記憶の欠片

後夜祭の裏で

 後夜祭が、始まった。

 校庭の方から音楽と歓声が届いてくるのに、体は正直で、二日分の疲れが一気に押し寄せてきた。

 少しだけ、静かなところに行きたい。

 そう思って、私は一人、校舎の中へ戻った。

 明かりの落ちた一組の教室。

 無造作に置かれた机や椅子。

 ロッカーの上には、ガムテープや画用紙、余った装飾を詰め込んだ段ボール箱が、山みたいに積み上がっている。

 それらを避けるように歩いて、窓際へ行き、桟に肘をついた。

 窓の外には、校庭。

 色とりどりのライト。

 人の輪。

 音楽に合わせて揺れる影。

 ここから見ると、まるで別の世界みたいだった。

 ガラス越しに届くざわめきは、少し遠くて、少し柔らかい。

 ……静かだ。

 ほっと息を吐いた、そのとき。

 コツ、コツ、と廊下から足音が近づいてくる。

 誰だろう、と思って振り向く前に一組の扉が、きぃ、と小さく開いた。

 ひょこっと顔を覗かせたのは——


「……やっぱり、ここにいた」


 三湊くんだった。

 廊下の明かりを背にして、少し気だるそうに笑う。


「外にいなくなったからさ。探した」


 どうしてか、その一言だけで胸の奥が、わずかに波打つ。

 私は窓から離れてロッカーに背を預け、小さく肩をすくめた。


「ちょっと、休憩」


「だよな。二日間、よく頑張ったよ」


 そう言いながら、三湊くんは教室に入ってきて、近くの机に腰を下ろす。

 校庭の音楽が、また少し遠ざかった。

 静かな教室に、夜風と、二人分の気配だけが残る。

 後夜祭はまだ続いているのに、ここだけ時間がゆっくり流れているみたいだった。

 しばらく、二人で他愛ない話をした。


「文化祭、どうだった?」


 三湊が机に肘をつきながら聞いてくる。


「疲れたけど……楽しかった、かな」


「それな。でも一番印象に残ってるのは——」


 少し間を置いて、にやっと笑う。


「お化け屋敷の、茉梨」


「あ……」


 思い出しただけで、口元が緩む。


「すごかったよね。悲鳴が校舎中に響いてた気がする」
「だよな、あのビビり方は反則だって」


 二人でくすくす笑う。

 さっきまでの疲れが、少しだけ和らいでいく。

 校庭から聞こえる音楽は、もう遠くてここには届かない。


「こうしてるとさ」


 三湊くんが、窓の外を一瞬だけ見てから言う。


「文化祭、もう終わりなんだなって感じる」


「……うん」


 少しだけ、寂しい。

 そんな空気が流れた、そのときだった。

 ——ガタッ。

 教室の上の方から、何かがずれるような音がした。


「……え?」


 私が顔を上げた瞬間、

 ガタン、ガタンッ!

 ロッカーの上に積まれていた段ボールが、一気に傾く。


「黒瀬——!」


 三湊くんが声を上げるより早く、資材が雪崩のように落ちてきた。

 ガムテープ、紙袋、装飾の残骸。

 床に叩きつけられて、教室中に鈍い音が響く。


「ちょ、ちょっと……!」


 反射的に身をかがめて、私は思わず目を閉じた。

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