たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
「ねーむれー、ねーむれー」

私よりもうんと低く、そこには抑揚なんてまるでない。それこそ恐々とした歌声だった。

でも私は、その目に、その声に、また、胸がいっぱいになった。笑みまで溢れそうになった。

だから、真っさら天井だけ見て、すべてを、笑い声でかき消した。

「あははっ……そっちだって、人のこと言えないじゃん……」

そのまま目を瞑って、拓真の歌声を聞く。

思わず、またニヤけそうになる。
その度に、下唇をギュッと噛み締める。

でも、しばらくすると、湊が、今にも泣きそう声で、その歌を止めた。

「……んー、寝れない」

さて、次は私の出番だ。

(さあ……どうしよっかな……)

私はパチリと目を開き、体勢を変えようとした。
そのとき……

湊の頭に触れたのは、拓真の手だった。
そして拓真は、こう語りかける。

「無理して寝ようとしなくて良いんだ。一人だと怖いが。こうして俺や、ねえさんと話す時間だと思ったら、嬉しくないか?」
「じゃあ、今日はずっと横に居てくれるってこと?」
「ああ。もちろんだ」

(そっか、そうだよね……)

それまで、寝かせないと、寝かせないとって、そんなことばかりが、ぐるぐるとひしめき合っていた。

でも、久しぶりにこちらを向いた湊は、曇りが取れて、晴れやかな表情になっていた。

拓真の言葉は、私の心まで軽くしてくれた。

「それで、さっき、二人は何を話してたの?」

その、すべてを映し出すような、混じり気のない瞳を浴びるまでは。

「えっ……?あっ……あー、いやー、それはさ?」

私はもちろん言える言葉をなくした。

助けを求めるように、拓真を見てみる。
やはり、その人はビクとも揺らめかない。

(まあ、ですよねえ……)

きっと、拓真は、単なる昔話としか思っていないのだ。だから、どっしりとあぐらをかいて、表情には一点の焦りもない。

「あっ、もしかして!バーベキューの話でもしてたの?」
「ん?バーベキュー?」

ふと目を離した隙に、湊の目はひときわキラッキラになっていた。

(あっ、そうだ。バーベキュー!)

実はすっかり頭から抜けてて……とか、いや、違くて……とか、そんな現実、見せられるはずもない。

私に出来るのは、もうその目を全力で賛同することだけだった。

「そ、そうそう!バーベキュー、バーベキュー!」

もちろん拓真からは、どういうことだよ!と、見開いた目で訴えられる。

でも、助けてくれなかったのは、そっちだ。
今さら、そんなこと言われても困る。
だから、私もそっくりそのまま、見開いた目をお返しする。

「父ちゃんは、何が好きなの?」

すると湊は、拓真にも、キラッキラな目を浴びせてみせた。

「えっ?あっ?何が好きか、って?」

そりゃあ、すべてをあっさり受け入れるしかないに決まってる。

「そうだなあ……寿司……か?」
(……いや、バーベキューとか関係ないじゃん、それ)

まあ、出てきた答えは、めちゃくちゃチグハグだったけど。

「ねえさんは、僕と一緒で、煮干しが好きだよね」
(うん、それも関係ないね)

ここには、もう話の脈絡なんてものはないんだから。万事OKだ。

すると、拓真がその拍子に、また懐かしい話をしてきた。

「……お前、煮干し食べられなかったんじゃないか?」
「えっ?煮干し?ああ、昔はね。でも大人になれば、好みだって変わるでしょ」
「……まあ、それもそうだな」

好きな色とか、好きな食べ物とか、好きな乗り物とか。そんな、ただただ楽しい話をしていたら、喋り疲れたみたいに、湊はまた、夢の中に戻っていった。

もうこの部屋には明かりも何もない。
二人の声も自然と小さくなる。

「俺らも子供の頃は、素直に怖いものは怖いって言えてたんだろうか」
「……うーん。確かに。大人になったって、中身は対して変わりなくてさ。怖いものだって、怖いままなのにね」

相手の顔すら、どこにあるのかわからない。

この、どこまでも広がる暗闇が、誰にも言えない弱音も、すべて吸い取ってくれるような気分になっていた。

「ねえ。言ってみようか、今」
「えっ?」
「良いんじゃない?ここだけの秘密にすれば。なに?柳生さんの怖いもの」

拓真も、そう思っているのだろうか。
意外と時間をかけずに、あっさり答えが返ってきた。

「俺は、終わりが怖いかな。お前は?」
「私は、うーん。そうだなー。始まりが怖いかな」

そうして、また今日も私たちは笑いで、すべてを完結させる。

「……あはははっ……つくづく合わないな、俺らは」
「はははっ……ほんとにね」

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