鈴村君の裏の顔

望愛
「ありがとうございます!」

一方、隼人君は何も言わず、
じっと皿を見つめてから、
ふっと小さく笑った。

隼人
「……やっぱ、お前すげぇわ。」

その言葉の意味を聞く前に、
彼はフォークを手に取る。

優希君も同じように微笑んでいた。

その二人の横顔を見ながら、
私は、微笑んだ。
そして、私はもう一度隼人君の横顔を
チラっと盗み見してしまう。

何故私はこんなに隼人君が気になるの?

この空間が少しだけ甘くて、
少しだけ危うい……。

胸の奥が、熱を帯びてるような感覚。

……なんだろう、この感じ。

まだ名前を持たない感情が、
ゆっくりと、
私の中で形を作り始めていた事は
この時は気づきもしなかった。





━━━翌日


朝の空気はひんやりとしていて、
マフラーの隙間から冷たい風が
入ってくる。

大学は休み。
だから今日は、
朝から家政婦の仕事の為に寮へ向かった。

私は鍵をバッグから取り出し、
鍵穴に差し込み回すと、
いつもと同じ音で解錠した。


望愛
「お邪魔します……。」


鍵を開けて中に入った瞬間、
リビングから低く抑えた声が聞こえてくる。

石田
「……はい、社長。」
「ええ、今日の撮影現場の件なんですが…」

マネージャーの石田さんだ。

私は思わず足を止め、
邪魔にならないよう壁際で様子を伺う。

石田
「スケジュールが少し押してまして、」
 「裏方の人手が足りない状況です。」


石田さんは電話の相手が何か言ってる
事に対し、首をこくりと頷きながら
相槌をとっていた。

石田
「社長……ええ。望愛さんなら、」
「問題ないと思います。」
「状況も理解してますし、」
「いつも対応も丁寧ですから。」


社長……

その言葉に、胸が小さく跳ねた。

おっ……お姉ちゃん!?

電話越しでも分かるほど、
マネージャーは真剣な表情をしている。


石田
「はい。では、そう伝えます。」
「時給の件も……ええ、上乗せで。」


通話が切れる。

石田さんは一度、息を整えてから
こちらを振り返った。

石田
「望愛さん」

望愛
「は、はい……!」

呼ばれて、自然に背筋が伸びる。

石田
「今、社長……あっ、」
「望愛さんのお姉さんと話してた」
「のですが……」

やっぱり、お姉ちゃんだったんだ。

石田
「今日の雑誌の撮影現場で、」
「裏方の手伝いをお願いしたいんですが。」


望愛
「えっ!?雑誌の撮影……」
「裏方……ですか?」


石田
「急遽で申し訳ない……。」
 「社長からは、今日の時給は」
「上乗せするって言われている。」

望愛
「でっでも……」
「私、芸能界の裏方のお仕事、」
「やった事ないですし……。」



石田
「そこは、安心してくれて大丈夫です。」
「本当に簡単なお手伝いみたいものなので」
「指示に沿って手伝ってくれれば、」
「大丈夫ですよ。」


石田さんの言葉にら
私の心がぐらりと揺れた。

時給……上乗せ……。

頭の中に、
一気に現実的な計算が走る。

今月は――
欲しいアニメのグッズがある。

しかも、
大好きなアニメの初回限定盤DVD。
特典付きで、ちょっと高いやつ。

……あれも、
これも、欲しい……。

一瞬、迷いが生まれる。

芸能の現場で裏方のお手伝い。
緊張しないわけがない。

だけども……
……お金、欲しいなぁ。

正直な気持ちが、
はっきりと心に浮かんだ。

望愛
「……私でよければ、やります。」

自分でも驚くくらい、
はっきりした声だった。

マネージャーは一瞬目を見開き、
すぐに満足そうに頷いた。

石田
「助かるよ。」
「じゃあ、今日は現場まで一緒に行こう。」


ほどなくして、
リビングにMOONのメンバーが集まってくる。

隼人君はラフなパーカーにデニム。
髪も軽く整えているだけで、どこか眠たそう。

隼人
「っはよ……」

優希君も、
黒のニットにコートというシンプルな私服姿。
表情も柔らかく、完全にオフの顔だ。

優希
「望愛、おはよう。」
「今日、来るの早いね。」


宮部君はコーヒー片手に、
「朝早ぇなぁ」と欠伸をしながら言う。


森下君は、目を擦りながら
「おはよう、三上さん早いね」と言う。


すると石田さんはみんなに、
今日の仕事の説明と私も、
同行する件を説明した。
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