元・ぬいぐるみのヤンデレニャンコはご主人さまをマーキング済。
②
いつまでも裸では困るので、ひとまず私のオーバーサイズのパーカーを着させてブランケットで下半身を隠してもらい、なんとか落ち着いて話ができる姿になった。
ベッドの横に置いているサイドテーブルの前に彼を座らせ、マグカップを手渡す。
「わあ……ゆめがいつも飲んでるあったかい牛乳だ」
ちなみに、人型の彼をミルクと呼ぶのは少し違和感があったので、ふたりで話し合い、仮で『ミーくん』と呼ぶことに決めた。
「ミーくん」
「なぁに? ゆめ」
微笑みながら湯気の立つ白い水面にふーふー息を吹きかけている彼に、私は真剣ですと伝えるようにぐっと身を乗り出して尋ねた。
「昨日『流れ星が願いを叶えてくれた』とか言ってたけど……その話をもっと詳しく教えて。ずっとこのままの姿なのか、何か戻る条件があるのかとか」
(このままじゃ、いろいろ困るよね……)
危なっかしすぎてミーくんをどこかにひとりでいさせるわけにはいかないし、友だちや両親が遊びに来るたびに隠れていてもらうわけにもいかない。そうなると、彼のことを紹介しなければいけない。別れたばかりで即新しい彼氏を作ったとは思われたくなかった。
かと言って、正直に「彼はぬいぐるみです」と説明したら、私がバイトのしすぎでおかしくなったと思われる。
それに何より――
(ほぼ初めまして状態の男性との共同生活は刺激が強すぎる!)
2年付き合った涼馬とすら同棲してなかったのに、ありえない。
心の中で七転八倒している私の気も知らず、ミーくんは視線を宙に彷徨わせた。
「んーとね……正確には、星の神様みたいな人がこの姿にしてくれたんだ」
「星の神様……?」
にわかには信じがたい話だけれど、ミーくんを前にそれを疑うのも意味のないことだ。私は続く言葉を待つ。
「あの時、ゆめがすごく悲しんでたから、なんとかしてあげたいって思ったんだ。そうしたら神様がおれの願いに気づいて叶えてくれたんだよ。……でも、この姿でいられるのは永遠じゃないみたいなんだ」
ミーくんは、口の周りについた牛乳ひげをぺろりと舐め取る。
「ゆめがまた誰かを好きになって、その人に『好き』って伝えられるようになるまで、なんだって」
(私が、また誰かを……)
――いつか、そんな日がくるのだろうか。
「……今はまだ全然想像できないや」
涼馬は初恋の相手で、初めての彼氏で……たくさんの初めてを彼と経験した。
きらきらと輝いていた日々は、今は思い出すたびに胸を刺す。
「考えられなくて当たり前だよ。……ゆめがどれだけあの子のことを好きだったか、おれも知ってる。でもね、おれはいつまでもゆめが悲しんでるなんて嫌なんだ。ゆめがいつも飲んでるあったかいミルクみたいに、おれが心をぽかぽかにしてあげたい」
マグカップを置いたミーくんが、甘えるように上目遣いで私を見つめる。
「だから……今日からはおれを“かれし”にすればいいと思うんだ」
「えっ」
(……そういえば、さっきもそんなこと言ってたよね)
彼は、私が背もたれにしていたベッドに手をついた。まるで逃げ場を封じるように。
「おれはゆめのことだけを大事にするし、いっぱい気持ちよくしてあげる」
「な、何する気……?」
「ふふ……なんだと思う?」
ゆっくりとミーくんの顔が近付いてきて、彼の白銀の前髪が私の髪にかかる。
(こ、心の準備が……!)
思わず固く目を閉じると――首筋にちりっとした痛みを感じた。
(っ……?)
