記憶の欠片
 電車が目的地に近づくと、徐々に小麦畑が広がり、黄金色の光が窓の外に広がる。

 プシュー…と停車音が鳴り、列車がゆっくりと駅に止まる。

 窓から見える光景は、まるで映画のワンシーンのようで、夕日に照らされた小麦の穂が輝き、風がそっと揺らすたびに金色の波のように動く。

 思わず息を呑むほどの美しさだ。

 私たちは荷物を持って降り立ち、電車のホームに立つ。

 遠くに広がる田園風景が、これからのキャンプ場での一泊二日をより特別なものにしてくれるように感じられた。

 夏の暑さはまだ残るけれど、空気はどこかひんやりとしていて、海沿いの風の予感が心をくすぐる。

 けもの道を抜けると視界がぱっと開け、目の前に広がる海とキャンプ場が現れる。

 潮風が頬を撫で、髪の毛をそっと揺らす。

 遠くから聞こえる波の音に、自然と胸の奥まで落ち着きが広がる。

 砂浜に近いキャンプ場は木々に囲まれ、芝生の緑と海の青が鮮やかにコントラストを作っていた。

 私たちは荷物を肩に掛け、足取り軽く歩き出す。

 背中に太陽の余韻が残り、体を伸ばすと長い一日の疲れが少し和らぐような気がした。

 三湊くんが前を歩きながら、景色を指さす。


「ここ、めっちゃいい場所だろ? まず荷物置いて、海に行こうよ」


 目を細め、彼は柔らかく笑った。

 献くんは荷物の位置を確認しながら、「準備できたらすぐ泳げるね」と楽しそうに言う。

 明日香ちゃんは帽子を押さえつつ、波打ち際を見る。


「わあ、綺麗…」


 海を見つめ、目を輝かせる明日香ちゃん。

 慧くんは少し離れたところで、遠くの水平線を見つめながらも、私が視線を合わせるとにっこり微笑んでくれる。

 その微笑みに、思わず胸が温かくなる。

 私たちは景色を楽しみながら、芝生の広場を抜け、キャンプ場の受付とテント設営場所に向かう。

 空は徐々にオレンジ色に染まり、海面に反射する光が波とともに揺れる。

 潮の匂い、風の感触、遠くから聞こえるカモメの鳴き声。

 全てが、日常とは少し違う特別な時間を告げているようだった。

 海に着くと、私たちは一斉に靴を脱ぎ捨て、白い砂浜へと駆け出した。

 足の裏に伝わる砂の感触はさらさらとしていて、昼間の太陽をたっぷり吸い込んだ名残で、ほんのり温かい。

 目の前には、どこまでも広がる海。

 空の青を映した水面がきらきらと光っていて、思わず息をのむほど綺麗だった。

 しゃがみこんで手を伸ばし、透明に澄んだ海水をすくい上げる。

 指の隙間からさらさらと零れ落ちる水が、きらめきながら砂に吸い込まれていく。

 思ったより冷たくて、思わず小さく息を吸った。

 夏の終わりの海は、暑さの中に少しだけ秋の気配を混ぜていて、その冷たさが心地いい。

 波が寄せては返し、足首に触れては逃げていく。

 ザァ…という低い音に混じって、ピシャッ、と水を弾く音が響いた。


「冷たっ!」


 慧くんの声がして顔を上げると、三湊くんと献くんが楽しそうに水を掛け合っていた。

 子どもみたいにはしゃいで、わざと大きな水しぶきを立てて笑っている。

 明日香ちゃんも少し離れたところで、裾を持ち上げながらきゃっと声をあげて逃げていた。

 水面はゆらゆらと揺れて、波が引くたびに小さな貝殻が姿を現し、またさらわれていく。

 そのたびに、カラカラと小さな音が砂の上で鳴った。

 不意に、慧くんに向かって大きな水しぶきが飛ぶ。

 三湊くんが思いきり水をかけたらしい。

 ピシャッと音がして、慧くんの白いシャツに水が広がる。

 布が一気に濡れて肌に張り付き、薄く透けたその向こうに、彼の肌の色が覗いた。

 その瞬間、胸がきゅっと音を立てた気がした。

 視線を逸らそうとしても、どうしても目が離せない。

 波の音も、風の匂いも、全部が一瞬遠のいて、ただ慧くんの姿だけがはっきりと目に映る。

 ……あぁ、やっぱり。

 胸の奥で、何度目か分からない想いが静かに、でも確かに広がっていく。

 好きだなって。

 夏の海のきらめきの中で、その気持ちだけが、やけに鮮明だった。
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