記憶の欠片
 ——倒れる、その直前。

 滲む視界の端で、ひとつの影が勢いよく近づいてくるのが見えた。


「……愛梨ちゃん!」


 私の名前を呼ぶ声。

 聞き慣れた、少し掠れた声。

 明日香ちゃんだ。

 椅子を引く音、床を蹴る音。

 彼女が私の方へ駆け寄ってくるのがスローモーションみたいに映る。

 その顔を見た瞬間、なぜか、胸がきゅっと締め付けられた。

 焦り。

 恐怖。

 そしてはっきりと分かる、後悔の色。

 どうして、そんな顔を——そう思ったところで、思考は途切れる。

 明日香ちゃんの唇が、もう一度私の名前を形作るのが見えた。

 必死に伸ばされた、その手。

 届く前に、世界が、完全に暗くなった。

 音楽室のオレンジ色の光も、ざわめきも、ハープの弦のきらめきも——

 すべて、闇に溶けていった。
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