たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「……はぁ。そっか。ありがとな。ちゃんと、言葉にしてくれて」

心からホッとしたって声だった。

自分でも分かってる。
拓真にも、いっぱい考えさせちゃってるって。

「私こそ、ありがとね」
「……ん?何がだ?」
「あのとき……言って、くれたから……何でも、話せって……」

これまで何度もあった。
こうやって、言葉がうまく出てこないとき。
言葉にするまで時間がかかるとき。

でも、拓真は、いつも待っていてくれる。

「そうだ。何でも良い。今日の夜は少し暗いなとか、今日の夜は少し冷えるなとか。どんな些細なことでも」

ふと、身体の向きを変えてみた。
私は、今日初めて、夜空を見た。

少し前まで、この空が私の全てだったのに。

そして、あんなに真っ暗で怖かったけど、今日は不思議と優しく見えた。

「今日は……少し、あったかいかも」
「そうか。良かった、良かった」

なぜか、窓ガラスに反射する私の顔まで、優しくなっている気がした。

「あっ、でも、腹出して寝るなよ?」

拓真は、いつものように、私を揶揄う。
私も、いつものように、笑いながら、言葉を返す。

「何、それ〜湊じゃあるまいしさ〜」

音がぷつりとなくなる。

私は、ハッとした。

(あっ、やばっ……)

慌てて、口に手を。
胸にスマホを。
くるっと身体を回す。

湊は変わらず、スヤスヤ。

(ふーっ……起こすとこだった……危ない、危ない)

胸を、ホッと撫で下ろした。

「俺は、この目で見たけどな?」

私は、また、スマホと耳をくっつける。

手で口を押さえたまま。
なるべく小さく。小さく。

「えっ?何?いつの話……?」
「それは言えないな。ぼうと約束したから」

「うわー、また仲間はずれー?」
「あはははっ、許せって」

拓真は、声を上げて、笑ってる。
私は、拗ねてる。

でも、ふと、前を見る。
そこには、湊の見えない寝顔がある。

やっぱり、許せてしまう。
私も、ニヤけてしまう。

「まあ……仕方ないか……」
「な?だろ?」

暗闇を見ても。
私は、もうニヤけていた。

「んーー!」

すると、電話の向こうから、伸びをする声が聞こえてきた。

「よしっ。じゃあ、もうひと踏ん張りすっかなー」

(ああ……今日も、楽しかったなぁ……)

電話が、終わっちゃう。

こうやって拓真と話すと、ちょっとずつ、心が軽くなっていく気がする。

若かったあの頃とは、違うんだなって思う。

良くも、悪くも。

だって、あの頃は、「好き」って気持ちだけで軽く走り出せたのに、全然話せてなかったから。

だから、私の気持ちも、ちょっとずつ、ちょっとずつだけど、ちゃんと前に動き出していた。

もう一度ちゃんと、座り直した。

スマホを耳から離した。
また、スマホの明かりと、向き合う。
指にも、自然と力がこもる。

「柳生さん……?」
「ん?なんだ?」

「……おまじない、かけてあげよっか?」
「なんだ?あれか?前、教えてくれ……」

拓真はまだ話している。
でも、私はもう止まらなかった。

スマホを顔に近づけた。
尖らせた唇を、弾けさせた。
チュッ……と、音を出した。

拓真の言葉が止まった。

何も聞こえない。
また、シーンとした部屋の静けさだけが残る。

(やっぱ、恥ずい……)

私は、すぐ、スマホの明かりを胸の中に閉じ込めた。俯いた影では、また、唇をギュッと噛み締めている。

でも、嫌な恥ずかしさじゃない。
だって、明らかにニヤけているから。

すると、また、拓真の声が聞こえてきた。

「お前さ……」

慌てて、スマホを耳に戻す。

「酔ってる?」
「……ん?ううん?今日は、飲んでないけど」

「にしては、やけに、煽ってくるな」

ただのヒソヒソ声じゃない。
わざと作ってるような、色っぽいやつ。

(な、な……)

また、耳にわんわんと響いた。
身体の熱も上がる。
もう、恥ずかしさは限界だった。

「んー、も、もう!いいから切るよ!」

言い切る前に、耳からスマホを離した。
通話を終わらせた。

拓真の声はもう聞こえない。
また、部屋はシーンとする。

でも、私の胸は、外まで音が聞こえちゃうんじゃないかってくらい、ずっと大きく弾んでる。

机の上にスマホを置いた。
明かりも消えた。

ぐるりと、身体を外に向けた。

私が見るのは、もう真っ暗な空だけ。
でも、全然落ち込んでない。

というか、ガラス窓に映る私は、また一人でニヤついている。

あれほど来てほしくなかった一人の夜も、案外悪くないものだと、思えるようになっていた。

この時間があるおかげで。

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