たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
右手には、キャリーケースを。
右肩には、トートバッグを。
左手で、湊を抱いている。

「ねえさん。ごめんね?」
「もーう、湊。気にしすぎだって」

部屋を出ても。
通路を歩いていても。
湊は、何度も何度も、顔を見て、謝ってくれた。

そして私は、毎回毎回、笑いかけていた。
絶対に、そこにあると信じていたから。
全く、思い詰めていなかった。

そうやって、ロビーに来た。

でも、そこには見違える光景が広がっていた。

人がいないときは、すっからかんに広いロビーも、今は空き場所すらない。
もう、どれが誰の声だかわからないくらいの、騒がしさ。

でも、やっぱり宇佐見さんの身長は、頭ひとつ飛び抜けていた。すぐに見つけた。

人と人の隙間を抜けて、近づいていく。

宇佐見さんの背中が見えた。
その人を呼んだ。

「宇佐見さん!!」

一度で振り返った。
すぐに湊を見た。

「あら?湊、泣いたの?」

私は、宇佐見さんの前に、湊を下ろした。
キャリーケースも置いた。

バッグショルダーを、しっかり肩にかけながら、もう歩き出していた。

前も見ないで。

「あのー、ちょっと、探し物あって。先行っててもらって良いですか?絶対、発車時刻には間に合うと思うんで」
「もちろん、良いけど……」

私には、これ以上、説明している時間がない。

「……じゃあ!」

二人に、背を向けた。
全力で走り出した。

こんなに、全速力で走るのは、恐らく学生時代のマラソン大会ぶりではないだろうか。

バッグはぶらぶら揺れる。

息はハアハア上がる。
胸はバクバク跳ね上がる。

角を曲がろうとした。

そのとき。

人が飛び出してきた。

「あっ、すみません」

一旦、止まる。
頭を下げる。

また、走り出す。

私は、最後まで、差し出された手を、受け取れなかった。

そのくせ、こんな過去の思い出に、なりふり構わず縋り付くなんて、どうかしてるって、自分でも分かってる。

でも、あれだけは置いていっちゃダメだって、私の全身が、そう叫ぶんだ。

今、どこかで転がっているキーホルダーみたいに、きっと拓真からもらったものは、私が生きていく限り、だんだんと日常が上塗りしていってしまう。

その言葉を、その時間を、思い出しながら、いつかは一人で生きていかなきゃならないのに。

気付いたときには、本当に、何もない人間になっていそうで、怖くてたまらない。

だからこそ、これだけは、拾って帰りたい。
拾わなくちゃいけないんだ。

自販機コーナーのドアを、バーンと開けた。
誰もいない。

すぐ、足元に目を落とした。

ない。

自販機と自販機の隙間も、確かめた。

ない。

どこにもない。

(えっ?なんで無いの……?)

もう外からどう見られてるかなんて、私にはどうでもよかった。

ただ、あのキーホルダーを、もう一度取り戻したい。今、私の中にあるのは、それだけだった。

気づいたときには、自販機の前に、しゃがみ込んでいた。身体を屈めて、わずかな隙間を、覗きこんでいた。

一台。

ない。

また一台。

ここにも、ない。

(うそ……どうしよう……)

目の前に、守らなきゃいけないものがある。
だから、もう一つは私の胸の中にあれば、それで良いと、ずっと思っていた。

でも、生きていると、絶対に忘れたくないものがあっても、どうしても目の前のものを一番に考えてしまう。

だから、もう胸の中にあれば良いなんて、そんな綺麗事、私には言えない。
目の前になきゃ、いつかなくしてしまうんだから。

だから、だから、見つけたいのに。
見つからない。

私は、自販機の前で、しゃがみこんだまま。
頭を抱えた。
はぁ……と、息を吐き出した。

そのまま、頭はズルズルと落ちていく。

「ドーンっ」

頭のてっぺんが、取り出し口とぶつかった。
猛烈な痛みを感じた。
すぐ、患部を押さえた。

「いったぁ……」

目に涙が溜まる。
歯を食いしばる。

いつもなら、これで我慢できる。

けど、今日は色々重なりすぎてる。
無理だ。
無理だった。

目を瞑った。
声だけ殺した。

息をしつこく吸い上げた。
肩を小刻みに動かした。

頬にはツー、ツー、と濡れを感じる。

中庭で泣いた日。
あの日から、拓真に電話すると、私はよく泣いていた。

でも、もう泣いたって、隠してくれる人はどこにもいない。
自分で、こうやって泣かないと。

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