てっきりキスされると思っていたから慌ててまぶたを開けると、目の前にふわふわの髪と猫耳が見えた。
ミーくんが顔を上げ、へらりと笑う。
「えへへ。きれいについたよ、ゆめ」
「えっと……何がどういう……?」
「おれのだってわかるように、ちゃんとマーキングしとかないとね」
その言葉でやっと、首筋に赤い痕を――キスマークをつけられたのだと理解した。
「っ、どこでこんなこと覚えてきたの……!」
「ゆめのタブレットに入ってる漫画」
(っ、そういえば、ぬいぐるみの時のミーくんを抱えて読んでたっけ……ちょっとえっちなやつ!)
TL漫画が教科書なら、彼の一連の刺激的すぎる言動に納得がいった。
「そ、そんなこと正直に言わなくていいから!」
「聞かれたから答えたのに……」
ミーくんが尻尾を丸め、眉をハの字に下げる。
「大体、こんなのつけたら誰も近付いてこないでしょ!」
「……それの何がだめなの?」
ミーくんは、本当にわからないかのように首をかしげた。
私は頭に手を当てながら、さっきの彼の話を踏まえて説明する。
「何がって……私を失恋から立ち直らせるためにミーくんは人間の姿になったんじゃないの?」
「ああ……確かに星の神様はそのつもりだったかもね。でも昨日言ったでしょ、おれはゆめのことがずっと好きだったって。だから……」
へらりと笑い、ミーくんはなんでもないことのように言う。
「誰も近付かせる気ないよ。当たり前でしょ?」
私の脳裏に、カードに記された設定がよぎる。『ご主人さまだけが大好きな、マイペースな子』。
「もう一生、ゆめが変な男に傷つけられたりしないように、おれが守ってあげる」
――ご主人さまだけ。
「ゆめはずっとずーっと、おれだけに愛されてればいいんだよ」
――私だけ。
(……ミーくんって、もしかしてちょっとヤバい猫ちゃんなんじゃ……)
ブラウンの瞳に危うい光を宿して、彼は私に微笑みかける。
「あらためて“かれし”としてよろしくね、ゆめ♡」
「お、お断りします!」
「まあまあ、そう言わずに~」
異様に大きな愛情に包まれるかのように、ミーくんの両腕に閉じ込められる。
(……そういえば、キスマークつけられたのって初めてだ)
この胸のドキドキはときめきなのか――それとも不安からなのか。
頬ずりしてくる彼に、されるがままでいる私だった。
ベッドの横に置いているサイドテーブルの前に彼を座らせ、マグカップを手渡す。
「わあ……ゆめがいつも飲んでるあったかい牛乳だ」
ちなみに、人型の彼をミルクと呼ぶのは少し違和感があったので、ふたりで話し合い、仮で『ミーくん』と呼ぶことに決めた。
「ミーくん」
「なぁに? ゆめ」
微笑みながら湯気の立つ白い水面にふーふー息を吹きかけている彼に、私は真剣ですと伝えるようにぐっと身を乗り出して尋ねた。
「昨日『流れ星が願いを叶えてくれた』とか言ってたけど……その話をもっと詳しく教えて。ずっとこのままの姿なのか、何か戻る条件があるのかとか」
(このままじゃ、いろいろ困るよね……)
危なっかしすぎてミーくんをどこかにひとりでいさせるわけにはいかないし、友だちや両親が遊びに来るたびに隠れていてもらうわけにもいかない。そうなると、彼のことを紹介しなければいけない。別れたばかりで即新しい彼氏を作ったとは思われたくなかった。
かと言って、正直に「彼はぬいぐるみです」と説明したら、私がバイトのしすぎでおかしくなったと思われる。
それに何より――
(ほぼ初めまして状態の男性との共同生活は刺激が強すぎる!)
