たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
(……うん。行かない、行かない)

自分の中には、もう一つしか答えがない。

だから、いつものように、時間に追われることなく、店の外から、のんびりと、上り旗を回収する。

「ねえさん」

湊が、エプロンの裾を引っ張ってくる。

私は、一旦手を止めて、しゃがみこんだ。

「……ん?どうした?」

すると、透き通った硝子玉のような瞳に、こう言われてしまう。

「行かないと」
「……えっ?あー、柳生さんとこ?」

さらには、その声を聞いた、父さんまで、焼き場から、こう声を飛ばしてくる。

「おーい?鈴子?予定あるのか?」

(うわー……また、ややこしく……)

顔こそ見せないけれど、やけに通る声だ。
聞こえなかった。は、無理がある。

でも、私は聞こえなかったことにした。

だから、湊も、こう叫ぶ。

「父ちゃんがぁー!」

私は、それはもう、素早い手捌きで、湊を捕まえ、口に手を当てながら、「あわわわわわ」とやってみせた。

ひとしきり楽しんだ。

湊も、やっと静かになる。

でも、手を離した瞬間。

湊は、また、すかさず、声を張り上げる。

「父ちゃんがー!話をしたいんだってー!」

「ええええー!!」

驚きのままに、全力の叫び声を、被せてみせた。

でも、全く意味がなかった。

湊の言葉を聞いて、ついに父さんが焼き場から、出てきてしまう。
 
「おお!行ってこい、行ってこい!ほら、湊」
(げっ……)

しかも、湊を呼び寄せるように、かかんで、手まで広げ始めた。

すると、湊は、あっさり、父さんの方へ走っていってしまう。

「……っしょ」

父さんの気張る声と共に、湊は高く持ち上がる。

それから、二人は、一緒になって、ジーっと私を見つめるようになる。

(あーー、これ。もしかして、私を行かせようとしてる感じ……?)

「あのー、お気持ちはありがたいんだけど、私、行かな」

しかし、話の途中にも関わらず、父さんは、私の肩をグイグイ押してくる。

「良いから!心配すんなって」
「あっ、だから、行かないんだっ……」

結局、そのまま私は、涼しい秋夜の下へ。

さらには、ガラガラと、引き戸の閉まる音まで、聞こえてくる。

(あっ、やばい!待って!)

私が慌てて、引き戸の取っ手に触れたとき……

「ガチャ」

店の鍵が、閉まった。

橙の提灯が似合う、風流な秋の夜。

小濱鈴子、三十歳。

初めて、家を追い出された。

(いや、行かないんだってばーー!!)

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