記憶の欠片
 放課後、校舎裏の自販機の前。

 夕方の風がまだ少しだけ涼しくて、制服の裾を揺らしていた。


「そういえばさ」


 三湊くんが、缶ジュースを持ったまま何気ない調子で言った。


「俺のバイト先、夏休みに海の家で出張バイトすることになったんだって」


 海の家、という単語に、胸の奥が小さく跳ねる。

 夏、海、青い空。

 頭の中に、まだ触れたことのない景色が広がる。


「人手足りないらしくてさ。都合よかったら……手伝いに来ない?」


 そう言って、少しだけ照れたように視線を逸らす三湊くん。

 突然の誘いに、言葉がすぐには出てこなかった。

 体調のこともあるし、記憶のこともある。

 本当なら、迷う理由はいくらでもあったはずなのに。

 でも——。

 潮の匂いを含んだ風。

 きらきら光る水面。

 知らないはずなのに、なぜか懐かしい夏の気配。


「……考えてみる」


 そう答えた私に、三湊くんは「うん」と短く笑った。

 その笑顔を見た瞬間、胸の奥で何かが、静かに決まってしまった気がした。

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