記憶の欠片
 それから私たちは、何事もなかったかのような顔で献くんの家に戻った。

 玄関のドアを開けた瞬間、さっきまでの静かな公園とは違う、生活音と明かりに一気に現実へ引き戻される。


「おかえり〜」


 リビングから顔を出した明日香ちゃんが、にやにやしながらこちらを見る。


「ちょっと遅かったけど、何してたの?」


 その一言に、胸がひくりと跳ねた。

 慧くんと一瞬だけ目が合う。


「コンビニ、混んでてさ」


「人が多くて、遅くなっちゃった」


 ほとんど同時に同じことを言ってしまって、二人で一瞬固まる。

 次の瞬間、どちらともなく小さく笑って、誤魔化すように肩をすくめた。


「へぇ〜?」

 明日香ちゃんは明らかに疑っている顔だけど、それ以上は突っ込んでこない。


「ほらほら、お菓子ある?」


 献くんがそう言って話題を変えてくれて、私は内心ほっと息をついた。

 テーブルの上にお菓子を並べながら、さっきまで慧くんの胸にあったはずの自分の心臓が、まだ少し早く動いているのを感じる。

 横に立つ慧くんも、どこか落ち着かない様子で、でもいつも通りを装っている。

 ——何もなかった。

 そういうことに、した。

 みんなで笑って、また勉強の続きを始める。

 なのに、さっき触れたぬくもりだけが、私の中からどうしても消えてくれなかった。
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