記憶の欠片
 注文の品をトレーに乗せて、私は二人の席へ向かった。


「お待たせしました……」


 カップを置いて、それだけ言ってすぐに下がろうとした、そのとき。


「ちょっと待てって」


 三湊くんが、ひょいと私のエプロンの端を掴む。


「え……?」


「せっかくメイド喫茶なんだからさ。サービス、ない
の?」


 にやにやした笑顔。

 完全に、面白がってる。


「……さ、サービス?」


「そ。ほら、あれだろ? 萌え萌えきゅん」


「ちょっ……!」


 顔が一気に熱くなる。


「そ、そういうのは……」


 断ろうとしたのに、周りのお客さんの視線と、明日香ちゃんの「がんばれ」って小声に逃げ場を失う。


「一回だけだよ……?」


 小さく息を吸って、両手を胸の前で握る。


「……おいしくなーれ……萌え、萌え……きゅん……」


 声が震える。

 自分でも信じられないくらい恥ずかしい。

 一瞬の静寂のあと。


「っはは、いいじゃん!」


 三湊くんが大げさに喜んで、私の頭にぽん、と手を置く。


「よくできました〜」


 軽く撫でられて、さらに顔が熱くなる。


「もう……!」


 抗議するより先に、もう一人が、静かに口を開いた。


「……俺には?」


 月城くん。

 椅子に座ったまま、少し首を傾けて、こちらを見る。


「俺には、してくれないの?」


 からかうような声音なのに、目は真っ直ぐで、逃げ場がない。

 心臓が、また一段うるさくなる。


「え、あ……」


 さっきまでのもやもやが、一気に別の形で胸に広がっていく。

 三湊くんが面白そうに、「ほらほら」と囃し立てる中、私は言葉を探して指先をぎゅっと握りしめた。

 ——なんで、こんなに意識してるんだろう。

 答えはまだ出せないまま、私は月城くんから目を逸らせずにいた。


「……お、おいしくなーれ……」


 そこまで言いかけた、その瞬間。


「はいはい、そこまで」


 ふいに、明るい声が割って入った。

 振り向くと、そこにいたのは献くんだった。


「愛梨ちゃんのサービスはここまでね」


 そう言って、私の前にすっと立つ。


「代わりに——」


 献くんはくるっと二人の方を向いて、にこっと人懐っこく笑った。


「俺が、たっくさん言ってあげる!」


 そして私の方に振り返って、ぱちん、とウインク。


「だから愛梨ちゃんは、もう行っていいよ」


 一瞬、きょとんとしてから、胸の奥がすっと軽くなる。


「……ありがとう」


小さくそう言うと、献くんは満足そうに笑った。


「どういたしまして」


 三湊くんは「なんだよ〜」と不満そうにし、月城くんは何も言わず、ただ静かにこちらを見ていた。

 その視線から逃げるみたいに、私は軽く会釈をしてその場を離れる。

 助け舟に感謝しながら、エプロンの端を握りしめて胸を撫で下ろした。

 ——危なかった。

 あれ以上いたら、自分がどうなっていたか分からない。

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