのだ。
泣いて泣いて、ひたすら泣いて。何時間経ったかわからなくなった頃。
「はぁ……」
ラグを敷いたサイドテーブルの前で膝を抱えて座り、電子レンジでチンした牛乳をひとくち飲む。
少し落ち着いた私は、隣に座らせたふわふわの相棒を見てぽつりとつぶやいた。
「もしミルクが彼氏だったら、私だけを愛して大事にしてくれるのかな……」
このシリーズのぬいぐるみには、それぞれ『設定』がある。
たとえば、オレンジのくまは『お外で遊ぶのが大好きな元気っ子』、ピンクのうさぎは『可愛いものに目がない甘えん坊』のように。
ミルクこと、この白い猫のぬいぐるみについてきた設定カードには『ご主人さまだけが大好きな、マイペースボーイ』と書かれていたのだ。
ご主人さまだけ――私だけ。
再びベッドに寝転がり、お腹の上でミルクをだっこしながらぽつりと呟く。
「あーあ……ミルクみたいな彼氏がいたらいいのに」
ふと目をやったカーテンの隙間から見えた夜空に、光の筋が走ったのが見えた。
「あ、流れ星」
その瞬間、ずしりと身体の上に重みを感じて視線を自分のお腹に移すと――
(……へっ?)
白みがかった銀色の髪にブラウンの瞳を持つ、同い年くらいの男の人が私に覆いかぶさっていた。
「ギャーッ!!」と叫ぼうとした口元は、「ギ」と発声した時点でその人に塞がれてしまう。
「落ち着いて、ゆめ。おれはミルクだよ」
「ほふははほは……!」
「あ、ごめん。口を塞いでたらしゃべれないよね」
大きくてあたたかな手のひらが離れていくと、私は改めて言った。
「そんな馬鹿な……!」
「ゆめの気持ちはわかるけど、ほんとうだよ。おれは昔からずっとゆめが好きで、“かれし”になりたいと思ってた。おれたちが同じ気持ちになったから、流れ星が願いを叶えてくれたんだ」
(説明を聞いても『そんな馬鹿な』って感想は変わらないけど……)
彼の頭の両脇からはふわふわの耳が、そしておしりからは気まぐれに揺れる尻尾が生えている。
それ以外は人間と同じように見えるけれど、その耳と尻尾はとても作り物には見えない。
(それに、状況的にミルクしか考えられない……よね?)
抱きしめていたぬいぐるみはどこかへ消えてしまっているし、毛や瞳の色がとても似ている。
いや、待って。というか――
「なんで裸!?」
「だって、ぬいぐるみの頃のおれは服を着てなかったでしょ?」
覆いかぶさられているせいで、細身だけどほどよく筋肉のついた胸板が嫌でも視界に入ってしまう。
(……胸板どころか、その下まで!)
「め、目のやり場に困るから早く隠して! ほら、この毛布とかで!」
ベッドの脇でくちゃくちゃになっていた毛布を掴み、顔を背けながら彼に差し出したけれど、その手をぎゅっと握られる。
そして、そのままシーツの上に縫い止められた。
「ねえ、ゆめ。つらいことは、おれがぜーんぶ忘れさせてあげる」
「え……」
「だから、おれにまかせて……?」
顎にそっと手を添えられて、彼の方を向かされる。
キャラメルみたいに甘いブラウンの瞳と間近で視線が交わると、鼓動が勝手に速くなった。
ミルクの顔がゆっくり近付いてきて……
「えっ、えっ……!?」
(まさか……こ、このままキスする気!?)
どうにかしなければと頭をフル回転させた私は――
――掴まれていない方の手で、彼の顎の下を優しく撫でた。
「ふにゃ~~、ゴロゴロゴロ……」
「隙あり!」
ミルクの手の力が緩んだ隙に、ベッドから転がり落ちるように抜け出した。
「はっ……! おれとしたことが」
必死に床に這いつくばっている私は無様だけれど、なぜか勝ち誇ったような気持ちで笑いながらこう言った。
「はっはっは……! いくらぬいぐるみでも、DNAに刻まれた設定には抗えないみたいだね!」
カードには『ご主人さまだけが大好きな、マイペースボーイ』という設定だけでなく、猫らしく『顎の下を撫でられるのも大好き』と書かれていたことを思い出したのだ。
(……ぬいぐるみにDNAがあるのか謎だけど!)
私の言葉にきょとんと目を瞬かせていたミルクは、力の抜けた顔で笑う。
「よくわからないけど……よかった。ゆめが笑えるようになって」
「……!」
「ゆめは泣き顔だってかわいいけど、笑顔が一番かわいいよ」
不本意ながら、その言葉と笑顔にキュンとしてしまった。
……きっとこれは、落ち込んでいる私に神様が見せてくれた一夜の夢だ。
(失恋女の元にイケメンニャンコが来るなんて、漫画みたいな展開だし)
きっと、明日になったらミルクはぬいぐるみに戻って――
――いなかった。
「おはよう、ゆめ」
カーテンの隙間から朝日が差し込む中、毛布にくるまった裸のミルクとベッドの中で目が合う。
(……なんで?)
そして、私を抱きしめたまま彼はへらりと笑った。
「今日からは、おれを“かれし”にしてくれる?」
「はぁ……!?」
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