2年付き合った涼馬とすら同棲してなかったのに、ありえない。
心の中で七転八倒している私の気も知らず、ミーくんは視線を宙に彷徨わせた。
「んーとね……正確には、星の神様みたいな人がこの姿にしてくれたんだ」
「星の神様……?」
にわかには信じがたい話だけれど、ミーくんを前にそれを疑うのも意味のないことだ。私は続く言葉を待つ。
「あの時、ゆめがすごく悲しんでたから、なんとかしてあげたいって思ったんだ。そうしたら神様がおれの願いに気づいて叶えてくれたんだよ。……でも、この姿でいられるのは永遠じゃないみたいなんだ」
ミーくんは、口の周りについた牛乳ひげをぺろりと舐め取る。
「ゆめがまた誰かを好きになって、その人に『好き』って伝えられるようになるまで、なんだって」
(私が、また誰かを……)
――いつか、そんな日がくるのだろうか。
「……今はまだ全然想像できないや」
涼馬は初恋の相手で、初めての彼氏で……たくさんの初めてを彼と経験した。
きらきらと輝いていた日々は、今は思い出すたびに胸を刺す。
「考えられなくて当たり前だよ。……ゆめがどれだけあの子のことを好きだったか、おれも知ってる。でもね、おれはいつまでもゆめが悲しんでるなんて嫌なんだ。ゆめがいつも飲んでるあったかいミルクみたいに、おれが心をぽかぽかにしてあげたい」
マグカップを置いたミーくんが、甘えるように上目遣いで私を見つめる。
「だから……今日からはおれを“かれし”にすればいいと思うんだ」
「えっ」
(……そういえば、さっきもそんなこと言ってたよね)
彼は、私が背もたれにしていたベッドに手をついた。まるで逃げ場を封じるように。
「おれはゆめのことだけを大事にするし、いっぱい気持ちよくしてあげる」
「な、何する気……?」
「ふふ……なんだと思う?」
ゆっくりとミーくんの顔が近付いてきて、彼の白銀の前髪が私の髪にかかる。
(こ、心の準備が……!)
思わず固く目を閉じると――首筋にちりっとした痛みを感じた。
(っ……?)
てっきりキスされると思っていたから慌ててまぶたを開けると、目の前にふわふわの髪と猫耳が見えた。
ミーくんが顔を上げ、へらりと笑う。
「えへへ。きれいについたよ、ゆめ」
「えっと……何がどういう……?」
「おれのだってわかるように、ちゃんとマーキングしとかないとね」
その言葉でやっと、首筋に赤い痕を――キスマークをつけられたのだと理解した。
「っ、どこでこんなこと覚えてきたの……!」
「ゆめのタブレットに入ってる漫画」
(っ、そういえば、ぬいぐるみの時のミーくんを抱えて読んでたっけ……ちょっとえっちなやつ!)
TL漫画が教科書なら、彼の一連の刺激的すぎる言動に納得がいった。
「そ、そんなこと正直に言わなくていいから!」
「聞かれたから答えたのに……」
ミーくんが尻尾を丸め、眉をハの字に下げる。
「大体、こんなのつけたら誰も近付いてこないでしょ!」
「……それの何がだめなの?」
ミーくんは、本当にわからないかのように首をかしげた。
私は頭に手を当てながら、さっきの彼の話を踏まえて説明する。
「何がって……私を失恋から立ち直らせるためにミーくんは人間の姿になったんじゃないの?」
「ああ……確かに星の神様はそのつもりだったかもね。でも昨日言ったでしょ、おれはゆめのことがずっと好きだったって。だから……」
へらりと笑い、ミーくんはなんでもないことのように言う。
「誰も近付かせる気ないよ。当たり前でしょ?」
私の脳裏に、カードに記された設定がよぎる。『ご主人さまだけが大好きな、マイペースな子』。
「もう一生、ゆめが変な男に傷つけられたりしないように、おれが守ってあげる」
――ご主人さまだけ。
「ゆめはずっとずーっと、おれだけに愛されてればいいんだよ」
――私だけ。
(……ミーくんって、もしかしてちょっとヤバい猫ちゃんなんじゃ……)
ブラウンの瞳に危うい光を宿して、彼は私に微笑みかける。
「あらためて“かれし”としてよろしくね、ゆめ♡」
「お、お断りします!」
「まあまあ、そう言わずに~」
異様に大きな愛情に包まれるかのように、ミーくんの両腕に閉じ込められる。
(……そういえば、キスマークつけられたのって初めてだ)
この胸のドキドキはときめきなのか――それとも不安からなのか。
頬ずりしてくる彼に、されるがままでいる私だった。


