記憶の欠片

 昔の記憶が、急に蘇る。雨の中を走っていて。

 角を曲がった先で、誰かとぶつかって。


 「……ごめんなさい」


 そう言って、慌てて離れていった女の子。

 濡れた髪。

 伏せた目。

 零れる涙。

 そして——今目の前にいる黒瀬 愛梨に、驚くほどよく似た横顔。

 ……やっぱりだ。

 でも、本人はまったく気づいていない。

 さっきの反応で、それは分かった。


 「なあ、黒瀬」


 俺は、できるだけ自然な声を作った。


 「ちょっと寄り道しないか」


 「え?」


 「すぐそこなんだ。前に、俺がよく行ってた場所」


 そこに行けば、俺の事を思い出してくれるかもしれない。

 そう思ってしまった。

 黒瀬は少し迷ったあと、小さく頷いた。


 「……うん」


 夕暮れの道を並んで歩きながら、俺は胸の奥で静かに祈っていた。

 どうか——この偶然が、ただの偶然じゃありませんように。

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