記憶の欠片
 それからだった。

 明日香ちゃんに話しかけても、返事は短くなった。

「うん」

「そうだね」

「……今、ちょっと」

 視線は合わない。

 笑顔も、ない。

 廊下ですれ違えば、まるで私が見えていないみたいに、すっと距離を取られる。

 誰かが囁く。

「やっぱ黒瀬って怖いよね」

「人の物、平気で捨てるんだ」

 事実じゃないのに。

 証拠もないのに。

 でも、一度貼られたレッテルは、剥がれなかった。

 明日香ちゃんは、他の女子たちの輪の中にいて、楽しそうにしているように見えた。

 でも、時々。

 私がひとりでいると、遠くから、こちらを見る視線を感じる。

 悲しそうで、苦しそうで、それでも、近づいてこない目。

 ——きっと、怖かったんだと思う。

 私と一緒にいることで、同じように傷つくのが。

 そう理解できたのは、ずっと後のことだった。

 あの秋、私は友達を失った。

 でも同時に、誰も悪くないわけじゃないのに、誰も私を助けられなかった——そんな現実も、知ってしまったのだった。

 こうして私は、完全に、ひとりになった。

 ——それでも。

 あのときの明日香ちゃんの目が、冷たくなかったことだけは、今でも、はっきり覚えている。



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