記憶の欠片 Original
 ——踊り場の少し上、手すりの影に、三湊は立ち止まっていた。


 買い出しの時間を確認しに来ただけだった。


 本当に、それだけのつもりだったのに。


 ステンドグラスの光が揺れて、赤や青が床を流れるその中心で二人が一瞬、重なったのを見てしまった。


 ——抱きしめた、というほどじゃない。


 事故みたいなものだ。


 助けようとして、倒れて、近づいただけ。


 頭では分かっている。


 それでも、胸の奥が、すっと冷えた。


 黒瀬が慌てて距離を取って顔を赤くして謝るのを見て、一人の男が照れたように笑うが見える。


 その一連の光景がなぜか、最後まで目に焼きついて離れなかった。


 二人が何事もなかったみたいに歩き出して、階段の先へ消えていく。


 その背中を見送りながら、俺は無意識に拳を握っていた。


 ……なんだ、これ。


 胸の奥に残る、言葉にできない重たい感じ。


 怒りでもないし、焦りとも、違う。


 ただ、見なきゃよかった、みたいな。


 知りたくなかった、みたいな。


 理由のないもやもやが、じわじわと広がっていく。


「……くだらね」


 小さく呟いて、自分の感情を振り払うように息を吐く。


 これは、恋じゃない。


 そんな大げさなものじゃない。


 ただ、昔の記憶を一緒に共有した相手だから。


 それだけだ。


 そう言い聞かせながら、俺は色の消えかけた踊り場を後にした。


 初夏の光は、さっきより少しだけ強くなっていた。
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