たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「小濱さん、小濱さん」

でも、誰かに呼ばれる声が、後ろから聞こえてきた。私は、ハッとしたように、振り返った。

「はい!?」

拓真と湊の横顔が、一度に飛び込んできた。

拓真は、湊の頬を何度も触っている。
べったりついた泥を拭き取るために。

「今日はこのまま、風呂へ直行してやりたいんだが」
「あっ、はい!よろしくお願いします」

私はそう言いながら、頭を下げた。

頭を上げたときには、もうそこに拓真はいなかった。また、背中が遠くなっていく。

だから私も、一人部屋に戻った。

あのセリフを聞いてから、ずっと頭が重い。
座卓の前まで着くと、すぐ崩れ落ちた。

頬杖をつきながら、またぼんやりと一点を見つめていた。勝手に、ため息だって出てきていた。

「ねえさーん」

襖の向こうから、湊の声が聞こえてくる。

私は、座卓に両手をついて、立ち上がった。

やっぱり、いつもより、時間がかかる。
歩く早さもそう。
襖が開く早さもそう。

ゆっくり、襖が開いた。

格子戸の向こうには、拓真と湊が。

「ごめん、ごめん。今開けるね」

土間に降りるまで。
つまみを回すまで。

やけに手間取る。

「ガラガラ」

格子戸を開けた後も、手を離せなかった。
片手を突きながら、立っていた。

「湊、おかえりー!」

湊はわたしの横をスーッと通っていく。

「ただいまー!」

スリッパを脱いで、奥に進んでいく。

だから、私はまた格子戸を閉めようと、身体を外に向けた。

「ガラガラ」

でも、途中で止まった。
拓真のスリッパが見えた。

顔を上げた。
拓真が、まだいた。
格子戸の枠に手を突いて。

私は、拓真を、ぽかんとした顔で見ている。
いつもなら、もうとっくにいないから。

「……あのー?どうかしました?」

返事がない。
動きもしない。
ただ、見つめられているだけ。

(えっ?何か、ついている?)

私は、顔中を触りまくる。

「お前、どっか具合悪いんじゃないのか」
「……えっ?」

ぴたりと止まった。

思わぬことを聞かれた。
しかも、やけに真剣だ。

(ま、まあ……頭は重いけど、大したことないし……)

私は、格子戸から離した手を、後ろで組んだ。

爽やかな笑顔も。はつらつとした声も。
その時はあった。

「いえ!特には」
「……そうか。なにかあったら、すぐ連絡しろよ」
「はいっ!ありがとうございます」

拓真は、最後まで真顔だった。

背中を向けた。
その背中も、またどんどん遠くなる。

角を曲がった。

私から、笑顔が消えた。
ゆっくり引き戸を閉めた。

「ガラガラ」

ぴったり閉まった。

「ガチャ」

つまみを回した。ところで……
ぐるっと身体の向きを変えた。

全速力で走った。

洗面所に駆け込んだ。
鏡に顔を近づけて、じっくり観察した。

(えっ?何?そんなやつれた顔してる?)

右、左、上、下。
あちこち見てみるけど、いつもと変わりない。

でも、私の視界は、突然くらっと揺れた。
思わず、シンクに両手をついた。

もう顔を上げられない。
シンクしか見えない。

多分、拓真は、これを見抜いたらしい。

(あれ?隠せてたつもりだったんだけどな……)

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